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「解体新書」(ターヘル・アナトミア)の本物が 見てみたい、と思って行ってきました。 「東洋文庫」の新装なって1年の新しい建物と展示室は、 先日のレトロな「永青文庫」とは対照的。 しかし、まず圧倒されたのは「モリソン書庫」という、 天井近くまで何層にも本棚がある展示室。 まさにミュージカル「美女と野獣」の舞台セットそのままでした。 展示物=明治期に岩崎久彌が英国人モリソン博士から購入した洋書たち24,000冊、 今の価値で70億円!さすが岩崎さん、太っ腹です。 何冊かは開いて書庫の所々のガラスケースに展示されていますが、 18世紀のものでも色鮮やか。 「アヘン戦争」の絵や「解体新書」は確かに教科書のまま。 両方とも思ったより少し小さめでした。 ほかにはアダム・スミスの「国富論」初版本やロビンソンクルーソー漂流記(1719)、 13世紀のコーランなど。 国宝の「文選集注」という巻物は、中国の古典の名文を選り選ったものと言うことで、 日本にも多大な影響を与えたもの…らしい。 川口慧海の書き込みがある「お経」もありました。肉筆を見ると、ドキドキします。 訪れたのが夕方からだったので、見学後、併設の「オリエントカフェ」では
キャンドルの光が揺れる中、小岩井農場のチーズを使ったケーキと 珈琲をゆったりと堪能。 たまには、こんな時間もよいものです。 |
博物館
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とにかく…被災状況の写真がリアルで直視できない。 気分が悪くなりそうになったので、写真は通過して 復興時期の資料をつぶさに見ていきました。 焼け野原になってしまった下町地区には大通りを整備、 まだ火事が収まりきっていない9月2日にはもう 復興院の構想が練られ、復興住宅(同潤会アパート)、鉄筋造りの「復興小学校」、 浅草松屋、御徒町の松坂屋デパートなどは、同じ時期に竣工しました。 昭和5年(1930)には「帝都復興祭」が行われた、とありますが、 それから僅か15年でまた空襲に見舞われるなんて、 そのころは想像もしなかったことでしょう。 そして今年、東京駅が1914年の姿に復元され、竣工から1945年までの 31年間の姿に戻りました。 1945年に消失してから、八角形の屋根だった時期の方がずっと長いなんて… (約65年)ちょっと不思議です。 直視できない写真はスルーしながら、もう大災害で多くの命が失われることが無いように、 心から祈ってしまいました。 ※「都市緑化フェア」開催中で、上野公園の真ん中に、稲穂が実っていました。
向こう側に見える屋根は、スターバックスです。 |
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旧居をそのまま記念館にした、静かな佇まい。 一段高くなった「客間」には不動妙王が安置されていました。 他の部屋には掛け軸や曼陀羅が床の間に配され、 展示ケースには大観のスケッチ帳。鉛筆でさらさらと描かれた富士山や樹木は、 思わず唸ってしまうくらいの達筆。 鶴を描いたものもありましたが、線が美しかった。 圧巻は2階の屏風の習作。あくまで習作といいながら、 その迫力は美術館ではなく、10畳の部屋に続く8畳ほどの部屋に広げられているので、 密度の濃い空間となっていました。 2階が「日常の制作」の部屋ということ。 ここに大観が居た…そう思うと不思議な“気配”を感じます。 座って窓の外を眺めると、樹木越しに不忍池が見えて、きっと大観も こうして水面を眺めて安らいでいたのかと想像していました。 また1階に戻り、廊下越しに中庭を眺めていたら、記念館の方に声をかけていただき、 それからは、この建物の設計も大観が行ったこと、数寄屋づくりのこと、 絵を描くには絵筆や和紙の職人とも知り合い、 感謝を忘れない、大観の人柄についても語っていただきました。 話は弾み、私もとても心和む時間を持つことができました。 静かで暖かな記念館、中庭の風景が変わる四季折々に訪ねてみたくなりました。 *飾られていた屏風は「柿紅葉」(習作)です。
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いつも通り「日本美術の流れ」というパンフを観ながら、時代を追って巡ります。 まず火焔土器や壷。台付壷(熱田貝塚出土)はパレススタイルという ギリシャのものに似ている形です。どこで繋がっていたのでしょう…。 国宝室は「医心方・巻三十・証類部」これは書かれている中身が当時の医学書ということで貴重品。 ほかにこの日に観られた国宝は太刀とその鞘。 重い銀色に光る太刀は、えも言われぬ気品が漂います。 柄が白鮫の皮で覆われた鞘も繊細な細工、明治天皇への献上品でした。 重文はたくさん。 浄瑠璃寺地蔵菩薩、李白観瀑図、山水図屏風(雲国等顔筆)、東北院職人歌合絵巻など。 順に観てきて、展示19室「近代工芸」の部屋にある瑠璃色の美しい鉢などを観ていたら、 ここでこの名前…増田三男先生!(=人間国宝・兄の高校で工芸の教鞭を取っていた) あのかわいい鹿が走る絵柄の壷「野分」と再会。 なんだかとっても嬉しかった。 あまりにもたくさんの展示があるこの博物館。
高円宮様の根付けコレクションも展示替えされて嬉しかったし、 初めて見られた「貴賓室」(写真)にも感激、 やっぱり博物館は楽しいと、大満足でした。 |
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展示替えを楽しみに、この企画展2度目の見学。 期待通り、前回はなかった「ハムレット」のオフィーリアの衣裳(写真左)を観ることが出来ました。 日生劇場(1984・2)での役は、太地喜和子。 四季のハムレットでは薄手のコットン(ボイル)やシフォンのイメージでしたが、 会場係の方に伺ったところ、素材はシルクジャージーでは?と言うことです。 確かに粒々の光沢がありました。 役柄から、わざとレースが部分的に解(ほつ)れさせてあり、 胸元もアシンメトリーにパールがあしらわれています。 植田さん独特のキモノスリーブのような袖口も素敵。 他には「マクベス」1976のマクベス夫人の紫やグレーのビロード素材のものと、 「オセロー」1977のデズデモーナ、これもグレーでともに坂東玉三郎着用。 「サド侯爵夫人」1974は展示替えがあって、 アンヌのケープ付きドレスのシルクシャンタンの優美な光沢、 年輩のモントルイユ夫人の茶色の衣裳の縁は、襞がグログランリボンを丹念に畳んだもの、 そしてヒロイン・ルネのワインカラーにバラの刺繍の布を組み合わせた華やかなドレス。 肘から下が膨らんだ袖にバラが織り込まれて、このうえない美しさでした。 前回も観た「ハムレット」の白いシャツも、コットンかと思っていたら、 多分縮緬(絹)だろうと伺いました。 しっかりしたシルエットを保ち、舞台で陰影がでて見栄えがする、ということです。 植田さんオリジナルのドレスは、レースに白石(パールに見えます)がちりばめられた、 ベージュのチュニックに肩から薄い布を斜めに纏った、と〜っても素敵な作品。 「これ着たい!」と私が思うのは10年に1回くらいですが、 このドレスはその「超ストライク!」でした。 いくら観ても飽きることのない「舞台衣裳」、
こうした趣向の展示がもっとあればいいなあ、と思います。 |





