|
おはようございます
昨日に引き続き、今日もまた、自己紹介記事を(爆)
本日は第2弾として、転勤の記録をアップして行こうと思います
転勤族の主婦となって、15年目。。。
いや〜〜〜本当に、いろんなところに行かされました
大都会から、ド田舎まで(爆)
極端ですからねぇ〜〜〜日本全国、どこでも転勤の可能性がありますから…
同じ転勤族でも、県庁所在地しか行かないとか、主要都市にしか行かないとか。。。
そういう方もいらっしゃいますからね。
逆に、海外に行く…って方も、いらっしゃいますけど
さすがに15年目ともなりますと、自他ともに認める転勤のベテラン(爆)
動じなくなりましたねぇ〜〜〜(*≧m≦*)ププッ
人間、本当に強くなるもんだと、改めて思います。
「NAOって、何処に行っても楽しそうに暮らしているなぁ〜」とか、「転勤を謳歌してるなぁ〜」とか。。。
皆様に、そう思って頂けるのは、とっても嬉しいことです
だけど、最初から、転勤を楽しんでいた訳では、ないんですよ。
時間の経過と共に、だんだんと、楽しめるようになったと言いますか…
安心して下さいね。 (個人差は、あると思いますが…)
なお、ご興味ある方は、「転勤&引っ越し」の書庫も、ご覧下さい。。。
結婚して、まず最初に暮らしていたのが、ここ世田谷区です。
結婚が決まった1995年秋頃から、まず、ダンナが1人で引っ越しして、住んでました。
遠距離恋愛が終わって、やっと結婚出来て、幸せな新婚生活
現実は、そう甘くなく。。。
私を待っていたのは、猛烈なホームシック
知ってる人は、ダンナしかいない…何処に行っても、人だらけ…
毎日毎日、泣いて暮らしてました。。。
今だったら、メール
1996年は、まだそこまで普及してないですからねぇ〜〜〜我が家にも、無かったですし
軽い引き籠りっていうのかな
そんな感じになってしまって…
ダンナもね、仕事から疲れて帰って来たら、毎日毎日、私が泣いた顔で出迎えるでしょ
相当、嫌だったと思いますよぉ〜〜〜本当に、申し訳なかったです。
このままだと、人間として、本当にダメになる…と思い、薬剤師として、仕事をすることを決意。
運良く、近くの調剤薬局で、薬剤師を募集してたんです
そこで、仕事をするようになったことが、立ち直るきっかけになりました。
最初は、パート薬剤師として入ったのに、その後は、正社員にして頂いて…
そこの薬局には、3年2ヶ月もお世話になりました。。。素敵な出会いに、感謝しております
私が結婚して、初めて転勤で行った先が、ここでした。。。
住んでた時は、相楽(そうらく)郡木津町って言ってたんですよぉ〜〜そう、「郡」です(爆)
辞令が出てから、家探し&引っ越しを、3週間以内でやらないと行けない
何をどうやればいいのか、戸惑ってばかりいました。。。
関西は、観光では来たことがありましたが、住むのは、勿論初めて…
期待と不安を抱いて、家探しに行ったことを、昨日のことのように、鮮明に覚えております
ところが、家探しで、真っ先に不動産の方に言われたのは。。。
「他所者が、住んではいけないエリアがあるので、この範囲内で、家を探して下さい。」
もう、ビックリしました
他所者には変わりないけれど、いきなり言われたって事に、ビックリというか、ショックと言うか。。。
関西で、暮らして行けるのか、すっごく不安になりました
でも、引っ越しを終えてからは、そんな不安な気持ちを引きずることなく、毎日毎日、街を探検して…
初めて東京に暮らし始めた時とは、大違いでしょ
この辺りから、転勤を楽しまないと、勿体ない
順調に行ってたハズなのですが、1年近く経過したのち、大ショックなことが起こります。
何と、ダンナが、軽いうつ病になったんです。
会社でのカウンセリングの結果、原因は、関西だとの結論が…
医者相手の仕事ですからねぇ〜〜〜東京出身というだけで、嫌な想いもしたんでしょう。
通院&投薬をして、様子をみることになりました。
完治するには、関西を出るしかない…とのことでしたが、それが転勤の理由にはならなかった
うつの患者さんを、たくさん診て来ましたけど。。。
まさか、自分のダンナがなるとは思ってなかったので、ショックでしたよ
どう接したらいいのか、さすがに悩みました。
でも普通に接することが、1番いいのかな
私の仕事の方は、ダンナの紹介で、ダンナの担当先でもある調剤薬局に、パートとして入ることが出来まして…
そこで、3年10ヶ月お世話になりました。
薬剤師の免許を持っているお陰で、何処でも働ける…ありがたいことですよね
