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病室で日付を跨ぎ、日付は8月8日になった。
私は一晩中母さんの手を握り締め、母さんに小さく声を掛け続けた。
「母さん、A子がここにいるからね。ずーっと傍にいるからね。大丈夫だよ」
母さんの手はまだとても温かかった。
私は片時もその手を離さず、その手から体温が逃げてしまわないように包み続けた。
自動血圧測定器と、時計と、母さんの顔を順番に見つめ続ける・・
時計は深夜12時・・・1時・・・2時・・・とあっという間に濃密な時を刻んでいく。
その間、有難いことに看護婦さんは頻繁に様子を診にきてくれていた。
徐々に体温の下がりつつある両足に、湯たんぽを入れてくれたりもした。
母さんの右目は、相変わらずまだうっすらと開いている。
私が真上から覗くと、ゆっくりと黒目がこちらに動く。
私は父さんがしてあげていたように、ミネラルウォーターで口元を湿らせてあげた。
夫はベッドを挟んで私の向かい側にいた。
小さな丸椅子を2つ並べて、無理な姿勢でウトウトしては、たまに心配そうに血圧計を覗き込む。
私は母さんのおでこをそっとそっと撫で続けた。
かぁさん・・かぁさん・・・
だいすきな・・だいすきな・・わたしのかあさん・・・
かぁさん・・かぁさん・・
だいすきな・・だいすきな・・わたしのかあさん・・・
かぁさんと、お別れするの、わたし、すごく、寂しいな・・・・・・
でも、、、もう、いっていい。もう、いいよ・・・
かぁさん、もうすぐだよ、もうすぐいけるよ・・・
あと、もう少しで、、、、いけるからね・・
かぁさん・・かぁさん・・・
だいすきな・・だいすきな・・わたしのかあさん・・・
かぁさん・・かぁさん・・
だいすきな・・だいすきな・・わたしの・・・・かあさん・・・
「はぁぁぁぁー、ふぅぅぅぅー はぁぁぁぁー、ふぅぅぅぅぅー」
母さんが全身全霊で呼吸をしている。
「はぁーふぅー はぁー、ふぅー はぁぁーふぅー
はぁー ふぅー はぁぁぁー ふぅぅー はぁー ふぅぅぅー
はぁー ふぅぅー はぁぁぁぁー ふぅうぅー はぁー ふぅー」
窓の外がうっすらと白み始めてきた。
そして、午前5時10分 ―――――――――――――
急に、母さんが激しい痙攣を起こした!
全身が抗いようのない暴徒にいきなり襲われたかのようだった。
私はビックリして、声も出なかった。
「・・・・・・・・・・・・・か・・・・・かぁさ・・・・ん!!!!」
母さんの左手は繋いでいた私の手をぎゅーーーーーっと
力の限り固く握ってきた。
カクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカク
カクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカク
カクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカク
「お、お願い、か、、、、、、、看護婦さんを呼んで!」
夫は飛び起きて、ナースセンターに走っていく。
駆けつける看護婦さん、しかし、最早成す術はないようだ。
「父さんに電話をしてくる!」
再び病室を飛び出す夫。
カクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカク
カクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカク
カクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカク・・・・カク・・・カク・・・カク・・・ン・・
とても長い時間に感じた母さんの痙攣は止まった。
スリッパを引きずりながら、眠たそうな顔で現れた当直の「あんちゃん」が
ノンビリとした手つきでペンライトを母さんの瞳孔にかざす。
そして何を言うともなく、またスリッパを引きずりながら戻っていった。
「もう、どうしようもないのよね。痙攣は本当に可愛そうだけれど」
看護婦さんはそう言って目を伏せた。
自動血圧測定器は、誤作動を起こし始め、
何度も何度も機械的に母さんの足首をキリキリと締め付けては、エラー表示を繰り返していた。
看護婦さんは測定器を止め、2人がかりで自動で血圧を測ろうと試みたが
もはや足からも測定は不可能のようだった。
「母さん!母さん!」 私は涙声で母さんを呼び続けた。
父さんは驚くほどあっという間に家から飛んできた。
「おう!ご苦労さん!」 そう私たちに声を掛けると、
枕元に走り寄り、母さんの頭を優しく包み込むように撫でながら言った。
「かぁちゃーん、とうちゃんだよー・
苦しかったかぁ、ごめんなぁ・・・・とうちゃん眠くてさ、
かぁちゃんが苦しんでいる時に、寝てたんだよー、
ゴメンなぁー、かぁちゃん、もう、ずーっとここにいるからなぁ・・・」
はぁー、ふぅー・・・・・・・・・・・・・・はぁー、ふぅー
はぁぁぁぁー、ふぅ・・・・・・・・・・・・・ふぅー
