月まで跳んで行け実録!パワライザーPOWERISER奮戦記

〜インド放浪のあと〜深夜特急的な旅ブログ!空まで跳んで行くジャンピングシューズ!や震災のこと。

10年目の深夜特急的旅06-07

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深夜特急’96から10年。バックパッカーの紀行文です。行く先々で深夜特急を追い求めることとなった旅。写真などなど。

'06年、念願の独り旅へ。香港、タイ、インドを巡り、予想通りリアルな旅への想いが抑え切れなくなる。そして’07年、バリ島、シンガポール、タイ、カンボジア、マレーシア、バングラデシュ、ネパール、インドの5ヶ月に及ぶ放浪の旅へ。

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昨年、バックパックを背負って旅した時の宿データです。
この旅には、PCを持ち込んで移動予定日(先)や予算作成、出納管理を記帳していました。
飛行機の便だけ決まっていて、それまで、あっちに行こうこっちに行こうかなってスケジュールを組んでは消して、実績を書き込んで、費用の集計したり、旅の家計簿的なものを作って管理していました。
しかし、旅の途中でPCが壊れ全く以って起動する気配なし。そうなるとバックパックに詰め込んだままの重りに過ぎず、捨てるわけにもいかず、最後まで眠ったままでした。

その中から、私が宿泊した、ホテル・ゲストハウス・ロスメン・ロッジなどのデータです。
コーチンでは、ホームステイしたっけ。ブッダガヤでお寺の勤行に参加することで泊まれる施設(宿坊)も試みたけどそれは今回実現しませんでした。部屋は、シングルルームだったりドミトリーだったり雑魚寝と色々です。
(宿名は、アルファベットやカタカナ表記で一貫性がないかも。略してたりするので正式名称とも言い切れません。)

