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 「その1」からの続きです。
 竹橋界隈見学、後半は「国立近代美術館」から。
新館は谷口吉郎設計、「国立博物館・東洋館」とも似た印象ですが、
竣工も1年違いと、ほぼきょうだいのような建物です。
 外観のみの見学でしたが、屋根のカーブ、軒裏の樽木にも見える造りは、
和風の趣。霙がちらつく中、落ち着いたたたずまいを見せていました。

 そして「国立近代美術館・工芸館」へ。重要文化財、明治43(1910)年の建築で、
赤煉瓦が美しい。煉瓦造りと言えば明治の印象がありますが、
実は大正期のほうが多く、構造材としてのレンガは明治時代には石を貼って、
重厚に見える傾向=日本銀行本店・迎賓館赤坂離宮など。

 ここは“近衛師団本部”としての質実剛健な作りで、
ゴシックを基調とした装飾はどちらかと言えば簡素な印象。ドーマー窓は尖頭アーチ、
*バットレス(付け柱=補強のための壁から突き出した部分)
*ロンバルディア帯(アーチを連ねた装飾)、*ピナクル(小さな尖塔)、
*クワットレ フォイル(クローバー型の窓)など、
いろいろな名称を聞くことができました。

 内部の照明はアールヌーボー調の優美な曲線を描き、上野の子ども図書館を
思い出し、木製の階段の柱の先には擬宝珠のような装飾がありました。

 この日も精力的に歩き回り、寒さを忘れるくらい建物に見入った講座でした。
3月の次回も楽しみです。

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 1月は“上野界隈”を探訪した講座「歴史的建物を見て歩く」の、2回目。
 今回は竹橋界隈で、まずは神保町古書店街の“看板建築”ウォッチング。
震災後の復興期、2階の上に屋根裏のようなスペースを確保し、
立ち上がり部分が看板のように扱われている、その装飾の面白さを味わいました。
建物自体も相当古びていますが、まだ数軒残っています。

 そのあと、見学したのは以下の通り。
●学士会館(1928・高橋貞太郎)→その1
●パレスサイドビル(1966・林昌二)→ 〃
●国立近代美術館(1969・谷口吉郎)→その2へ。
●国立近代美術館工芸館(1910・田村鎮)→ 〃

 まず、「学士会館」。設計者の高橋貞太郎は、このほか、
日本橋高島屋、川奈ホテル、帝国ホテル新館等を手掛けました。
スクラッチタイルの落ち着いた外観で、内装はアールデコ調。
ロビーの柱には、真鍮の飾りが嵌め込まれています。
廊下や階段の色ガラスは直線を多用したモダンなデザインでした。
 この建物の構造を担当した佐野利器は、
「女、子どものやること」と“装飾”に興味を持たなかった、というエピソードも。

 「パレスサイドビル」は外観のみの見学。必要な物がすべてデザインで使われている
=機能が視覚化されるのが戦後モダン…なるほど。
2つの白い筒型の“コア”が印象的。
 レンガタイルとアルミのルーバー状の“庇”がリズムを合わせて連なり、
ルーバーを支える支柱は雨樋になっていて、階ごとに受け皿があり、
 この日は雨(みぞれ)が降っていたので、水滴がぽたぽた落ちるのが見えて、
ここにも“リズム”が感じられました。設計は林昌二(日建設計)。
“ビルディング”もよく見ると奥が深いです。
「その2」へ続く。

※「学士会館」廊下のステンドグラス。アールデコ調のデザインがお洒落です。

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 先日の“上野界隈見学”では、米山勇先生の説明を聴きながら、
いろいろなことが頭の中を駆け巡り、“嬉しい忙しさ”が増した時間となりました。

 一番思い出深いのは「国立博物館・表慶館」。
高校時代の定期考査最終日には、よく足を運ぶ場所でした。
 中間、期末テスト最終日は、学校が2時間で終わるのに、
次の日に備えて“一夜漬け”をしなくてもいい…この開放感も、
想像力をより高めてくれた気がします。

