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“鹿鳴館”と聞くとすぐ反応して、借りてきました。 昨年「三菱1号館」での展示を観て、コンドルと日本画家・川鍋暁斎との かかわりもわかったのですが、この本はもっと細かく調べ、丁寧に書かれていて 一気に読んでしまいました。 ジョサイア・コンドルは、イギリスの新進建築家で、 当時はすでに有名になっている人は日本に来たがらなかった… という事情から白羽の矢が立ち、政府の招聘に応じた彼は、 工部大学校(現在の東京大学工学部)教授に就任。 教え方は的確で、学生たちに慕われていた様子。 1期生・辰野金吾、片山東熊、曽禰達蔵など、その作品に“個性”が きちんと反映されているのも、コンドルの教えが生きているようで興味深かった。 明治の「都市計画」や「皇居の計画」、外交政策としての「鹿鳴館」、 コンドル自身の東洋趣味(サラセン様式)は日本古来のものとはミスマッチだったことなど、 “なるほど”を連発しながら読み進めました。 工部大学校の職を解かれてからも帰国をせず、 日本人女性と結婚して、長く滞在したコンドル。 そこで彼が弟子入りした「川鍋暁斎」が登場します。 日本画壇にはあまり取り上げられなかった彼ですが、実は当時は大人気の画家でした。 コンドルは「暁英」という号まで持っていた程、絵も熱心に描いていました。 漠然と「鹿鳴館」の建築家だと思っていたコンドル。 来日前の学生時代、工部大校教授としての的確な教え方、都市計画に振り回されたことなど 彼の人間性が「立体的」に感じられる本でした。 |
読書
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「童話の王様と掛けて何と解くーそれはカステラ饅頭です。 心はカステラまんじゅう“あんだせん(餡出せん)”」 思わずずっこけそうなこの「なぞかけ」は、昭和一桁の頃ラジオ放送ということです。 これは、平凡社・別冊太陽「童話の王様 アンデルセン」2000年発行の 107ページに載っている中川正文氏(大阪府立国際児童文学館館長・当時)が書かれた 逸話です。 アンデルセンは日本で明治〜大正初期までは“あんだあせん”“あんだせん”とも 表記されていたようですが、昭和に入るとほぼ“アンデルセン”に統一されています。 アンデルセンが没したのは1875(明治8)年のことでしたが、 早くも1888(明治25)年には「王さまの新衣裳」=はだかの王様が翻訳、出版されています。 森鴎外が翻訳した長編小説「即興詩人」の出版は、1902(明治35)年。 当時のインテリ層に売れ、これでアンデルセンの高い文学性も認知されたと他の本で読みました。 それにしても、ラジオで“なぞかけ”までされたアンデルセンは、 本当に日本人に愛された作家だったのですね。 この本はまず世界各国の挿絵画家の絵、後半は明治以降の日本の挿絵や表紙を たくさん載せてあり、何度見ても見飽きることがなくて、図書館に返したくない! と思ったほどでした。 |
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何気なく図書館で借りた「母ちゃん(オンマ)」江宮隆之著。 |
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先日、一番好きな作家・重松清さんの講演会に行ってきました。 |
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四季のミュージカル「エビータ」を観る前に読んでおこうと、借りてきた本です。 |





