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 いつも素敵な企画で楽しませてくれる練馬区美術館。
 今回も最終日に滑り込んで見てきました。

 松林桂月…美しい名前ですが、あまり記憶になかった…
しかし絵を見たら忘れられない作家となりました。

 没後50年という桂月は1876年生まれ。
副題〜水墨を極め、画中に詠う〜とある通り、
晩年の水墨画「夜雨」は、静謐な画面に
息を殺して見入ってしまいました。
 
 墨の濃淡だけでこんな豊かな表現ができるなんて。

 桂月の妻、雪貞も日本画家でした。女性らしい美しいバラの花の絵は、
花びらの色がほんとうに綺麗。刺の先まで行き届いた色遣いです。
 そして彼女はたおやかな美人、製作中の夫妻の写真も、絵になっていました。

 晩年は日本画の色使いが豊富なものが多くなった時代でしたが、
桂月は水墨画(南画)にこだわり、
「夜雨」「竹林幽趣」などの作品を残しました。

 雨の中頑張って観に行った甲斐があった展覧会でした。

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 最終日に見に行ったこの写真展。「昭和の東京」と聞くと、やっぱり
足を運んでしまいます。

 桑原氏は、1935(昭和10)年頃のモダンな東京、戦時中の満州、
戦後の中断の後の1960〜1990年代まで、本当に長いあいだ作品を撮り続けました。

 戦前の風景の中では、男性はみんな帽子をかぶり、和服姿もたくさん。
初々しいセーラー服の女学生もいました。

 戦後はカメラ雑誌の編集長として多忙だったため、作品を発表せずに
経過したようでしたが、1930年代のネガは幸い焼け残ったため、
戦後発表の機会を得て、評価が高まった…ネガが残って本当に良かった。

 パリを撮ったモノクロ作品は、ちょっと
エリオット・アーウィットを思い出しました。

 一貫して感じるのは、無理をしない=自然体というのか、
作品の中に厳しい表情の人はいない印象を受けました。

 そんな中、笑顔で写っている人が悲しく、涙がこぼれそうになった一群があります。
 “出征兵士の留守家族”を撮ったものでした。

 老いた父母2人、幼いこども達と若い妻、祖父母や甥姪も?の大家族、
様々な形態ですが、特に子どもたちの笑顔が胸に痛かった。
出征した息子や父は、無事戻れたのだろうか…。

 会場には、写真を見て懐かしさのあまり語り合わずにはいられない
年配の方々がたくさん。みんな真剣に見入っていました。

カーペンターズ

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 我が家のリビングは、PCに向かうと背中にTVがあるという位置関係のため、
普段はTVをつけていないのですが、夫が見ているときは音が聞こえ、
カーペンターズの歌に振り返ると、綾瀬はるかさんがちくわを焼いていました
=NHKですね。

 あぁ懐かしい…小学生の頃、英語は全くわからなくても、
カレンの歌声が大好きでした。
 来日した時にカレンが大胆なバラの柄の振袖を着た写真が雑誌(明星)に
載っていたことを鮮明に覚えています。
 ドラムを叩きながら歌う姿もかっこいいなあ〜と憧れたものでした。

 そして…数年後に報じられた彼女の訃報、意外な死因。
胸が痛む知らせでした。

 だいたい同じ頃に流行っていた、クイーン、KISS、
ベイ・シティ・ローラーズ(BCR)、引退していたけれど人気があったビートルズ、
でもやっぱりカーペンターズの優しい音楽が今でも好きです。

 後ろ向きに聴いた「For All We Know」。
放課後の音楽室でピアノとエレクトーンで合奏したり、好きな子のことで
延々と他愛のないおしゃべりをしたことも思い出します。
 親友さっちゃんは、BCRのウッディが好きで、
黄色いタータンチェックの小物を集めていたっけ…。