1 クタ MASA INN
2 クタ MASA INN
3 クタ MASA INN
4 ウブド WARSA'S
5 ウブド WARSA'S
6 ウブド WARSA'S
7 ロビーナ SUMA HOTEL
8 ロビーナ SUMA HOTEL
9 ロビーナ SUMA HOTEL
10 ロビーナ SUMA HOTEL
11 トヤブンカ ARLINA'S BUNGALOW'S
12 ウブド WARSA'S
13 ウブド WARSA'S
14 クタ AP INN
15 クタ AP INN
16 クタ アクエリアス
17 クタ RAMAYANA
18 クタ RAMAYANA
19 クタ RAMAYANA
20 シンガポール NEW 7th Storey HOTEL
21 シンガポール NEW 7th Storey HOTEL
22 シンガポール NEW 7th Storey HOTEL
23 バンコク NANA PLAZA
24 バンコク NANA PLAZA
25 バンコク NANA PLAZA
26 バンコク NANA PLAZA
27 バンコク NANA PLAZA
28 バス宿泊
29 チェンマイ 山中宿泊
30 チェンマイ 山中宿泊
31 チェンマイ ナムコーン
32 バス宿泊
33 バンコク NANA PLAZA
34 シェムリアップ 13thVilla
35 シェムリアップ 13thVilla
36 シェムリアップ 13thVilla
37 シェムリアップ 13thVilla
38 バンコク NANA PLAZA
39 バンコク NANA PLAZA
40 バス宿泊
41 ペナン アーベンゲストハウス
42 ペナン アーベンゲストハウス
43 ペナン アーベンゲストハウス
44 スラタニー BADON HOTEL
45 パンガン ANNA
46 パンガン ANNA
47 サムイ パパジョー
48 サムイ パパジョー
49 プーケット OnOn
50 プーケット インペリアルホテル
51 プーケット OnOn
52 ピーピー BANTHAI
53 ピーピー BANTHAI
54 バス宿泊
55 バンコク NANA PLAZA
56 ダッカ ZAKARIA INTERNATIONAL
57 カトマンズ ホーリーランドゲストハウス
58 カトマンズ ホーリーランドゲストハウス
59 ナガルコット チベットホーム
60 ナガルコット チベットホーム
61 ナガルコット チベットホーム
62 バクタプル ユニークゲストハウス
63 カトマンズ ホーリーランドゲストハウス
64 ポカラ ペンギンゲストハウス
65 ルンピニ ルンビニ・ビレッジ・ロッジ
66 ルンピニ ルンビニ・ビレッジ・ロッジ
67 ベナレス フレンズゲストハウス
68 ベナレス フレンズゲストハウス
69 ベナレス フレンズゲストハウス
70 ブッダガヤ RAHUL BUDDHA GH
71 ブッダガヤ アラパリゲストハウス
72 ブッダガヤ アラパリゲストハウス
73 デリー PAYAL
74 デリー PAYAL
75 Hardwar Hotel OSHO
76 Hardwar Hotel OSHO
77 リシュケーシ スイスコテージ
78 リシュケーシ LUCK HOTEL
79 デリー アヌープ
80 デリー アヌープ
81 デリー アヌープ
82 デリー アヌープ
83 ジャイプール PINK SUN
84 ジャイプール PINK SUN
85 列車内泊
86 ムンバイ THE SALVATION ARMY
87 ムンバイ THE SALVATION ARMY
88 ムンバイ THE SALVATION ARMY
89 アウランガーバード PUSHPAK LOGE
90 アウランガーバード PUSHPAK LOGE
91 アウランガーバード PUSHPAK LOGE
92 ムンバイ SHIP
93 ゴア ROMALD
94 ゴア ROMALD
95 ゴア ROMALD
96 ゴア ROMALD
97 ゴア ROMALD
98 ゴア ROMALD
99 バス宿泊
100 バンガロール INN BRIGADE'S
101 マイソール SUDARSAN LOGE
102 バス宿泊
103 コーチン ホームステイ
104 クイロン SUDARSAN
105 トリヴァンドラム GREENLAND LODGING
106 コヴァーラムビーチ SUNSET
107 コヴァーラムビーチ SUNSET
108 コヴァーラムビーチ SUNSET
109 カニャークマリ NRS LODGE
110 カニャークマリ バス宿泊
111 チェンナイ SRI RAM NALLAMANI
112 列車内泊
113 ブバネーシュワル BHUBANESWAR HOTEL
114 プリー サンタナ
115 プリー サンタナ
116 プリー サンタナ
117 プリー サンタナ
118 列車内泊
119 ダージリン KOKOMHENDO
120 ダージリン KOKOMHENDO
121 ダージリン KOKOMHENDO
122 列車内泊
123 コルカタ PARAGON
124 コルカタ PARAGON
125 コルカタ PARAGON
126 コルカタ PARAGON
127 バンコク NANA PLAZA
128 バス宿泊
129 チェンマイ 山中宿泊
130 チェンマイ 山中宿泊
131 バス宿泊
132 バンコク NANA PLAZA
133 飛行機泊
134 成田 ←
135

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ネパール・バクタプルにて。

ネワリと呼ばれるお祭りに飛び込み参加!
お米!?で出来たビールを頂いたりして、この後、家に招かれ食事も頂くことに。
なかなか無い経験をさせてもらいました。


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気が付くと、このブログ、月に関する話しばかりになっている。
ブログの名前に然り、記事に然り、月に魅せられているようだ。

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ピピ島(タイ)の宿、バンタイゲストハウスでの宴にて。

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ダージリンに行くと決めて列車の予約をしにプリー駅に併設する予約センターに行った。
その時にインドを離れる日までを縦に書き出し、改めてスケジュールを組んだ。

普段ならば、行きの列車の切符の手配のみで、帰りの切符など予約しない。
なぜならば、その街をいつ離れるか自分自身で判らないから。
気に入った街には、満足するだけいる。
何かがココロの中で、呟けば次の地へ、足を向ける旅のスタイルだった。
それが、ここでは、コルカタへの帰りの切符の手配も行きの列車の予約時に同時に行った。
旅の終わりが近かったのだ。