はぁぁぁー・・・・・・・・・ふぅー はぁー ふぅー
はぁぁー ふぅ・・・・
ふぅ・・・
母さんの呼吸が、先ほどの痙攣を境に明らかに弱くなってきた。
たまに口をすぼめ、小さなため息のように吐き出す仕草の度に
呼吸が弱く、弱く、なっていった。
父さんは母さんの傍にぴったりと寄り添って固唾を飲んで見守っていた。
母さんがいよいよ旅立ちの時を迎えているとことを、私たち3人が感じていた。
「K(私の弟)に電話をして」
父さんが言うと、夫がまた立ち上がった。
「おっ・・・・但し、慌てずにゆっくり(横浜から運転して)来いよって言ってな。」
父さんは夫に、そう一言付け加えた。
私はナースセンターに入り、母さんの心電図を見せてもらう。
ピコ・・・ピコ・・・ピコ・・ピコ・・・・・
「こちらが心拍。そしてこちらが呼吸。どっちが先に弱くなっていくかは分からないけれど」
そう看護婦さんは私に説明をする。
「これ、コピーしてもらえませんか?」 弟夫婦にあとから見せたかった。
「いいですよ」 ジ――ッと機械から出てくる長い長い心電図の紙。
母さんの心拍の山脈は、その標高をだんだんと下げていた。
はぁぁー、ふぅぅ・・・・・・・
「母ちゃん、まーだ息するのかぁ、頑張るなぁ!お前は本当に凄いなぁ!!!」
はぁぁ・・・ふぅぅぅぅぅ・・・・
「母ちゃーん、 みんなここにいるぞーい!!!」
は・・・・・・ふぅ・・・・
「母ちゃーーん!」
「母さん!!!!」
は・・・・・・・・・・・・・ふ・・・・・・・・・・・・・・・・
は・・・・・・・・・・・・・ふ・・・・・・・・・・・・・・・・
嗚呼、母さんが旅の仕度をしてる!
私はナースセンターへ再び駆け込み、食い入るように母さんの心電図を見た!
ピコ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ピコ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
殆ど山のなくなった、なだらかな流線型を描く母さんの心拍。
呼吸はごくごく僅かな凹凸がやっと見えるほどになっていた。
母さん!!枕元で呼ぶ私たち3人。
「母ちゃーん」
「母さん」
は・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふ・・・・・・・・・・・・・・
は・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふ・・・・・・・・・・・・・・
呼吸が殆ど出来なくなっても
母さんは、それでも僅かに顎を動かし続けた。
カ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ク・・・・・・・・・
カ・・・・・・・・・・・・・・・・ク・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・カ・・・・・・・・・・・・・・・・・ク・・・・・・・・・・・・・・・
カ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ク・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・ク・・・・・・・・・・・・・ク・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ク・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・
ピ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あぁ・・・・・ 逝ったな・・・」
父さんが ぽつりと呟いた。
静かに母さんの瞼を下に撫でると、今まで開いていた右目も瞑った。
私の時計で 午前5時51分。
母さんは・・・永遠の旅へと、出発していった。
きっと天使のような自由の羽を背中につけて。
軽やかに、鼻歌を歌いながら。
痛みのない世界、苦悩のない世界、
両手を広げて、先に待つおばあちゃんや、お姉さんたちの元へ
嬉々としながら、飛んで行ったことだろう・・
当直のあんちゃんが、眠たそうにスリッパを引きずりながら現れる。
そしてペンライトで瞳孔反応の有無を確認した後、
自分の腕のG−Shockを見ながら
「午前5時53分 ご臨終です。」 と言った。
2001年8月8日(水) 午前5時53分
まさに全身全霊で生きて生きて生きて、生き抜いた60歳と1日。
私たちは、静かに手を合わせ、母さんの安らかなる冥福を祈った。
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十三回忌に母を偲ぶ -終-
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十三回忌に母を偲ぶ
