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銀座のメゾンエルメスに開館時間ぴったりに入場したのは私1人、 そのとき、まだ展示している作品を描き足している人の姿が…。 その後、デジカメを片手に現れたとき、ちらっと顔が見えましたが、 会場係の方にうかがったところ、ええ、本人ですよ、ということ。 それは「山口晃さん」でした。話しかけては申し訳ないと、 そのときは固まってしまいましたが、描いている姿が見られたのは幸運でした。 昨日の記事にした、「東京リミックス」での出来事です。 また別の日には、電源開発ビルに立ち寄って「荘川桜」の展示を見て いすに座ってアンケートを書いていたら、“こんにちは〜”と顔を覗き込まれ… どうやら私とお知り合いを人違いされた様子。展示写真を撮影した前川彰一先生でした。 それを機に、せっかくだからと、写真のことをいろいろ伺い、 荘川桜の撮影には10日間泊まりがけ、毎晩車中泊で旅館には2回しか寝に帰らないなど、 ご苦労がしのばれました。 DMの桜の写真は色合いが絶妙で、撮影した時間を伺ったところ、 日没のほんの少し前ということ。かすかに残る昼間の光と、夜の帳(とばり)が混じりあう “マジックアワー”、ということでしょうか。 優しい笑顔で気さくにお話していただいた写真家・前川彰一さん、 ファンになってしまいました。 “写真を撮るのは楽しいですよ”と、前川先生から自分で撮影することを薦められて、 いつかは撮る趣味もふえることがあるかな?と前向きに考えることにしました。 (会場でいただいた絵葉書=サイン入り) こんな素敵な偶然もあるから、ギャラリー巡りはやめられません。
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写真
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「荘川桜」の名前は、以前から知っていましたが、 今回は前川彰一氏撮影の“桜”を写した写真展に足を運びました。 岐阜県にある御母衣(みぼろ)ダム。 このダムの底に沈むことになった村にあった、1960年当時樹齢400年の桜の古木を 大がかりな移植工事で湖畔に移し、見事に蘇ったというもの。 荘川桜の移植成功に触発されて、名古屋〜金沢間に桜を植え続けた 旧国鉄バスの車掌・佐藤良ニさんを描いた本「さくら道」や映画「さくら」で、 この荘川桜を知ったのですが、今回、展示にあわせて上映されていたVTRで、 ダム建設についての事も知ることができました。 戦後の経済成長に欠かせない電力の増強をはかるために この地に計画された御母衣ダムでしたが、強硬な反対運動と交渉の推移が、 当時の総裁(高碕達之助氏)の人柄とともに紹介され、感動的でした。 また、高碕総裁の英断で桜2本の移植が行われ、大きな樹木を運ぶ大型重機は、 ダム建設で使用したものを転用、現在に至るまで、桜の管理は 電源開発が続けているそうです。 ★余談ですが、桜の移植をした電源開発初代総裁・高碕達之助氏は、
大正6年に「東洋製罐」を創業しています。 この会社の“東京工場の跡地”は、現在新築の本社ビルが建っていますが、 工場が立ち退いた後の数年、「五反田キャッツシアター」があった場所でした。 いろいろな事が繋がっている…不思議な縁だな、と思います。 |
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gggに比べて、とてもこぢんまりとしたギャラリーには、 オペラ座(ガルニエ宮)を含め、5つの美しい劇場の写真が それぞれ数点、計20点ほど展示されています。 舞台や俳優、観客の姿はなく、あくまでも建物と内装を写したものでした。 古い順に(竣工年) ・ヴェルサイユ宮殿ルイ15世歌劇場(1770) ・ボルドー大劇場(1780) ・テアトル・デ・ヴァリエテ(1807) ・オペラ座(ガルニエ宮)(1876) ・オペラ・コミック(1894) 白と黒の市松模様の床にフェルメールを思い出し、 オペラ・コミックは「椿姫」の舞台ということで、あの オペラの曲(乾杯の歌など)が頭の中を駆け巡り…部屋に1人での鑑賞だったため、 思う存分空想に浸ることができました。 木之下晃氏といえば、マリア・カラスを始め、音楽家の写真家として有名で、 昨年、東京文化会館で見た写真展もとてもよかった… 展示室においてあった石を手にした音楽家の写真集「石を聞く肖像」も くまなく見て、たっぷり味わってきました。 1964年、時の文化相アンドレ・マルローが書かせたという
オペラ座のシャガールの天井画も、いつか見に行きたいものです。 展示は28日まで。 |