(関西の方、色々書いて、ゴメンなさい。。。そういう偏見を持った方は、ほんの一部だという事は、理解してます。
でも、現実に、そういう方がいるのも事実なんですよねぇ〜〜〜残念なことです。。。)
お次は、山形市へ…
東日本に、戻って来たなぁ〜〜〜と、嬉しかったのを覚えています
今までと比べると、ちょっと田舎にはなったけど。。。
でも、仙台まで1時間で行けるので、不自由さは感じなかったです。
ダンナのうつ病も、山形に来て、約半年ですっかり完治。。。
これは、とっても嬉しかったです
私の仕事も、派遣社員で決まって、何事も、順調に進んでいたのですが…
結局、1年も経たずに、また転勤に〜〜〜
お次は、同じ山形県内の、酒田市
県内移動だったので、結構、ラクでした(爆)
酒田と言えば、やっぱり「おしん」ですよねぇ〜〜〜(*≧m≦*)ププッ
この程度しか、酒田に関する知識がなくて(爆)
行ってビックリ
とっても、とっても田舎なんです。。。もうね、何にもないの
あるのは、荒々しい日本海
お隣の秋田には、
県内の山形市にだって、高速を使っても、1時間半かかる…
しかも、何処へ行くにも、峠を越えないと行けない
自分が、バリバリ運転する人間で、良かったなぁ〜〜〜と、本当に思いましたよ(爆)
酒田に来たお陰で、より行動的になったんじゃないかな
田舎暮らしは大変でしたけど、それはそれで、楽しかったです
引っ越しして、2週間後には、仕事を再開。
ここでも、派遣社員として、フルに仕事をしてました。
何故か、また、山形市に戻ることに(爆)
2回目の山形市…
やっぱりね、多少でも知ってるって、心強いですねぇ〜〜〜
いつもだと、何にも知らないエリアに、飛び込んで行かないとダメなのに、そうじゃないんだもん
そして、県内移動の、何とラクなこと。。。荷出し〜荷入れなんて、すぐだもんね。
改めて、大移動って、何でも時間がかかって大変なんだなぁ〜〜と、思いました。
(ちなみに、山形=大分は、荷物が届くまでに、丸3日かかりました。。。)
おそらく、すぐにまた、転勤になるかもしれないと、ダンナから言われていたので、この時は、仕事を再開せず。
私には珍しく、専業主婦で、ずっといたんですよねぇ〜〜(爆)
そして、今住んでる、大分市です。
いや〜〜〜遠くに来ましたねぇ〜〜〜(*≧m≦*)ププッ
辞令が出た時は、めちゃめちゃビックリしましたよ
通常の転勤扱いではなく、特例だったんです。。。 (部署解散に伴う転勤)
全国で、50名程しか転勤にならず、移動先は、(ダンナの場合は)関西か九州のどちらかになると…
うちのダンナの場合、関西でうつ病になった過去がありますからねぇ〜〜〜
関西を出る時に、「もう2度と、関西に転勤になることはない」って、会社から言われてましたから…
なので、消去法で、九州になったと。。。 (転勤後に、初めて本社から聞かされたらしい・爆)
初めての九州…めちゃめちゃ楽しんでます
転勤がなかったら、おそらく、来ることもなかったでしょうから。。。
1年経たずに、また転勤になる…と言われてましたが、無事に1年経過
でもね、きっと来年、転勤になると思うんです。。。
だから、それまでは、大分ライフ、思いっきり楽しもうと、思っているんですよぉ〜〜〜
文句があるとすれば、札幌への直行便が、ないってことかな
乗り換えをしないとダメだし、帰省代金も、とっても高い。。。
ダンナの実家がある、東京だったら、何処に転勤になっても、帰省するの、ラクなんですけどねぇ〜〜〜
…とまぁ、こんな感じです。
最初は、泣いてばかりいた私も、今じゃ、すっかり転勤を楽しむように。。。
時間の経過って、やっぱり大事だと思います。
次は、何処に行くことになるのか
新しいエリアに馴染むのって、結構エネルギーがいるし、とっても大変なことですけど…
せっかくなら、やっぱり楽しみたい
そう思うようになってからは、転勤を楽しめるようになりました。
同じ境遇の方、転勤は大変ですけれど、頑張りましょうね
私達は、一人じゃない(爆)
全国、いや世界各地には、こんなにたくさんの転勤族がいるんです。。。
転勤のタイプは違えど、みんな同じ転勤族。。。
励ましあって、頑張って行きましょう
これからも、よろしくお願い致します<m(__)m>
ランキングに参加しております
励みになりますので、楽しんで頂けたのなら、ポチ
いつもたくさんの応援、ありがとうございます
|

>
- Yahoo!サービス
>
- Yahoo!ブログ
>
- 練習用