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2001年8月7日(火)・・・その1より続き
父さんが、珍しく憤慨していた。
「さっき看護婦がこんな長い管を鼻にズボッて乱暴に入れたから
母さんの鼻の中が切れちゃったんだ。可哀想になぁ、母さん。ホント雑だよな。
この鼻の管、もう取ってくれないかな」
「聞いてこようか?」
「うん、聞いてきてくれ」
私はナースセンターに行き、看護婦さんに鼻の管は取れないのかと聞くと
また痰が詰った時に鼻の気道を確保しておいたほうがいいから
そのままにしておきましょう、と抑揚のない声で言われた。
そして、トボトボと戻りかけた私の後姿に看護婦さんは
「残念ながら、私たちができることはもうありません。
それでももし、何かお手伝いができることがあったら言って下さいね。」 と付け加えるように言った。
その後は度々先生がベッドまで来てくださった。
何をしてくださるわけではないが、心配そうに母さんを覗き込んだり、頷いたり、
R子さーん、と耳元で名前を呼んだりしている。
そして先生は、父さんと私を廊下に呼んで言った。
「もう、こちらとして出来ることはありませんが、何か特にご希望などはありますか?」
父さんは静かに言った。
「いえ。ありません。看取ってやりたいと思います。」
先生は黙って頷いた。
*************************
それから何度も何度も母さんの痰を吸い上げる作業は続いた。
痰、というよりも血が喉に溜まり呼吸を妨げるので、
それを吸い上げるための壮絶な作業だった。
母さんの小さな愛らしい口にホースがどんどん挿し込まれる一連の作業は、
とても直視できるもんではなかった。
父さんが一生懸命に看護婦さんに言っているのが聞こえる。
「もう、管を入れるのは、口だけでいいですから。
鼻は、もう入れなくてもいいと思いますから」
私はまたフラフラと廊下にでて座りこんでいた。
ごめんね、母さん。
断続的に込み上げる吐き気。
ボタボタと後から流れ、流れては落ちる涙。
ふうー、ふうー、ふうー。
深呼吸。深呼吸。
「ちょっと外の空気を吸ってきな」
夫が言うので、私は立ち上がって満員の外来の廊下を通り、
一般患者さんの好奇な視線を浴びながら、ヨロヨロと表に出た。
ふぅ・・・・路傍の縁石に座り込む。
私の中に、この非情な現実に耐えられる力は残っているかなぁ。
携帯をふとみると、沢山の友人からのメールや留守電が入っていた。
私は外の空気を肺に、脳に、いっぱいに摂り込むことだけに努めた。
・・・すると・・・そこに、
弟Kと、S美が道の向こうからやってくるのが見えた。
・・・・・・・・・・脱力。
ああ・・・2人が来てくれた・・・
私、自分が取り戻せるかも。頑張れるかも!
よし!2人が来てくれたからには多勢に無勢だ。
私は2人のあとについて、再び病室に入っていった。
**********************
・・・この時、とある記憶が頭を過ぎり、一寸ナースセンターへ。
「あの・・・母がリハビリで編み物をしていたと聞いていたんです。
もし、よければ、その編み物を私にいただけませんでしょうか?」
「わかりました。リハの先生に聞いておきましょう。」
「お願いします。ありがとうございます。」
弟が父さんと私に栄養ドリンクを買ってきてくれた。
ごくごくごく。
元気をだそう。みんなで頑張るぞ!
その後は各自交代で昼食をとることにした。
私は夫に連れられ、近くの喫茶店に入り、とんかつを頼んだ。
「すいませーん!生ビールくださ〜〜い」
よし!ビール呑んで、とんかつ食べて、スタミナをつけるんだ!
・・・・・・・・ところが・・・・一瞬でも母さんの姿が脳裏を過ぎると途端に箸が重くなる。
・・・ええい、食べるんだ!くよくよするな!食べてスタミナつけるんだ!
「う〜ん、A子〜、このとんかつ、美味いなぁ〜」
・・・・夫はビールの2杯目をグイグイ呑み、ライスのお替りをモリモリ元気に食べていた。
********************
病室に戻ると、母さんの枕元に黄色い20cm四方ほどのものが置いてあった。
S美が手に取って言う。
「これは母さんが編んでいたものなんですって。さっき看護婦さんが」
ああー、あったかぁ。これかぁ。
片手だけで、ひと編み、ひと編み、編んだ母さんの作品。
黄色。母さん、やっぱり大好きな黄色の毛糸を使ったんだねー。
毛糸の温かな感触が何だか手に優しくて、涙が出た。
父さんはリハで母さんが編み物をしていただなんて、知らなかったと言う。
人知れず、弛まぬ努力をする母さんの一面が窺える。
それから私たちは、傍らでずっと手を握って呼吸を見守った。
血圧は強い点滴の投与のお陰か、比較的安定している。
脈拍も安定していた。
母さんは、本能で呼吸をしている。
力強く、ひと呼吸、ひと呼吸、大切に、確実に。
たまに、口をすぼめ、鼻でふーんと呼吸をするときもあった。
鼻の水色の管は、やはり入れておいてよかったのかもしれない。
午後になって痰は絡まなくなった。それだけは良かった。
先生がまた見回りに来た。
