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 現在は「たばこ」を“お勧め”する論調はほぼありませんが、
まだ専売になる前の明治時代、煙草業者は
派手な宣伝合戦を繰り広げていました。

 中でも村井VS岩谷商会は、洋風と和風、粋と派手?
「驚くなかれ国税○○円」や「職工○○人」など、岩谷商会は
どれだけ“社会貢献をしたか”をアピールしていたようです。

 これらの展示と一緒に「戦時中の煙草」もありました。

 そこで思い出すのは「紀元二千六百年」の替え歌をよく口ずさんでいた母のこと。
♪金鵄輝く日本の栄えある光背に受けて〜という歌いだしを
♪金鵄輝く15銭、栄えある光30銭、鵬翼高い50銭
と、煙草の銘柄や値段にして、〜ああ一億の煙草買い、と終わっていました。
 戦時中は煙草が不足気味だったことによるのでしょうか。

 母はいつも家事をしながら歌を歌っていましたが、
古賀メロディー、ラジオ歌謡(湖畔の宿、黒百合の歌など)そして
これらの軽妙な歌。
 
 ずっと聞いていたから私もみんな覚えてしまい、
今回、煙草のパッケージをみて、「本当にあったんだ!」と
感慨深かった…

 今度母に会ったら、本物を見たと話してみようと思います。

※グッズは割引価格になっていて、チケットホルダーは半額の100円でした。

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 9月1日で渋谷・公園通りでは閉館し、墨田区へ移転すると知って、
久しぶりに訪ねました。

 前回来たときの企画展は「林忠彦写真展」でしたが、
今回は「所蔵品一挙公開」の様相。

 特別展示室は、昭和初期の「たばこ博覧会」を模した、
ちょっとレトロな楽しい雰囲気。
 明治天皇愛用の煙草盆の場所には「脱帽」の表示。
敬意を表するために帽子を脱ぐという…さすがです。

 またこれらの所蔵品は戦前から収集されていたとか、
この博物館が建っているこの地は、日本専売公社の社宅があった場所。
昭和53年の開館当時、渋谷は若者の街として脚光を浴び始めていたようです。

 常設展示は、前回は時間がなくてほとんど見られなかったため、
まず「塩」から観ていきました。

 “製塩方法の歴史”では、塩田から工場への転換の解説に、
木材を組んで棚のようにした「塩田」が。
小学校の頃の教科書にこの写真があったことを覚えていますが、
今思えば、当時はもう工場での製塩が主流となっていたことを初めて知りました。

 また、世界各地の岩塩(結晶)は、水晶の原石のようで、
とってもきれいでした。
 写真は、一袋ずつどうぞ、と書かれた塩を貰って来たものです。
つづく。

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 3年連続やってきた、ヨーロピアン・モード、
今年の特集は「華やかな人々」。
 彼女らが纏ったドレス(もちろん実物)の展示は、
そのひとの“気配”が感じられてドキドキします。

 オードリー・ヘップバーン「ローマの休日」アン王女のローブデコルテ。
モノクロ映画では白かな?と思えましたが、薄いベージュです。

 襟の周りは小さなパールビーズやラインストーンの刺繍、生地には地模様。
この模様や刺繍は五弁の花びら…桜か撫子のイメージで
意外にも和風な感じがします。

 彼女は他に「麗しのサブリナ」での紺色のエプロン、
「シャレード」の赤いノーカラージャケットのスーツもありました
 
 他にはダイアナ妃、越路吹雪、ロマノフ王朝の貴婦人、ウインザー家のドレスや子供服。
更にアメリカの大企業社長夫人等の豪奢な衣装等、計16点。

 越路吹雪さんのステージ衣装も、ライトに当たったときの
発色まで計算されていたのでしょうか、舞台写真と並べてあると、
実物はかなり色味が押さえてある感じでした。

 貴族の子供服は、当時のビスクドールを思い出させる
愛らしい綿のワンピースでした。

 そして年代を追って展示する「ヨーロピアン・モード」は、
毎年趣向を凝らしてあるので、楽しめました。

 中でもアールヌーボーの時代、手編みの
繊細なアイリッシュレースの白一色のドレスがとっても気に入りました。
 もともと大好きなバッスルスタイル(鹿鳴館時代)も、間近で観られて感激します。

 綺麗なドレス、見るのは大好きなのに、自分の服には無頓着…。
多分、観ただけで気が済んでしまうのかもしれません。

※チラシは1840年代のドレスですが、金の刺繍はまばゆいほどの輝きでした。

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 実は…NHKの番組は見ていないのですが、
新島八重という女性にはとても興味があったので(招待券もあったし)、
都内に用事があった休日に、立ち寄ってみました。

 会津藩は保科正之の家訓(かきん)「什の教え」を守る、というところで
既に「天地明察」で保科を演じた松本幸四郎さんが思い浮かび、
戊辰戦争で会津藩が消滅、
「斗南藩」ができても寒冷地のために困窮した、
というところでは大昔に見た「獅子の時代」の
大竹しのぶさんが脳裏をよぎり…。

 新島八重の夫、新島襄は同志社大学を設立したのだから
京都の人かと思っていたら、生まれが群馬県と初めて知りました。

 八重の兄覚馬が京都府の顧問に就任したことが、
彼女が京都に住むきっかけとなり、
襄との出会い〜結婚へと結びつきます。

 勇敢で聡明な八重のことを襄は“ハンサムウーマン”と形容していますが、
襄は惜しいことに49歳の若さで病没、
その後の八重は日本赤十字社の仕事を精力的にこなし、
看護婦の地位向上に努め、
さらに「茶道」も究めながら87歳まで長らえました。

 展示の中の「鶴ヶ城古写真」は、崩れかかった屋根や砲弾の跡が生々しく写っていて、
この中を戦い抜いた八重の気丈さに、改めて感服。

 また、京都の新島夫妻の旧居(1878)は現存し、
当時のままの家具の展示で再現された応接間に見入りました。
 籐の椅子、壁には漢字の聖書(漢文に見える)が掛り、
清潔感溢れる佇まいでした。

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 3月21日にオープンした『KITTE』がある、東京中央郵便局をリニューアルしたJPタワー内に、
いつの間にか「博物館」が出来ていました。

 正式には、「日本郵便+東京大学総合博物館・JPタワー学術文化総合ミュージアム
『インターメディアテク』」です。

 展示室にはいると「骨!」…肝を冷やしました。骨格標本がいっぱい。
1つ1つ解説付きで整然と並ぶ普通の博物館よりも密度が濃く、
すべてに解説があるわけではないようです。

 “骨の大群は”夢に出そうで、ここはざっと流して…機械の展示、
東京大学の偉い先生(小金井良精)の石膏像とか、
幾何の勉強に使う模型(戦前のもの)などなど。

 宇宙の写真を絵画に見立てたもの、そして山階鳥類研究所所蔵の
夥しい鳥の剥製は迫力満点。

 いろいろな意味で新しい博物館!と、楽しみながら見てきました。
 
 実は一番よく見たのは“展示戸棚”だったりしますが…「昭和9年」と記された備品ラベルなども
興味を引きました。
 ちゃんとここで現役として使われて良かったね、と勝手に喜んでいました。

 映像を観る“レクチャースペース”には、階段教室のような机と木製の椅子があり、
“大学の刻印”がされていたから、東大で使用されていたものでしょう。
 今度上演中に行ったら、座って観たいと思います。 

 ちょっと時間をとって立ち寄ってみましたが、斬新な感じだったし、
入場無料なこともあり、折に触れ行ってみたくなりました。

 写真は、JPタワーの吹き抜けに飾られた「想い桜」です。

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