美術

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 副題は「ゴッホ、スーラからモンドリアンまで」。
スーラといえば“点描”。近寄ってみると
こんなにいろいろな色で点々を打っていたの?と、
驚きがある…そんなイメージでした。

 また、今まで私が知らなかった画家たちも、
試行錯誤の中で、点描で描いていた…そんな作品群にも
とても心を奪われました。

 展示は1「印象派の系譜」、2「スーラとシニャック」、
3「ゴッホと分割主義」、4「ベルギーとオランダの分割主義」
5「モンドリアン」と、5つのセクションに分かれています。

 セクション4の、初めて名前を聞いた画家たちが新鮮でした。
テオ・ファン・レイゼルベルヘ、ヤン・トーロップ、ヤン・スライテルス等。

 モンドリアンの初期の絵=具象のもの、点描、そして抽象へ。
その変化もなかなか興味深かった。

 やっぱり、一番印象に残ったのは、ゴッホの力強いタッチ。
ぐいぐいとうねるような油絵の具の立体感が素敵でした。
 展示は23日までです。

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 描かれた都は「開封・杭州・京都・江戸」。
“開封”の「清明上河図」が3種あり、
“杭州”を描いたのは狩野探幽、蘇我瀟白、池野大雅。

 “京都”は狩野松栄、狩野探幽、伊東若冲そして
重要文化財の久隅守景「加茂競馬・宇治茶摘図」は、
修復後の初公開。

 最後に“江戸”は葛飾北斎、歌川広重ほか。
ただ1人の現代の画家は、山口晃。「東京圖・六本木昼図」は
六本木ヒルズ周辺を描いたもので、また建設途上で
クレーンが乗っています。

 一通りみると「長い時間旅行」をして
現代に戻ってきたような気分になれます。

 常設の、美しい国宝「普賢菩薩」も、ここにいくと
必ず眺めてから帰ってきます。

 そしてホテルオークラのロビーの美しい生け花(写真)もチェック。
ここに宿泊することはまず無いと思いますが、
谷口吉郎設計のロビーは和の雰囲気が心地よく、
休ませていただいてから帰途につくことも時折あります。
 展示は15日まで。

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 副題は「聖なるものの継承と変容」。
 以前同じ美術館でルオーの風景画を紹介したときに
「モローの愛弟子」と紹介されていたことは記憶していましたが、
それぞれの作品を時代を追って見比べられる今回は、
師弟の「呼応する想い」がよくわかり、感動的でした。

 パリ国立美術学校の生徒だったルオー。
展覧会の入賞はできても、「特賞」がとれない…
 
 そんなルオーの長所を伸ばし、展覧会(古典的な描き方)だけが
すべてではないと導いたモロー。

 モローも従来の「デッサンを絶対視」する美術界では
異端だったようですが、裕福な家庭だったため、
思うように描いても困らないどころか、
自宅を美術館に改装してしまったくらい。

 モローの朧気な幻想的な画風も、実物でみると
案外ラフに描かれているのは驚きでした。

 ルオーも、形よりも質感、マチエールの変化を試み、
あの厚みのある絵の具、黒が多い中で
鮮やかな色彩を用いる彼独特の世界を作っていったようです。
 コラボのスイーツを買ってきました(写真)。

 中学生の頃、高校生の兄がルオーが好きで
「ピエロ」の絵を誉めていましたが、
私は「ん〜(暗くない?)」と、感じていたものです。
 でも兄が好きだったバッハ「ブランデンブルグ協奏曲」や
このルオーなど、後年自分もやっぱり好きになって…。

 年に1回会うかどうかの兄ですが、幼い頃から仲良しで、
一緒にどこでもつれていってくれたことは
今でも温かな思い出です。

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 特別展、副題が「そして近代日本画」へ。

 展示は狩野探幽(鍛冶橋狩野派)の兄弟・尚信から連なる
木挽町狩野派6代目典信(みちのぶ=1730〜90)から始まります。
 孫=8代目栄信(1775〜1828)に弟子入りしたのが
橋本雅邦の祖父栄邦(ながくに)。師匠の一文字を拝領できるほどの
実力の持ち主だったようです。

 そして9代目狩野養信の弟子・橋本養邦、10代目狩野雅信と橋本雅邦と、
一文字拝領が続きます。
 江戸時代、狩野派は幕府の絵描きとしての地位を築いていましたが、
明治維新でみんな仕事がなくなり、領地からの収入も途絶え、
一気に窮に陥ったところ、雅邦らは海軍省の海図を作成する仕事に従事。

 これは“柳楢悦”の指示という…楢悦は「民芸」を提唱した
柳宗悦の父です。さすがの慧眼。

 維新後に雅邦が描いた油絵2点は繊細な画風です。そして新しい日本画への変化。

 狩野派は「粉本(ふんぽん)」と呼ばれる模写のお手本を
ひたすら写すことに重点がおかれていました。
 道理で…みんな似た感じになるはずです。
 でも当時「献上」したり買ってもらったりするためには
「喜ばれる=売れる」画風にせざるを得なかったのでしょうか。

 明治以降、自由な表現で描くようになってから、現代の「日本画」の趣になってきました。
 
 時代に翻弄されながらも、雅邦は生前から
川越の名士たちが「画宝会」を結成し、展示会・頒布会を開いて盛り立ててくれたようです。
 東京美術学校教師、大磯岩崎邸や渋沢邸宅の障絵を描くなど、
晩年まで活躍していたこともわかりました。

 最終日に慌てて観にいきましたが、この「博物館」は
前川国男設計の名建築、さらに紅葉が美しく、いい日曜日になりました。
(写真参照)

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 9月に通りすがりで訪れたアートスクエア。
今回は「彼女の書が見たい」と、足を運びました。

 金澤翔子さんの名を初めて見たのはNHK大河ドラマ「平清盛」の
題字でした。なにかとても印象に残って…少し経ってから、
書いたのはハンデを持った若い女性ということを知りました。

 その後ネットや印刷された文字で彼女の作品に触れ、
いつか“本物”を見たいと思っていたところでした。

 そして…思った以上に大きく力強い作品が多く、
墨の飛び散った跡や長く伸びていく掠れ、たっぷりと墨をつけた
最初の部分は深く濃い色、止め、はらいも躍動感にあふれ、
しばし見とれました。

 彼女が揮毫(書いて)いるVTRも上映され、思わず息を飲んで見入りました。 

 小柄な彼女が渾身の力を込めて、太い筆で書いていく。
穂先が乱れても線が掠れても、ひとつながりの部分はそのまま
押し切るように、一気に書く。

 完成した(表装された)ものを見ても感動しますが、
“動く姿”には、更に胸を打つものがありました。

 アートスクエアは「外苑前」のすぐそば。この日色づいた銀杏並木に
凄い人出で、このギャラリーもかなりの賑わい。
 見る人たちが異口同音に「うまいわね〜」と呟くのが聞こえてきました。

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