先生は私たちを気遣い、休憩所がありますから、と場所を教えてくれた。
また、母さんはもうすでに意識がないから痛いとかも感じていないとも言った。
私は何度もすがるように先生に確かめた。
「じゃぁ、今は痛みはないんですね?安らかなんですね?」
先生はそうだと頷いた。
そしてこの意識のない状態が続くのは、人にもよるが24時間ぐらいが限界だと言った。
つまり、母さんの寿命は、最長でラスト24時間、ということだ。
かぁさん・・・・かぁさん・・・
だいすきな・・・・だいすきな・・・かぁさん・・・・
かぁさん・・・・かぁさん・・・・
ずっと母さんの手を握り、曇った右の目を見つめながら
私はゆっくりと静かに声をかけ続けた。
母さんの左手はとっても温かかった。
母さんのほっぺたは今もプルンと柔らかかった。
母さんは今にも「ねこちゃん?(姉こちゃん)」 と私を見てニッコリしそうだった。
つづく
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2001年8月7日(火)
午前5時30分
U君と夫、そして私の3人は病院に到着。
暗がりの病室の中、母さんの懸命の呼吸音だけが聞こえる。
「母さん・・・A子だよ。いよいよほんとの60歳だね。おめでと」
「おばさん、Uだよ」
母さんの左手を握ろうとしたら、細紐でベッドに括りつけてあった。
仕方がないとはいえ、あんまりだ。
可哀想過ぎる。母さん、どこまで可哀想なんだろう。
急いでその紐を解いてあげる。、
母さんの状態は、この一晩でさらに酷く悪化していた。
酸素吸入器が口に掛けられ、
自動血圧計のコードが足首に伸びていた。
尿は全く言っていいほど出ていなかった。
尿パックの中には赤茶色の何だか良く解らないものが少しだけ沈殿していた。
母さんの意識は、最早完璧にないと思われた。
Uくんは、母さんに最後の別れの挨拶をすると、
バイクに乗り、明け方の東京を後にし、名古屋へと帰っていった。
7時になると、ちょっと疲れた顔の父さんがやって来て
母さんのおでこや頭を優しく撫でながら言った。
「おー、母さんおはよう。よーく頑張ったねー。よしよし。今日で60歳になったなぁ。おめでとう!
お前は凄いなぁ、本当に良く頑張るなぁー。」
そして母さんの酸素吸入器を持ち上げ、乾いた唇をミネラルウォーターで湿らせたガーゼで
丁寧に拭いてあげていた。
母さんの酸素吸入器を固定するゴム紐は、頭の上にぐるりと回され、
耳の後ろ側から引っ掛けられていた。
母さんの可愛いほっぺたに細い紐がグイッと食い込んでいる。
「母さん、痛そう。このゴム紐、きつくないかな」 私が思わずそういうと、
父さんは、「可哀想になぁ。ここの看護婦はやることが事務的だから」
と言って可能な限り、紐を緩めてあげていた。
そして 「もう、きっと本人はきついとかも判らないだろうけどな」 と寂しそうに呟きながら。
父さんと私が母さんの傍に寄り添って、片時も離れずにいたその間、
夫は駅前まで行って、サンドイッチや野菜ジュースを私たちに買って来てくれた。
父さんが車の中でそれらを食べた後、交代で夫と私も車の中で食べた。
私はやっとの思いで、買って来てくれたプリンだけを胃の中に入れた。
****************************
病院が今朝も眠りから目覚め、看護婦さんがバタバタと廊下を往来し始めた。
ある看護婦さんたちは、朝っぱらから激しく口論をし合い、
ある看護婦さんは、寝たきりのおばあさんに、まるで聞き分けのない赤ちゃんをあやす様な
刺々しい口調でベッドのシーツを替えていた。
掃除機のけたたましい音、朝食を運ぶワゴンの車輪の音、
それがどこかにぶつかって激しく響く音。古いエレベーターの扉が開く鈍い音。
看護婦さんを呼び続けて哀願する患者さんの声。けれど一向に向かう気配のない看護婦さんたち。
どれもこれもが、私の毛羽立った弦のような細い神経を、さらに激しく逆なでするかのようだった。
堪らなくなって廊下に出ても、ベッドから剥がされたばかりの使用済みシーツが
異様な匂いを放ちながら丸まって山となっている。
あー・・・・・神経、本当にどうにかなっちゃいそう。
頼むから、お願い、母さんをどうか静かに眠らせて。
その時何かが母さんの病室のドアに激しくドカーンとぶつかった。
母さんの瞼がそれにピクピクッと怯えたように反応する。
(母さんを!静かに!眠らせろ!!)
あー・・・・・・だめだめ。落ち着け落ち着け。深呼吸。
ふぅーっ!ふぅーっ!ふうー・・・・・・・っ・・・・。
・・・・・・・・とその時突然、悪夢のような信じられない出来事が起こった。
それまで単調な呼吸を繰り返しながら、じっと仰向けになっていた母さんが、
いきなり激しく身体を仰け反らせ、何かに取り憑かれたかのように白目をひん剝いて
ガクガクと激しく痙攣をし始めたのだ。
驚いた父さんが母さんの頭に触れる。
母さんの体が激しく波打つ
・・・・・・クイッ・・・・クイッ・・・・・クイッ
「か、母さん!」
そして動きが急に止まった・・・・・呼吸停止!
