建築

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 昨年受講した自由学園明日館の公開講座 「日本近代建築の造り手たち」
とっても楽しかったこの時の講師・米山勇先生の今年の講座は、座学ではなく「見て歩き」。
3回シリーズの初回は、「上野界隈」です。
★見学順に…
「東京文化会館」(1961)前川國男→ロビーに入る。
「国立西洋美術館」(1959)ル・コルビュジエ→外観のみ
「東京都美術館」(1975)前川國男→改装中のため、外壁の一部のみ。
そして、「上野東照宮」と五重塔。≪前半≫

 集合場所が“東京文化会館”前。まず外観から眺め、
前川建築に多く見られる“コンクリートの巨大な庇”にあいた四角い穴は
軽さを感じさせ、なおかつこの穴は大きさが不規則。
西洋美術館側から見ると、大きな船のような印象です。
 ロビーの天井の照明はランダムに配置され、夜空の星のようでした。
また、石垣を思わせる大ホールを覆う壁は、そのまま外壁へと突き出していきます。

 お向いの“西洋美術館”前の広場では足下に注目。区切りに嵌め込まれた黒い御影石は
阿弥陀籤のような直線の構成、そのまま目を正面に移すと、文化会館の窓が、
同じ直線のデザイン…こちらはル・コルビュジエ=前川國男は彼の弟子でした。

 上野東照宮へと向う途中、改装中の“東京都美術館”の外壁を見学。
レンガの1つ1つに穴があいている→全部ではなく、1個おきに。
これは施工の簡略化が図れた「打ち込みタイル」というもので、
型枠にねじで留めておいた穴、なのだそうです。

 そしてまだ新年の雰囲気が漂う“東照宮”。ここも改装中で、正面のみの見学でしたが、
権現造り、唐門には金箔を使い、鮮やかな色彩が華やかでした。
お隣の五重塔は奈良時代の一層部分が大きいものとの違い、
江戸時代の逓減率が低い、すらっとしたプロポーションで、粋な感じでした。
≪つづく≫。

※西洋美術館側から見た東京文化会館。足元の舗装の線は確かに繋がっている感じがします。

西洋館のクリスマス

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 横浜山手西洋館群・7館のうち、あと2館の中に入っていない…と心残りだったため、
「ドガ展」のあと、みなとみらい駅から元町・中華街駅へと向かい、
フランス山を登って、港の見える丘公園の「イギリス館」から見学。
 英国風のクリスマス飾りがいっぱいの華やかな室内は、
お天気が良かったせいもあって、光が溢れ、そこに居るだけで気分が浮き立ちます。
旧英国総領事館という格調が漂い、金髪の小公子セドリックが駆けてきそう…。

 お隣の「山手111番館」のクリスマスは、ブルガリアのイメージ。
イギリス館のシックな色合いともちょっと違う鮮やかさ…思わず「あぁ〜憧れちゃう」
とそばで見ていた女性の独り言も聞こえた程、すてきでした。

 どちらもツリーやテーブルコーディネイトが華やかで・おしゃれで、
夢中で写真を撮る人が多数。

 博物館のように“静止”した感じで観る建物(文化財)もよいのですが、
観るたびに違う表情を見せる、こうした活用の仕方も
何度でも来たくなって“名案”だと思いました。

※イギリス館の室内と、山手111番館の玄関ホール。

博物館明治村

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 ここを訪れたのは随分前ですが、最近思い出したのは
江戸東京博物館で求めた「鹿鳴館」について書かれた本の中の、
取り壊される時、保存しておけなかったことへの後悔から“建物の博物館(保存)”を作ろうと思い到った
建築家・谷口吉郎氏の話を読んだからでした。
 谷口氏が「博物館明治村」の初代村長を務めています。
(東京国立博物館東洋館、国立近代美術館、帝国劇場も谷口氏の設計です。)

 この施設のお陰で、F・L・ライト設計の「旧帝国ホテル本館」は移築保存され、
現在も見ることができます。
 私が訪れた時は、この帝国ホテルは復元工事中でした。
一緒に行った母が「あぁこれ内幸町にあったわね。」と懐かしそうに呟きました。
彼女は結婚するまで丸の内のBG(ビジネスガール→今ならOL)だったのです。

 写真を撮った「聖ヨハネ教会堂」は京都からの移築。設計者はガーディナー。
牛鍋屋(大井牛肉店)さんからいい匂いがしたり、蒸気機関車が煙を吐いて走っていたり。
建物に興味が出始めた頃で、何を観ても楽しくて、帰りたくなかった!

