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我家だけの常識?

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 職場にあった、いつ貰ったか不明な、選挙啓発グッズ。
 写真で「これ!」と用途がわかる=愛用している人は、結構いる?
それとも、多くの人は全くわからない??

 実はこのプラスチックの「留め具」は、我が家の必需品です。
ポテトチップスなどの袋入りのお菓子を食べる時には、
開封するハサミ、そしてこの留め具をまず用意してから、
おもむろにチョキチョキ、お皿に取り出して、すぐに口を閉じる。

 100円の袋菓子はスーパーやコンビニでたくさん売られているため、
ついあれこれ買ってしまい、開封して途中のものが
常に「お菓子箱」に入っています。

 しかし職場で女性たち3〜4人に「これ、要ります?」と聞いたら、
全員から「使わないからいらない」と断られてしまいました。
 お菓子を開けたら食べちゃうからと、もっと大きいクリップを使っているから、
ということです。

 100円弱のポテトチップスを、小分けで4〜5日かけて食べる我が家の方が
“常識外”なのかもしれません。(私は食べないので、娘用)

 小さい頃から袋の口を細かく畳み、クリップでぎゅっと留めていたから、
彼女らは、指先の力が強いかもしれません。

 思えば、母もお菓子は一度に出さず、輪ゴムで袋の口をぐるぐる縛っていました。
輪ゴムは次に食べる時に本当に解きにくく、ハサミで切っていました。
だからこの留め具はとても便利で、我が家にはなくてはならいグッズです。

 少しずつでも種類を多く食べたら、全然ダイエットになりませんね…。

1500の、幸せ。

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 本当は、昨日の記事が“1500本目”でした。
アップしてしばらくしてから気付くとは、
どれだけ慌ただしく更新しているのか…

 そんな毎日ではありますが、楽しいこと、美味しいもの、
嬉しかったこと、美しいこと…小さな幸せは着実に重なっていきました。

 今までは500回ごとに「書庫別」の数字を出していましたが、
今回は「カテゴリー別」に。
観劇437、絵画122、家族101、映画レビュー77、建築デザイン73、
その他芸術アート71、工芸55、写真52、小説35、
その他舞台、演劇32、菓子・デザート31、などとなっています。

 気分によって分け方も若干曖昧になっていますが、
書庫別も、ミュージカル、美術、無題(家族)の順なので、
おおむね一致しています。

 これらが『幸せの素(基)』という事にもなるのでしょう。
書き続けられる環境に心から感謝しつつ、これからもささやかな喜びを
大切に掬いあげていこうと思います。
 
 写真は色々な種類があってついつい買いだめしたお菓子。
実は、この後も種類は増えていました。全部、好きです。
甘いものを食べているときも、とっても幸せです。

「平和」だからこそ。

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 “2020年のオリンピック東京開催”が決まった日に、
「李香蘭」を観てきたのですが、
思えば最初の『東京五輪』は1940(昭和15)年の開催に決まっていました。
 
 しかし、当時の日本の情勢=国際連盟脱退などもあり、
国際的に孤立し、戦争のために資金(資材)が必要なこともあっての辞退でした。

 そこから戦後復興を経て、開催できたのは24年後の1964年。
さら56年を経て、再び“平和の祭典”が開かれる、
なんと嬉しいことでしょう。

 東京五輪。夫は覚えているのに、私の記憶がないという時代。
青空にくっきりと五つの輪が描かれた感激を、今も語る夫を見ると、
娘たちに(私にも)その“記憶”が出来るのかと思うと、とっても楽しみです。

 ちゃんと覚えている最初の五輪、ミュンヘンのテロのショックは
とても悲しくて…モスクワ五輪への日本参加辞退では
全盛期なのに参加できず、涙ぐむ選手たちも気の毒でした。

 子どもたちには“自分も出たい!”という夢や希望、年配者たちは
元気でその時まで生きていて“この目で見たい”という生きがい、
私くらいの年代では、どんなお手伝いが出来るかな?など、
この日は、号外も配られて、明るいムードが流れていました。

 そして、ミュージカルの前に、渋谷に所要があったため
表参道に寄って買ってきたパン(写真)を食べながら、
食糧の心配のない世の中の幸福を、娘たちと噛みしめました。

 実際、このクロワッサンは、“福井さん”の言うとおり、
サクサクで、とても美味しかったのでしたが。

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 明日から新学期。中学時代は毎年「美術館レポート」を書いていましたが、
高校に入れば「もうないだろう」と、油断していたら…

 歴史関係でやはり新聞形式の社会科の宿題が出ていました。
テーマを決めるまでが大変で、本をいろいろ借りてきて(写真参照)…

 関心があることはやはり「オペラ座」や「レ・ミゼラブル」。
ガルニエ宮が作られた時代は、ユゴーがレミゼを執筆した時代と少し
重なりますが…。

 そのあたりからアプローチして、なんとか書き上げました。
資料をみながらついつい寄り道ばっかりして、
なかなか纏まりませんでしたが。
 新聞のタイトルも「トリコロール新聞」では、どこかで聞いたことがあるし。

 「レ・ミゼラブル」の小説の舞台は19世紀初期〜半ばころですが、
出版されたのは1862年。
 
 ガルニエ宮=オペラ座も、同年の着工、竣工は1875年。
日本では明治時代の最初の頃です。

 写真でオペラ座の豪華な内装をみて、いつか行ってみたいなあ…と
夢を描いています。

 とにかく、明日からはまた早起きの毎日が待っています。
気合を入れて、今日は早く寝ましょう。

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 今年もみんなで食べることができました。
ホールで食べるのは年に一度のお楽しみでもあり、
ここ数年は真夏の大切なイベントになっています。

 先日は三世代の女性が5人、うち8月生まれは3人。
中心の母が、この時期(8月)思い出すのは、疎開したことや食糧難のこと。

 1日分の食料が「湯呑み茶碗1杯ほどのザラメ」だけ。3回に分けて
お湯で溶いたりそのまま口に入れたりして凌ぐ…いつもいつもお腹が空いていた。

 私には繰り返し聞かされた話でも、実際に経験した“重み”は薄れることなく、
娘たちもきちんと耳を傾けていました。

 しかし母は「新しいこと」も大好き。興味の中心は
スポーツクラブ。ボランティアや落語などの鑑賞、短歌や俳句。
 1人暮らしでも毎日買い物をし、野菜中心のおかずを作り、市販の総菜は買わずにいます。
 この日は「寒天ゼリー」を作って持ってきてくれました。

 そして母の母(私の祖母)の話で、彼女は独身時代に
女優の家でお手伝いさんをしていたらしい…それは浦辺粂子さんだった。

 今になって初めて知ることがあるなんて。そんな祖母は
小学校さえなかなか通うことができず、漢字は書けませんでした。
 
 だからこそ「本を好きになって欲しい」と、孫たちに玩具ではなく、
過剰なくらい本を買ってくれたのかと、今更ながらありがたく思いました。

 白髪もほとんどなく、本当に若々しい母。
「おばあちゃん、八千草薫に似てるね」、と娘たちにいわれ、
「そんなことないわよ〜」と言いながらも、うれしそうな母でした。

 来年もまたケーキを囲んでにぎやかに語り合えますように。


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