ナースセンターに走る夫。
父さんが叫ぶ!
「今、何時何分だ!!!」
私は咆哮し取り乱しながら必死で時計を見る。
「9時・・・9時10分!」
「Kに電話をしろ!」
携帯を持って外に走っていく夫。
あぁぁあぁぁぁー!母さん!母さん!もう逝ってしまったの?!?!
母さん!嫌だ!嫌だよ!母さーん!!!
そこに看護婦さん2人が、ホースのようなものを持っていそいそとやってきた。
そして母さんの細い顎をぐっと引き、枕を頭から外した。
壁に備え付けの器具に、ホースの片方を差し込むと、
もう片方の先を、母さんの口の中、喉の奥のほうまで躊躇無くどんどん突っ込んでいった。
グゴゴゴゴゴッ!!!!ゴゴゴッ!!!ゴオオオオオオオオオオッ!!
物凄い衝撃音と共に、母さんの痰が吸い上げられてホースを伝っていく。
そして壁に備え付けのカプセルの中にどんどん入っていった。
続いて、特殊に曲がった堅そうな水色の細長い管を、私たちの見ている目の前で
母さんの左の鼻の穴の中にググッと容赦なく挿し込んだ。
見ているだけで痛い光景だった。
もう・・・堪らない。耐えられない。
その鼻の水色の管の中に、透明のホースを奥の奥まで挿し込み、鼻からも吸い上げ作業を行った。
・・・・そして・・。
母さんは何事もなかったかのように、呼吸を取り戻した。
暫し・・・・呆然。
「・・・あ・・・あぁぁ・・・。ビッ・・・ク・・・リした・・・。 もういよいよかと思ったよ・・・・」
父さんが、傍らの丸椅子にペッタン、と力なく腰をおろしながら呟く。
涙の雫が、その日に焼けた頬にくっついている。
「母ちゃん、そりゃ、苦しかったろう?よしよし」
父さんが母さんの頭を優しく撫でた。
・・・・・・・・・・・・脱・・力
左の鼻の穴に無造作に突っ込まれたままの水色の管は
鼻の入り口でラッパ状に開いた形をしている。
・・・この鼻の管って、このまま外してはもらえないのかな・・・
凄く痛いよ、きっと。可哀想だよ。母さん、痛いよ、きっと!
今のショックで、母さんの右目が開いてしまった。
父さんが閉じようと何度も瞼を下に撫でるけれど、またすぐに開いてしまう。
薄い膜を張ったような母さんの右目。
「母さん・・・・」 小さく声をかけると、声のするほうにゆっくりと震えるように黒目が動く。
私を・・・見てるの?まだ私のことが見える?母さん・・・・?
まだ瞳孔反応はちゃんとある。
きっと私を見ていると信じ、一生懸命に母さんに囁きかける。
そこに夫が戻ってきた。
「Kくんたち、今、家を出ますって」
「・・・・・・そうか」
その時、なにやらまた母さんの呼吸音がおかしくなってきた!
何かが引っかかるような、ゴロゴロ言うような・・・
途端、母さんがまた激しく身を仰け反らせ、痙攣!!!
ナースセンターに走る夫
茫然自失に立ち尽くす私。
「かあさーーーーーーーーーーーーーーーん!!」
また先ほどの看護婦さんが2人、透明の簡易手袋をはめながら登場。
今度は先生も様子を見に来る。
看護婦さんは、長いホースをさっきと同じように、母さんの顎をくいっと掴むと
口内にどんどんどんどん挿し込んで行く。
グゴッゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・ゴゴゴッ・・・ゴオオオオオオオオッ
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・ンゴッ・・・ゴオオオオオオオオオオオッ
透明な管の中を、母さんの真っ赤な鮮血がズブズブと吸い上げられ、上っていった。
鼻からも先ほどと同様、ラッパ状の水色の管の中に、透明なホースを容赦なく挿し込む。
ゴゴゴゴゴゴゴッゴゴ・・・・グゴゴゴゴゴゴゴッ・・・ゴゴゴゴゴ
物凄い音。
そして、あっと思う間もなく、白いシーツにパアッっと跳ね飛び散る
母さんの、血飛沫。
先ほど、母さんの鼻の穴の中に水色の管を挿し込むときに、
看護婦さんが鼻腔内を傷つけてしまったらしい。
あっという間に、透明な管が真っ赤に染まり、壁に備え付けのカプセルをなみなみと満たしていく。
あああああああああああああああ
吐き気がした。それをグッと飲み込み、咆哮した。
頭がプッツリと切れて、おかしな人になってしまいそうだ。私。
なんでなの?