コルカタに戻ってきたのは、日曜日の朝だった。
日曜日の夕方から日本人シスターによるお話がマザーハウスである。

私は、無宗教である。

興味が無いというと嘘になる。逆に『神とは、なんぞや』っという疑問をいつも抱いてきたような気がする。
無宗教といいつつ、神を求め続けているのかも知れない。

『神とは、なんぞや』

前にも書いたが、教会があれば教会で、日本寺があれば日本寺で、ヒンズー寺院があれば、ヒンズー寺院でお祈りをする。
宗教という一つの形を選択せずとも、本質は、同じであるとも感じている。
皆より良く生きようとしている。目指すは、争いのない世界だし、山の頂をどのルートで登ろうかといった、コースに宗教は、言い換えることが出来るのではないか。

この日、夕方にマザーハウスの日本人シスターのお話を聞きに行こうと考えていた。
そして、その前の時間を使ってコルカタのスラム街に面した、仏教寺院である日本山妙法寺に行っていた。
日本にいる時は、自分が、こうも教会に行ったり、お寺に行ったりするなど、思いもしなかった。

宗教とは、そんな距離感だ。

今も。

これまで同様に手を合わせ写真に収めて帰るだけの気持ちで行ったが、お寺の住職と話をする機会に恵まれた。
ときは、過ぎ、夕方のマザーハウスへは、間に合わない時間となっていた。

翌、月曜日。
マザーハウスでは、月・水・金とボランティア希望者への説明会が行われている。
私の組んだスケジュールによれば、月曜の説明会に参加し、翌日1日ではあるが、奉仕に参加できるはずであった。
歩いて目指したものの途中で道に迷い、そろそろ時間が近づいてきた。
どうかとも思ったが、リキシャ(人力車)を拾ってマザーハウスを目指してもらう。

中に入ると、マザーの眠る部屋で数人が、静かに時間を待っていた。
時間がきて、一同別部屋に行くと、多くのボランティア希望者が既に座っている。
ホントに色んな国々のひとが集まっている。
年代層は、若い。

日本人は、日本人の輪として6人集まらされ、多くのひとと区別されている。
なぜに日本人は、他の西洋人らと分離されているのか。
それは、これまでの経験なのであろう。
日本人という民族が、皆、英語が達者でないことにあるようだ。
私もそのうちに一人だ。

日本人のボランティアとも思える青年による日本語の説明を聞いた。
この説明が終わった時に自分が行きたい施設をシスターの前で答えるそうだ。
インドに入って2ヵ月経った今ですら、相変わらず、どの施設が自分にとっていいだろうか。
いやっ、自分にとってでなく、どの施設が自分に何かが出来るのだろうかとと考えていた。
説明を聞くと、変な話しであるが、人気の施設、人気の無い施設というものがあるそうだ。

私は、シスターに呼ばれて、前のイスに座った時でさえも、希望をどこの施設にしようかと決め兼ねていた。
自分がひとの役に立てることができるところ。
この私が誰かの役にたつことなどできるのだろうか。

私の口は、シスターの問いに対し『死を待つ人のホーム』と告げていた。

翌、火曜日。
説明会で知り合いになった日本人二人と共に、午後の奉仕へ地下鉄を使って向った。
時間前であったので、隣にあるカーリー寺院に立ち寄ってから行った。
約束の時間ちょっと前に、入り口のところに居ると、同じボランティアと思われる西洋人がやってきた。
その彼らのあとに続くように、中に入る。

すると、入り口と思われた、外から視界を防ぐ壁1枚の向こうは、もう病室であった。
ベッドがづらりと並んでいる。
ベッド一つ一つには、ひとが横たわっている。

ここは、『死を待つ人のホーム』なのだ。

右も左もわからない。
荷物を置き、エプロンに着替える。
男性50人、女性50人の施設だ。
マザーテレサが、道端で死んで行く行き倒れの貧しい人々を救いたいと開設した施設である。
ここでは、半分の人が亡くなってゆくと、改めて見たマザーの記録映画の中では言っていた。
そんなことも、この日の私の頭には、無かった。