 やっぱり、音楽には思い出の宝箱の蓋を開けてくれる“魔法”があるようです。

※月刊明星1974年7月号付録の本から。
 お隣はポールマッカートニー&ウィングスで、
 この時は「ジェット」がヒット中でした。

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 しばらくぶりに再開した「暮らしと建築の美」。
 前回シリーズでは建築家の隈研吾氏、伊東豊雄氏、建築史家で
明治村村長も務めていた故鈴木博之氏らのお話を伺えて、本当に幸せでしたが、
今回は設計や建築史ではなく、施工側の方々のお話。

 第一回は数寄屋建築の第一人者中村義明さんの「木造建築の現代的意義」。
 建物を作る人は、その最終形をイメージできるようになれ、ということ。
入れ物(器)を作るにはその中身を知ることが大事。

 地震の国に居るということを再認識した東日本大震災。
明日のことがわからないなら…やりたいことをしよう、と思ったそうです。

 作品「俵屋旅館」「和久伝」の紹介もあり、行ってみたくなります。
 真行草と、基本をふまえて崩していくデザインの冴えも観ることができました。

 会議室から遠山邸の茶室に移動してのお話の続きは、
茶室=狭い部屋で話をすると親密さもあって、断れない
=交渉ごとに使われた、という見方はおもしろいな、思います。

 なお、遠山邸を作った大工さんは、気仙(宮城県気仙沼)大工
=舟を作った人では、という見方もできるというのは、興味深いお話でした。
 この邸宅は昭和初期のもので、纏まった仕事としてあちこちから
腕のいい大工さんを集めたのでしょう。

 羽田空港国際線ロビー「お祭り広場」の数寄屋建築は、東京五輪に向けて
さらに盛り上げようと、かなり本格的な作りになっているそうです。
 淀みなく展開されるお話に聞き入って、メモを余り取らなかったため、
散漫なレポでお恥ずかしい…。

 講演後、学芸員さんからこの邸宅(1936年竣工)のガラスについて伺ったこと。
 ピッツバーグから船便で輸入された、当時最新のこんなに大きくても
ゆがみのないもの…80年前のガラスはもちろん今も1枚も割れずに
目の前にありました。

 もう何度訪れたのか?という遠山邸ですが、奥が深くてまだまだ楽しめそうです。

信じる機械(文学座)

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☆2014年6月3日(火)ソワレ 信濃町文学座アトリエ

 最後まで見ると、この「題名」が納得できる…休憩2回を挟む約3時間で、
じっくりと味わう作品でした。

 冒頭、男女が言い合いをするシーンから。
 
 この日は、2001年9月11日でした。この事件は、
特に女性に大きな影響を与えた様子です。男性はトム(亀田佳明)、
広告会社勤務。女性はソフィ(松岡依都美)、ジャーナリスト。
ほかに聖職者の老人エドワード(川辺久造)、彼のお手伝いさんタチアーナ(金沢映子)、
牧師さん(鍛冶直人)など。

 ソフィのまっすぐで純粋なところは、時にひりひりするような
現実との軋轢を生じていました。
 エドワードの聖職者としての理想がゲイなどの現実を認めたくなくて、
ついつい怒鳴る、加えて悲しい老化現象も。
お手伝いのタチアーナは懸命に尽くしてくれるのに、なかなか言うことを聞かない。

 劇は時折時間を遡り、2人が出会った頃も垣間見え、
“そのまま”のトムは“どんどん変わる”ソフィについていけない様子がわかりました。

 三方向から囲むような客席の中心で、緊迫した台詞の応酬、
そして未来へ託したもの…。ちょっと重いけど素敵な作品でした。

 タチアーナ役の金沢映子さんは、昨年末のミュージカル「船に乗れ!」で、
オーケストラ顧問の厳しい先生を演じていました。

 シアターオーブでの彼女の熱演の記憶とともに、あの作品の
福井晶一さんや山崎育三郎さんの歌声が脳裏に蘇り…切なくなりました。


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