なんで、ここまで来て、さらにそのなけなしの血を流し、
想像を絶する耐えがたき痛みを母さんに強いるのですか、神様。
もう、いいじゃないですか
充分ではないですか
眠るように、どうか逝かせてあげてはもらえないでしょうか、神様。
あまりに無慈悲ではないですか・・・・・・・・・あんまりじゃ、ないですか!
腰が砕けた。
夫がそんな私に椅子を勧めた。
落ち着くために朦朧と天井の模様を数えた。壁に凭れ、廊下の向こうのお部屋にふと目を移すと・・・
入り口付近のベッドに寝ていたおばあさんがこちらを見ていた。
若くガサツな看護婦さんにオムツを替えられている。
カーテンもせずに、大きく足を広げられ、恥部を曝け出していた。
看護婦さんはそこでオムツを替える手を止め、別の看護婦さんと何やら親しげに話を始めた。
哀しそうにおばあさんはこちらを見ている。
口はきけない。身体も動かせない。
瞳だけは、鈍色の光を湛え、こちらをじっと見ていた。
その目・・・・
その目・・・
うううううううううううううっ!!
私はトイレに駆け込むと、苦い胃液を一気に嘔吐した。
*********************
その後・・・暫くは廊下のベンチに座っていた。
涙と汗。呼吸をすることが苦しい。
ただただ、自分が情けなかった。
時折、夫が様子を見に来てくれた。
私は口さえもきけない。
情けない。
瞬きすら、ままならない。
看護婦さんか婦長さんだかが、私の肩をたたきながら何か言ってくる。
ハッキリと聞こえるのは自分自身の心の声だけだった。
(命を賭けて頑張っているのは母さんなのよ。アンタはその母さんの姿をしっかりと両目で見届けなさい!
母さんが身をもって我が子に伝えようとしてる[生きる]ということ、そして[死ぬ]ということ。
人間誰もが迎える最期の瞬間は、こういうことなのよ!って、母さんはね、親として私に示そうとしているの!
見届けなさい!しっかりと!決して目を逸らしてはいけないよ!!)
私は、立ち上がって病室に戻った。
母さんの枕元のシーツは、赤黒い鮮血の痕が染みとなって散っていた。
左の鼻の穴のラッパのような水色の管の入り口にも、赤黒い血がこびりついているのが見えた。
「母さん・・・・」
母さんの右の黒目が、私の存在をゆっくりと捕らえた。
「母さん、ちゃんとA子が傍にいるからね。何も心配はいらない。大丈夫だよ。」
2001年8月7日(火)・・・その2に続く
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2001年8月6日(月)
結局、本を読みながら、私は一睡も出来ずに夜明けを待った。
朝5時半に病院に行くと、建物全体がまだ眠りの中にいた。
「母さーん、おはよう!A子だよ。」
母さんは大きく舌を出しながら、身体を不自然な格好に仰け反らせていた。
多分、一晩中母さんの脳細胞は休まることなく
尿毒素に侵され喘ぎ続けていたことであろう。
「べー・・・・べーべー・・・べー・・・・」
何かを舌の動きで訴えているようだ。
もう、上手く言葉が出てこないのだ。きっと。
だから舌を一生懸命に出して
何かを伝えようとしているのだと感じた。
口でする息が荒く、とても苦しそうだった。
その母さんの息は無臭。尿は、殆ど出てはいない。
お茶のストローを口に近づけてみると、
無意識なのか、意識的なのか、少しだけ飲んだ。
口ばかりで息をしていたら、喉も渇くことだろう。
・・・・何か食べるかな?
明け方のコンビニへ走り、お茶やプリンを買った。
プリンは、スプーンにほんの少しだけ掬い、口元に運ぶと、
母さんはそれをゴクンと飲み込んだ。
続けて2口だけ、口に入れた。
気管支に詰る恐れもあるので、それ以上安易に口に入れるのは躊躇われた。
6時になって父さんが駆けつけてきた。
「かぁちゃーん、とうちゃんだよー。一晩、よーく頑張ったなぁー!」
そういって父さんは母さんの顔を温かいタオルで拭き、
シッカロールを真っ白になるまで首元にはたいてあげていた。
そして7時になると、父さんは仕事の件で出かけていった。
8時。朝食が運ばれてきた。
しかし・・・・。今の母さんが1人でこれをどうやって食べるというんだ・・・
こんなボソボソとした固いパンとマーガリン!
身体に少しでも優しいものだったら、口に入れてやりたかったのに。
乳酸菌は母さんの腸を刺激すると思ったけれど、
トレーの上のヨーグルトを僅かに一口だけ、口に運んだ。
すると口を開ける母さん。それは本能なの?
