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 チラシの写真を見て即「行く!」と決めた、懐かしい上野駅。
モノクロなので古そう(1960年代?)に見えますが、撮影は1979年頃です。
確かにもっと昔は、このプレートが手書きでした。

 上野は幼い頃からなじみの深い場所でした。祖母の家(亀戸)に行くとき、
秋葉原(万世橋)の「交通博物館」、「上野動物園」や美術館にも
母とよく出かけたものです。

 作品のなかの人々…赤帽さん、ホームに新聞を敷いて座るひとたち、
ネッカチーフを被ったおばさんと唐草模様の風呂敷の大荷物…
いつの間にか見かけなくなっていました。

 自分の35年前を想うと、この写真の中の母親や子どもたちの服装が
記憶とみごとに被ります。いつのまにこんな時間が過ぎ去ったの?
 観ていきながら涙がでそうになるくらい、懐かしかった。

 本橋氏は映画監督でもあり、作品は物語を感じるシーンが多く、
なにか読みとりたくなります。

 幕間(まくあい)…地方からここに来るまでが1幕、上野駅で幕間をとって、
東京生活の第2幕が始まる…ほっと息をつけるような、
雑多だけど温もりを感じる駅でした。
 そのぬくもりは過去形になりつつあるのも、時の流れでしょう。

 この写真の直後、東北新幹線開業から、上野駅は都会的な場所へと変わり始めたと、
今になって感じることとなりました。

 展示は5月2日まで。

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 副題が「早稲田スポーツの先駆者たちとその時代」。
 ここでは沖田芳夫、織田幹雄、南部忠平、西田修平を特集しています。
沖田氏だけは、初めて聞く名前でした。

 沖田氏は投擲選手のため頗る体格がよく、豪放磊落、
反面、織田氏は学究肌ですが、同郷(広島出身)でもあり2人は親友でした。
写真に織田氏の自筆で「仲よし」と書き込まれているのが、なによりの証拠です。

 南部氏は、織田氏とは種目が一緒のライバル同士。
私が小学生の頃、39年ぶりに記録を更新されたという、驚きの
7メートル98センチ(1931年当時は世界記録)という記録が生まれたのも、
その好敵手がいたからこそ、なのかもしれません。

 織田氏は栄誉ある「日本人金メダリスト第一号」。
真ん中に翻る日章旗に涙!と書き込まれた絵はがきも展示されていました。

 そして「感動」したのは、西田修平×大江季雄選手(慶應義塾大学)の
「友情のメダル」でした。

 1936年ベルリン五輪の棒高跳び。雨の中、夜になっても決着が付かず、
1、4位が決まった後の2、3位を決することを棄権し、
帰国後にメダルを半分にして貼り合わせた“実物”が向かい合わせに展示され、
息を呑みました。

 この大江選手は太平洋戦争で戦死されている…
スポーツができるのは「平和」だからこそ。
 来るべき東京オリンピックも「平和の祭典」になればいいと、
年季の入ったメダルを眺めながら思っていました。

 展示は4月25日までです。

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