 日本赤十社病院中央病棟(設計・片山東熊)、宇治山田郵便局、西郷従道邸、
鉄道局新橋工場内には5号、6号御料車。
神戸と長崎の異人館、ステンドグラスが美しい聖ザビエル天主堂…全部、よく覚えています。

 また、行きたいなぁ…。
ミュージカルの遠征と組ませてもいいかもしれません。
キャストによっては大阪「アイーダ」とか??

※小さく写っている私は、兄に借りたセーター、自作の8枚はぎフレアースカートをはいています。

外交官の書斎には…。

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 せっかく「キャッツ」で横浜に行くのだから…平日マチネは滅多にないチャンスと、
「山手西洋館巡り」を画策。通勤ラッシュに揺られて到着した、
石川町駅からスタートしました。

 大丸谷坂を登り、最初に行ったのが、イタリア山庭園の『外交官の家』。
イチョウの葉が色づき、雲ひとつない快晴の青空に映えてとても美しい風景でした。
ここは明治時代の外交官・内田定槌氏の邸宅で、渋谷区からの移築だそうですが、
この庭園にとても馴染んでいました。

 邸内で一番目を引いたのは、2階の書斎の硝子戸棚(本箱)の中で見つけた
丸い文字盤を台形の飾りが支える形の「置時計」でした。
 華麗な色彩が施されていますが、この形はどこかで見たような??
そう、劇団四季のミュージカル「美女と野獣」のコッグスワース!
あの衣裳を小型にしたような雰囲気。

 同じ本棚には、革表紙の洋書がたくさん並んでいました。
明治の外交官の持ち物かどうかは定かではありませんが、
このお屋敷にぴったりの小物でした。

 西洋館群の中で、唯一明治の建築のこの家(1910年・重要文化財)、
2階への階段の真ん中部分が丸く凹んでいるのが、大勢の人が登り降りをした何よりの証拠。
私も登りながら、そのカーブの感触で、歳月の重さを感じることが出来ました。

 お隣の『ブラフ18番館』も見て、次の目的地へと思ったら、
ここで思わぬチラシに出会い、行先の変更→「横浜人形の家」へ。
“山手西洋館7館制覇”は、持ち越しとなりました。

※陽光あふれる外交官の家。スケッチをする人が大勢いました。

「鹿鳴館」

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 三島由紀夫「鹿鳴館」の舞台は、明治19年の天長節=11月3日。
昨年秋、劇団四季の舞台を観て、興味がわいて劇場で文庫本を購入、
流麗な言葉があふれる台詞、美しい日本語で、読んでもとても楽しめる作品でした。

 そして、先日「江戸東京博物館」で買い求めたのがこの本。
文明開化の建物再現にあたって、鹿鳴館、ニコライ堂、第一国立銀行のことが書かれていて、
興味深く読みました。

 「鹿鳴館」があったのは、日比谷公園や帝国ホテルに近い、
現在の大和生命ビルのあたり(千代田区丸の内)。
社交場としての華やかな時期は短く、昭和初期に華族会館となった後、
戦争直前に取り壊されました。
 なにも壊さなくても…と当時も惜しむ声があったようでしたが、
世相を反映してか、欧米化のシンボルのような建物は嫌われた様子です。
当時競売にかけられた食器類なども残っており、華やかな時代がしのばれました。

 設計はジョサイア・コンドル。彼お得意のイスラム朝を感じさせる柱の形や、
1,2階正面がベランダという、“欧化”のシンボルのはずが、
なんとなくエキゾチックに仕上がっています。
 さらに庭園や正門は和風で、あらゆる様式があふれ出ている
当時のエネルギーを感じました。

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