本能がもっと頑張るぞ、負けないぞ、と体内で猛っているの・・・?
その後、看護婦さんがいつものように食後の薬を大量に持ってきた。
錠剤を一粒、口に入れてみたけれど、母さんには最早飲み込むという意志が存在しない。
私は窒息をしないように、口内に指を入れて錠剤を取り出した。
「お薬、ちゃんと飲めましたか?食事はちゃんとできましたか?」と看護婦さんが聞く。
「いえ」
・・・そんなことよりも、点滴は?酸素は?心電図は?
何もしない。自然放置なの?
母さん、こんなにも苦しそうじゃないの! と内心で憤慨する。
「息が苦しそうに見えるのですけど・・・」
この一言を、なんとか口にしてみると、
「もー・・すぐ、先生がいらっしゃいますので、そうしたら診てもらいましょうねぇ。」と看護婦さん。
・・・・・・・・・・遅い!対応が遅い!苛苛してくる。
「錠剤、すりつぶしたら、全部飲んでくれますかねぇ」
・・・・・・まだ、そんなことを看護婦さんは言っている。
薬は勿論、大切だけれど、母さんの状況をもう少し親身になって考えてくれたら有難いのに・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
夫は今朝は会社に出かけた。
私は作は、社長のご自宅に連絡を入れていた。
しかし、会社がとても気になったので、病院から社長室に一報し、
総務に諸々の連絡をし、同僚にもメールを入れた。
「んんぁーーーーーー!!!」 母さんが叫ぶ。
「大丈夫だよ。母さん。ここにいるよ。心配はいらないよ。」
私はずっと懸命に繰り返し母さんの叫びに応えていた。
それしか出来なかった。
他には何も出来なかった。
私はまるで役立たずだった。
ただただ、ベッド脇で見守ることしか出来ない、役立たずだった。
母さんのまあるいおでこ。
母さんはとてもチャーミングだった。
なんて可愛らしい人なんだろう。なんて無垢な人なんだろう。
なんて可憐な人なんだろう。私の母さんは、なんて素敵な人なんだろう。
私は手を伸ばして、母さんのそのまあるいおでこを優しく撫でていた。
私と母さんの2人きりの朝だった。
この時、ずっと前から、母さんに伝えたかった言葉が
口をついてすーっと、でた。
「母さん・・・・。
母さん・・・・・・・・・ありがとうね。
私のことを産んでくれて、どうもありがとう。」
途端、母さんの顔がぎゅうううううっと皺くちゃに歪んだ。
気張って気張って、何かを吐き出そうとしている様子にも見えた。
少なくとも、私の思いの幾ばくかが、今、母さんに伝わっていることを、
その表情で確信した。
「るー・・・・るるららー・・・るるららー・・・・」
奥のベッドに寝ているお婆ちゃんが、か細く悲しい鼻歌を、
天井に両目をカッと剝きながら、瞬きもせずに唄っていた。
****************************
私は名古屋市内に住むUくん・・・・母さんの姉(すでに他界)の長男・私の従兄弟、
にメールを送った。
(おはよう。A子です。
兼ねてから悪化していた母さんの病状ですが、ここ2、3日で急変してしまい、
現在意識がない状態です。念のためお知らせしておきますね。また連絡します。)
すると暫くして、Nちゃん(Uくんの妹・私の従姉妹)から電話が入った。
「A子ちゃん、大変なことになったね。Uくんが仕事が片付いたらそっちにバイクで行くって言ってるよ」
「ええっ!本当?名古屋から・・大丈夫かなぁ、今夜雨が降るみたいだしなぁ・・・」
「大丈夫、大丈夫。A子ちゃん、しっかりね!」
「うん・・・ありがと」
こうしてみんなが応援してくれていた。
多くの友人も、母さんのために祈ってくれていた。
今週末、遊びに行くはずだった高松の友人にも事情を話したら、心から心配してくれた。
みんなの気持ちが有難かった。
そしてその全ての祈りがエコーとなり天に届くように、ただただ私も只管祈り続けた。
2001年8月6日(月)・・・その2に続く
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2001年8月5日・・・その1より 続き。
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もうこんな状態では食事もできないだろう。
母さんの栄養源は、完璧に点滴のみになってしまっている。
母さんの尿はもう殆ど出ていなかった。
空の尿パックの隅には、ドロリとした粘性の赤褐色の異物が
僅かに沈殿していた。
父さんがミルキーを口にいれてあげる。
すると、味覚がまだあるのかないのか?
