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写真を見ると、日本ではないような、壮麗な建物。 |
建築
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重要文化財「日本銀行本店」の公開があったので、応募して行ってきました。 |
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岩崎邸を設計したのはイギリス人のジョサイア・コンドル。 来日してから日本画の川鍋暁斎に師事し、「暁英」という号をもらっています。 さらにコンドルの娘さんはスウェーデン人と結婚してから日本画を学び 「暁瑞」と名乗ったとか…なかなか深い縁を感じます。 彼がイギリスで師事したのはウイリアム・バージェス。 コンドルはカントリーハウスの設計で、イギリスの権威あるソーン賞を受けています。 イギリスの「カントリーハウス」とは、貴族や大農場の領主が現地に構える「館・宮殿」。 カントリーといっても、大邸宅です。 左右対称とか、窓やアーチ、ベランダのことなど、独特の様式があります。 来日直後のコンドルは、日本に興味があったのはいいのですが、 なぜか日本=東方趣味に走り、尖頭アーチや玉葱型ドームを採用。 エキゾチック過ぎたきらいも…。 でも、後半生に手がけた三菱開東閣、島津邸、清澄岩崎邸、茅町岩崎邸(ここ)、 古河邸は、洋風庭園も設計。名作揃いでした。 “コンドル先生の肖像画”がコンドルの子孫から東京大学に戻ったのが20年ほど前、 というお話に、先日LIXLギャラリーで読んだ図録を思い出しました。 コンドルの孫も建築家だそうで、来日したことがあったのです…さすが、親日派です。 スライドを多用した楽しい講義でした。定員70名のところ、倍くらいの応募があったと係の方から伺い、 昨年はこの時期(上野の山文化フェスティバル)の講義に「落選」したことを思い出しました。 “建築好き”を自認する人は、案外多いのかもしれません。 ※優美な岩崎邸。秋の陽ざしに映えていました。
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早いもので、4度目の研究会。隈研吾先生の講義の後の“邸宅の案内”です。 今迄にこの解説も4回聴いたのですが、決して飽きることはなく、 その度に新鮮です。 今回の見どころは、昭和11年9月26日に遠山邸が竣工披露会をしたときの 豪華な「室礼(しつらい)」の再現。 玄関広間には、紅葉したドウダンツツジと菊が大きな青磁の花瓶に生けられ、 廊下には見事な松の盆栽、大広間は御簾を巡らせた典雅な風情、 そして床の間には頼山陽「天草洋詩」の掛け軸。 茶室も、茶道具や掛け軸は極上の美術品。 なかでも薄茶席の床の間の「佐竹本三十六歌仙」は重要文化財です。 濃茶席の床の間も、伝紀貫之「高野切」が飾られていました。 一番印象的だったのは、竣工時の写真に写った毛氈が そのままの柄で“実物”が敷かれていたこと。 毛織物(お習字の下敷きのような)なのに、色合いの美しい絞り染め。 白黒写真が鮮やかなカラーで蘇ったようで、 触ることはできないけれど、じっと見てしまいました。 (床の間は冷泉為恭「虫狩図」) 使われている材木も玉杢や樹齢何百年?の屋久杉、栗など、どれをとっても貴重な木材で、 現在は入手不可能と思われます。 次回の研究会も楽しみです。
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東陽町にある「竹中工務店」本社ビル1階のギャラリーA4。 前回の 伊東忠太「甦った西本願寺」もとても面白かったのですが、 今回は「数寄屋大工」のお話。これは先日の「遠山邸研究会」の時にチラシを入手、 行かなきゃ!と、やっと最終日に見てきました。 会場でまず目に飛び込んでくるのは「茶室構造模型」で、 中に入ることが出来、立って歩くと梁に頭が掠る(私は165センチ)。 茶室は基本的に膝をついて移動するのでコンパクトにできているようです。 数寄屋は木材が丸太。それを組んでいく細工は 分解して見られるものがあって初めて知りましたが、3本を組む物など、 とっても複雑なパズルのよう…これぞ“匠の技”です。 壁を塗る(左官)、内装(建具)=襖、障子、畳まで、それぞれに細かな技があり、 モニター画面の説明もあって、判り易かった。 茶室(数寄屋建築)は「真・行・草」で言えば、「草」である…書道になぞらえたら すぐに実感できました。格式高く整った「真」に対し、くずして粋、破格の「草」。 その粋で侘び(簡素)なものを好む…成程。 手間暇かけているのに、さりげなく、自然。 その匠の技を使う名人たちの紹介もあり、中でも平田雅哉氏は、その生涯が 森繁久弥主演で映画化(1965)されたというのには、驚きました。 最終日と言う事で会場は大変賑わっていて、頭に手拭を巻いた男性(職人さん?)が
連れに熱く語っているなど、活気がありました。 |





