|
実は…NHKの番組は見ていないのですが、
新島八重という女性にはとても興味があったので(招待券もあったし)、
都内に用事があった休日に、立ち寄ってみました。
会津藩は保科正之の家訓(かきん)「什の教え」を守る、というところで
既に「天地明察」で保科を演じた松本幸四郎さんが思い浮かび、
戊辰戦争で会津藩が消滅、
「斗南藩」ができても寒冷地のために困窮した、
というところでは大昔に見た「獅子の時代」の
大竹しのぶさんが脳裏をよぎり…。
新島八重の夫、新島襄は同志社大学を設立したのだから
京都の人かと思っていたら、生まれが群馬県と初めて知りました。
八重の兄覚馬が京都府の顧問に就任したことが、
彼女が京都に住むきっかけとなり、
襄との出会い〜結婚へと結びつきます。
勇敢で聡明な八重のことを襄は“ハンサムウーマン”と形容していますが、
襄は惜しいことに49歳の若さで病没、
その後の八重は日本赤十字社の仕事を精力的にこなし、
看護婦の地位向上に努め、
さらに「茶道」も究めながら87歳まで長らえました。
展示の中の「鶴ヶ城古写真」は、崩れかかった屋根や砲弾の跡が生々しく写っていて、
この中を戦い抜いた八重の気丈さに、改めて感服。
また、京都の新島夫妻の旧居(1878)は現存し、
当時のままの家具の展示で再現された応接間に見入りました。
籐の椅子、壁には漢字の聖書(漢文に見える)が掛り、
清潔感溢れる佇まいでした。
|