 平日の昼間は、人がほとんどいない展示室、吹き抜け2階部分からドームを見上げると、
内側に書かれた“だまし絵”がつぶさに見えて、いつまでも見飽きませんでした。

 優美な曲線を描く階段の手すり。ここでもまた膨らんだスカートのプリンセスの気分で、
「美女と野獣」のベルのように踊る自分を想像していました。
 現在、2階は立入禁止のようで、今回は上がれなかったのが残念です。

 あの頃には、こんなロマンチックな想像をしていた空間でしたが、
展示室の内容は縄文式土器や土偶、銅鐸等の出土品という素朴なもので、
えも言われぬ不思議さを醸し出しているように、私は感じました。

※日本の建築[明治大正昭和]2様式の礎(三省堂)より。

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 近代日本の大実業家・渋沢栄一は、王子の飛鳥山に邸宅を構えていました。
残念ながら空襲に遭い、かなりの部分は焼失してしまったのですが、
「晩香蘆」と「青淵文庫」は残り、重要文化財として現在も見ることが出来ます。

「晩香蘆(ばんこうろ)」(1917)は山小屋風の比較的小さな建物。
 室内には暖炉があり、ランプシェードには虹色に光る貝殻があしらわれ、
栗材で丁寧に作られた室内は濃い茶色の落ち着いた雰囲気。
 ここでインドの詩人タゴールなどの多くの賓客を、
クッキーとイングリッシュティーでもてなしたということです。なんてモダン!

 “青淵”とは、渋沢栄一の「号」。
「青淵文庫」(1922)は、その名の通り、“書庫”として作られたもので、
箱型の簡素な外見でありながら、窓を囲む色タイルの柏の葉の文様が美しく、
旧閲覧室の窓の上部のステンドグラスは、直線を用いた抑え目の品の良いデザイン。
 映像資料や展示がある部屋に、ここを訪れた蒋介石などの賓客と一緒に撮った写真が
分厚いファイルになって閲覧できるようになっていました。
 2階部分の書庫は非公開ですが、竣工当時は最新鋭の書架だったそうです。

 この2棟はともに田辺淳吉の設計。彼は1923年に起こった関東大震災で、
被災した自分の設計した建物の復興に忙殺され、
1926年に47歳で過労死してしまったというお話は哀しかった。

 この2棟の建物は「土曜日12:30〜15:45」だけの限定公開。
やっと都合をつけて観に行くことが出来ました。

※左2枚が「晩香蘆」、右2枚は「青淵文庫」。増田彰久氏撮影の絵葉書から。

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「その1」からの続きです。
★上野界隈見学、≪後半≫は、
「旧東京音楽学校・奏楽堂」(1890)山口半六→外観のみ
「京成博物館動物園駅跡」(1931)中川俊二→外観のみ
「黒田記念館」(1928)岡田信一郎→入館
「旧帝国図書館」(1906)久留正道→入館

「国立博物館・表慶館」(1909)片山東熊→入館
「国立博物館・本館」(1938)渡辺仁→入館

 “奏楽堂”は、演奏会開催中で入館はせずに、
外観の飾りに“竪琴、太鼓、笙”があしらわれていることを確認したのみでした。
学校建築は簡素な佇まいですが、その懐かしさ、清潔感は大好きです。
 “博物館動物園駅跡”。小さい建物ですが、かつての“帝室博物館の敷地内の駅”という
こだわりで、随所にギリシャ神殿を思わせる装飾が施されています。

 “黒田記念館”は岡田信一郎設計のスクラッチタイルの外観は地味な印象ながら
展示室の内装の彫刻(漆喰飾り)はとても華麗…、
その豊かな空間の中で黒田清輝名作「湖畔」も見ることが出来て、大満足!

 “旧帝国図書館”は、国際子ども図書館としてリニューアルされた時、
安藤忠雄設計によりガラスボックスが加わり、快適になりつつも
既存部分が生かされていることに感心しました。

 そして“国立博物館”。表慶館は青銅のドームが威容を誇る、バロック様式の建物で、
宮廷建築家・片山東熊の設計。正面の獅子の口は阿と吽の形で、狛犬のようです。
 本館は帝冠様式の反りが入った神社のような屋根が特徴ですが、鉄筋コンクリート製。
中央階段の華麗な雰囲気は、映画「春の雪」や、
最近のガム(Fit’s)のCMでも見ることができます。

※表慶館ドームの内部(博物館で配っていた資料から)。

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