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「赤毛のアン」の訳者、村岡花子さんは「洗練された平凡は非凡」という
表現をしていましたが、先日の展示をみた中で、とっても感動した
「藝術家」も、こうした要旨のお話でした。
彼女の最初の著作「爐邉」に収録されていた短編の一つです。
〜つまらない、細々した日常の仕事を喜んで片づけていく、単調な生活を
生き生きと送ること、そんなときも相手に愛を、相手に合わせて行けることが大切…
そんな人は心の藝術家だという。〜
主婦は、日々細々とした雑事に追われ、振り返ると
何か纏まったことを成し遂げた気がしない、何も残っていないのではと…
私も、同じことを感じていました。
「作品も、研究も、何かの上達も」たいして残さず、気づいたら
年齢だけは重ねてしまった…後悔に近い気持ちを時々抱く私は
この話には勇気づけられた気がして、教文館に見に来て良かった!と
しみじみ思いました。
淡々と毎日を送りながらも、明るく前向きに…ちょっと元気が回復したところで、
ミュージカルを見に行っている末娘と合流するため、駅へ急ぎました。
この写真は上野動物園の売店で、あまり可愛くて撮ってしまいました。3月9日に。
このあと、お茶の水に行ったのですが、当たり前のように
福井晶一さんの舞台が見られたことは、実は奇跡だった気がする、今日このごろです。
でも、アンのことばにあるように「曲がり角を曲がったら、その先には
すばらしいことが待っているかもしれません」きっと…。
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