奉仕。
何をどうすれば良いのか、何もわからない。
慣れた手付きで、こなしてゆく年配の日本人男性の指示にただ従う他無かった。

そこでは、ベッドに横たわる彼らに対し、水を配り、ご飯を配膳したりした。
ご飯というのは、プレートに乗ったフィッシュカレーに食パンだった。

食べさせ方すら、判らない。

小さい骨は、一つ一つ取ってあげるように。
食パンは、食べやすいように小さく千切って、カレーに乗せてあげると食べやすい。
食べ終わったら、水を飲ませて上げる様に。

との説明は、受けたが、介護という介護を私は、した事もない。
どこまで小さな骨を見分ければよいのか。
ここでは、ヒト対ひとである。
相手は、ひとであってロボットとは違うのだ。

右も左もわからない。
彼らにも、宗教というものがある。
食パンは、右手だけで千切らなくてはいけないのか?
彼らの目の前で両手で千切っていいのか?
そういった疑問をひとつひとつ確認せねば、行動にすら起こせない。
何もわからないのだ。

ベッドに横たわって寝ているのか、苦しんでいるのかわからない人を起こして、食事となった。
彼の様子を見ながら、死を待つ人の口元に1杯のスプーンを運ぶ。
その人が、死を待つ人であるなどと頭で思えなかった。
見渡せば、元気そうな人もいる。寝たきりのひともいる。

担当となった人の食事が済むと裏方に回り、皿洗いだ。
皿洗いならば、できる。
金たらいがあって、順番に皿を水にくぐらせてゆく。
私のタライは、わずかの洗剤で泡立っており、それを先ほどの食パンのビニールの包装を丸めたようなもので、コップ、プレートを洗って次の濯ぎに回す役だった。
スポンジなど無い。スポンジ代わりは、あくまで食パンのビニールの包装を丸めたようなものなのだ。

その後は、薬の配給。
シスターがひとりひとり毎に薬を調合する。
それを持ち寄って薬を飲んでもらう。

途中で雨が降ってきた。洗濯ものを宿のテラスに干してきていたが、もうどうでも良かった。

一通りのことが終わって時間となった。
ボランティアに参加した人は、最後に2階に上って、チャイとビスケットを頂いて帰るのが慣わしだという。
名も知らず、国籍も関係なく、奉仕に参加したもの同士、雨上がりの夕日を見ながら、静かに時を過ごす。
冷たい水を立続けに3杯飲み干した。

なにかが、いつもと違って見えた。

私が感じたこと。
無知で、右も左もわからずに、立ち尽くすしかなかったのが殆どだったのが現実である。
私は、なにか役に立てたのか?
無力に感じる。
それもたった1日。
いや、数時間。
私の行為は、ホントに善意によるものだったのか?
コルカタのマザーテレサの施設だったから、奉仕に参加したのか?
そうなのか?そうじゃないのか?
それは、偽善ではないのか。善意なのか?

下記は、マザーのことばである。

※『神に対する私達の愛は、どれだけの仕事をするかではなく、大切なのは、その心です。』

※『その仕事を通じて、貧しい人に与えるよりも、むしろその人々から与えられるほうが多いのです。
大勢の人々が、最も貧しい人に仕える私達を手伝いにやって来ます。
その人々は、レプラで死にかけている人と接することで、まえより豊かな人間になって帰っていきます。
(省略)貧しい人との出会いによって、自分たちが豊かにされたことを悟るのです。』

※『日本の皆さん、
ここに苦しんでいる人がいることを知ってください。
その方の痛みをを思い出してください。
それは、決して大げさな事ではないのです。
あなたの周りにもあなたの愛を待ち望んでいる人がいるはずです。
どうぞ、その方に手を貸して上げてください。
これが私のお願いです。』

このことばに救われたような気がする。
どれだけ奉仕に日数を費やしたかではなく、大事なのはココロなのである。
また、コルカタの施設は、ボランティアで溢れているが、ヴァラナシの施設は、人が足りないとも聞く。
日本もそうだ。
私も、日本でも何かしらの気持ちを再度持たなければ、やはり偽善となってしまう気がする。

日本でも、世界でも、私を待ち望んでいる人が、どこかにいるはずである。
すべては、ココロの有り様だ。


その日が、私にとって大きな1日となり、私もまえより豊かな人間となって帰ってこれたことは間違いない。
私にも、何かが芽生えたのだろう。

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