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イジスという名前は初めて聞きましたが、リトアニア生まれの写真家で、 |
写真
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ルーマニアのマラムレシュ地方の民家の内装と、そこに住まう人たち。 ひたすらそれだけの写真たちなのに、色鮮やかな個性ある家たちが、 「絵画のよう」だと思いながら1つ1つ眺めていきました。 ゴブラン織りの聖書の場面のタペストリーや、 クロスステッチの柄のような布を壁にピンナップするなど、独特な飾り方。 天井や壁が鮮やかなコバルトブルーなのは 青は天国の色だから…とか。 ただ何気ない日常を撮っても、“芸術的”に見えるのは、 カメラマンの視点の良さもあるし、この“色合い”が独特なことも大きいと思います。 作者は“色彩と発色”にこだわって、コート紙に下地を塗って、 インクジェットプリントで写真を仕上げたと、説明がありました。 いかにも「異国」という感じの部屋。日本人には、部屋の内装は モノトーンや中間色というイメージですが、鮮やかな色に溢れたこんな家で育だったら… どんなセンス、性格に育つのか、若しくは色は関係ないのか?興味があります。 そう簡単に、結論は出せないとは思いますが…。 |
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中国の成人式の儀式を2人のカメラマンが撮った写真展。 |
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六本木・富士フィルムスクエアの一角にある場所で、 建物ごとの博物館ではありませんが、 貴重な写真が見られるという意味ではやはり「博物館」と言えるのかもしれません。 以前、ユージン・スミスの展示を見ましたが、 今回はマグナムフォト創立メンバー、キャパ・ブレッソン・ロジャー・シーモアの 4人の作品。 見たことがある…という有名な作品がいくつも含まれていました。 写真家が命がけで撮った写真が、報道するときに適当にトリミングされたり キャプションが不適切、ということを憂慮した彼らが 1947年に立ち上げた写真集団「マグナムフォト」。 アンリ・カルティエ=ブレッソン「もちろんネガは我々のものだ。 なにしろ我々の眼球の表面みたいなものだから」 デビット・シーモア「マグナムは、存在そのものが奇蹟である。 そして奇蹟を起こすには、揺るぎない信念が不可欠である」 こうした彼らの言葉から、今日まで続くマグナムフォトの基礎を この4人がしっかりと築いたことがわかります。 ※パンフの写真はデビット・シーモア、ギリシャ(1951)
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六本木に所用があると必ず立ち寄る「ここ」。 この日はさらに大好きな題材の展示とあって、丁寧に観てきました。 副題は「写真家たちが捉えた復興と発展」です。 写真をよく見るようになった頃図書館で借りた「昭和の風景」(東京都写真美術館編) という本に載っていた記憶のあるもの…(表紙は田沼武能)は、数点。 ノエビアのギャラリーで観た濱谷浩(モダン東京)、 たばこと塩の博物館で見た林忠彦(紫煙と文士たち)、 手持ちの本「腕白小僧がいた」(文庫)の土門拳、写真集「都市の記憶」で観た園部澄、 スナップショットの名手木村伊衛兵ほか、長野重一、熊切圭介の計8名の作品が 密度濃く並んでいました。 「昭和」と一口に言っても、戦前〜戦中〜戦後〜高度成長〜と、 いくつかに分かれます。 憧れにも近い戦前のモダンな東京、悲しい戦後の情景、高度成長の力強さ、 ほんの少し記憶が残るオイルショックの直前まで。 昭和は64年間という時間の長さ以上に、激動の時代だったのでしょう。 会場には懐かしそうに見入る人、連れに解説をする人、 そして若い人も、外国の人もたくさん居ました。 写真が語る時代の姿は、あらゆる世代に何か
「伝えるもの」があるようです。 |