コロコロと小さな口の中で転がして、美味しそうに舐めた。
「母さんの好きなやつだよー」
そう言って父さんはこう言って、母さんの首周りにたっぷりとシッカロールをはたいてあげた。
母さんはこのシッカロールの香りと清涼感が大好きだから。
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「じゃ、ちょっとさ、そこらへんでメシでも食うか」 父さんが私たちに言う。
「じゃ、母ちゃん、ちょっとメシ食ってくるからねぇ」 と
母さんの顎を指でつんつんと軽くつつき、父さんは病室を出て行った。
続いて夫
私は病室を出る前に、再び母さんの手を握った。
「母さん・・」
苦痛に唸る、母さん。
「母さん。今まで、、、ずっとずーっと、頑張ってきたから、、、、、もう、いいよ?
母さん、、、もう、、頑張らなくても、、いいよ?
もう、いいよ。母さん、、、、」
そう言うと、涙を拭って椅子から立ち上がった。
そして
「じゃぁ、また来るね、母さん!」 と言い残し
病室を出ようとした。
その私の後姿にむかって
母さんは、とっても弾んだいつもの可愛い声で
こう応えたのだった。
「うん!待ってるぅ!!!」
これが、母さんの、私への最後の言葉だった。
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病院の近所に、小奇麗な居酒屋があった。
その名は「ちょっと」。
3人で座敷にあがると、父さんは
「生ビール、大ジョッキ2つ」 とカウンターに向かって言った。
「オレは・・・グラスの小さいのでいいや。それっとぉ、刺身の盛り合わせも頂戴」
「さっきと同じネタでいいですかぁ?」と店員さんが尋ねてきた。
どうやら、私たちがさっき病院に向かっている間、
父さんはここで独りでお銚子を傾けながら、時間を潰していたようだった。
「どんどん、好きなものを食べてね!Dくん、ガンガン呑んでよ!」と父さんが言うので
あとは煮魚やモズク酢、揚げ物などを注文した。
「最後に焼きオニギリを食べようかなぁ。これが絶品なんだ」
今までにも何度かここに独りで来たことがあるらしかった。
病院帰りに一杯ひっかけていたのかな。
ここで呑みながら、いろいろなことを話した。
父さんは、母さんとの今までの16年余りの闘病生活を振り返りながら、
あん時はこうだった、とかそん時はすんごい大変だった、とか懐かしそうに語った。
如何に、今まで、父さんは頑張ってきたことか。。。。
母さんも、父さんも。
「親戚にはそろそろ電話連絡をしておいたほうがいいかな?」と父さんが聞くので
「もちろん、そうしたほうがいい」 と私は言った。
母さんの兄弟は、2組のお兄さん夫婦が都内に住んでいたが、
もう、長いこと、母の病床ではお会いしたことはなかった。
父さん方の親戚は、一同、故郷の福岡在住だった。
そっちにも電話をしてみる、、、と父さんは言った。
帰り際、足音を忍ばせながら、3人で病院に入った。
10時半。
病院内は真っ暗で、陰鬱な独特の世界だった。
病室を覗くと・・・
薄暗い中で、母さんがベッドの上で身体を捩りながら叫び続けていた。
「あいたたたたたー」
「あーあーあー」
「はいはーーい」
「いててててて」
「ん、ああああああ」
そして舌を思いっきり大きく出していた。
苦しい苦しい叫び声。
でも母さんの叫び声は決して下品なものでもなければ、人を罵倒するものでもなかった。
可愛い可愛い、断末魔。
「今夜で、ガクッとくるだろうなぁ・・・母ちゃん、ガンバレな」
父さんが、母さんの小さな顔を、両手で優しく包む。
そして言った。「よし!判った!帰ろう!」
「母さん、おやすみなさい」 夫が手を握って囁いた。
「母さん、おやすみ」
私が最後に病室から出るとき、母さんは
「いやぁぁぁあぁぁぁ」 と可愛らしい声で
空に向かって絶叫していた。
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夜。なかなか寝付けなかった。
本を読んだりして、朝まで混沌とした時間を過ごした。
夢と現実、日常と非日常がグルグルと私の頭の上で回っている感覚だった。
嘘・・だよ。母さんはいつものように、病室で笑いながら私のことを待っていてくれているんだ。
母さんが、いなくなるなんて。
母さんが、世界から消えてしまうだなんて。
嘘・・だ。
だって、今まで一度だって、一瞬だって
母さんが私の前からいなくなってしまったことなんてないんだよ。
そんな馬鹿げたことがあるわけがないよ。
嘘だ
これは
夢。悪い夢をみているんだ・・・・
夫がスースーといつものように眠っている。
明け方、私が隣で丸くうずくまっていたら、
足でポンッと私を軽く蹴り、
「キミが眠らなくても、しょうが・・・ムニャムニャ・・・」と
完璧に寝ぼけながらボソボソ。
あー、解ってますって。解ってますとも。
私と一緒にまんじりと夜を過ごすような夫よりも
この人がこういう人で良かったなぁ。
そう思いながら、私も目を瞑った。
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