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そして帰ってくるのは明日。。。。いや〜嬉しい!!!
なっかなか一人時間ってないもんね。
早速午後から一人呑み🎵
いつもよりちょっぴりいいワインを吟味して
あとは生ハムにチーズとオイスタークラッカーとアプリコットジャム。
ただただ幸せなメディテーションタイム。
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タイトルを弄るのは実に10年ぶり!
本当は新たに全く別のテイストのブログを
立ち上げようと思っているのですが、
ま、ここはこれでいきます。どうぞよろしくです〜。
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今度はipadから動画のリンクを貼ってみましょっと。
そういやね、
日常の何気ない娘の一コマを携帯動画に撮って
それをそのまま日本のふた組の親元の携帯に送信したいのだけど、
どうも動画は削除になってしまい受け取れないらしい。
携帯の設定の問題かもしれないけど、
細かいことはお互いに分からないし
動画は都度youtubeにUPしてからリンクURLを
お知らせしてるんだ。
もっとお手軽な方法はないものかな。
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とうとう、パソコンが壊れてしまいましたぁ〜!
電源が全く入りませーん。 よって更新は暫くおやすみします m(_ _)mあしからず |

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2001年8月7日(火)・・・その2より続き
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酸素吸入器のゴムひもがきつい為に、母さんの耳たぶがくしゃくしゃに折り曲がっているのが痛々しかった。
依然として鼻の穴に挿入された水色の管に鼻血がびっとりとこびり付いていた。
それを見て、お母さんが可哀想だと、S美は泣いた。
だけど、殆ど母さんは、いつもの母さんのままだった。
「ちょっと家に帰ってシャワーを浴びてスッキリしてこよう」と夫が提案してきた。
確かに2人とも昨夜はお風呂にも入っていない。
青白く浮腫んだ顔に、振り乱した髪。私は全く酷い有様だ。
S美たちも勧めてくれたので、一旦家に帰って熱いシャワーを浴びた。
そして午後5時ごろまで2時間ほど仮眠をとったら、少し頭が軽くなったような気がした。
きちんと髪を梳き、ピンで留める。
頬にはピンクのチークを薄くぼかし、口紅をひいた。
(気合だ!) 鏡を見ながら自分自身に喝を入れる。
そして再び、夫と病院へ向かった。
「おう、だいぶスッキリしたねぇ。顔色も良くなって」
父さんが私を見て、言った。
ナースステーションに、母さんの編み物を届けてくれたお礼を言いにいくと
リハの先生が急遽、網かけだったものをかがってくれたんだと言った。
「かがる」・・・・ピリオドを表す言葉。
母さんの行為がそこでストップすることを意味する。
「かがる」・・・・・何故かとてもとても切なく、私の心に響いた。
神様って、時にどうしてこんなにも非情なんだろう。
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夕方、私たち5人は、、また「ちょっと」に行った。
5人で囲む食事は、気心が知れているせいかとてもホッとするひとときだった。
ここは案外美味しい一品料理を出してくれる店。
ゴーヤチャンプルーや山芋ステーキなども美味だ。
父さんも、きちんと食べて、呑んで元気を出そうと努めているようだ。
決して悲観しない、かといって投げ出したりもしない。
母さん、良かったね。父さん、やっぱり、ちゃーんと最期まで母さんの傍にいて、送り出してくれるよ。
暫くした後、病院に再び母さんの長兄夫婦が来てくれた。
今度は長男Tくん、長女Eちゃん(共に私の従兄妹)も一緒だった。
少し、母さんの様子を見たあと、他愛のない雑談をし、母さんに別れの挨拶をして帰って行った。
面会時間の8時を過ぎていた。
ここは相部屋だから、夜は帰らなくてはいけない。
「父さん・・・? 今夜は母さんの傍にいちゃダメかな?」
「う〜ん・・・ダメとは言わないだろうけど、ここ、真っ暗になるんじゃないのかなぁ」
9時になると、弟KとS美夫婦が横浜へ帰っていった。
私は夫に運転してもらい、会社にむこう数日分の雑務をしに行った。
それからまた病院に戻ると、父さんが
「A子、看護婦さんが今夜はずっといてもいいってさ」 と言った。
「本当?」
「うん、良かったな」
どうやら看護婦さんに聞いてくれたようだ。
当直の先生が見回りにきた。
この病院では初めてお会いする、若いあんちゃん先生、と言った風体の先生だった。
「宜しくお願いします」 と父さんと揃って頭を下げても
「はぁ、」くらいにしか返せない 「あんちゃん」だった。
病院全体が、徐々にその混沌とした眠りに入ろうとしていた。
父さんは頑張って母さんの傍に寄り添っていたけれど、椅子に座りながら
ウトウトとし出していた。
私は小声で 「あとは私たちが付き添っているから、帰って休んで」と言った。
父さんは 「そうだな」と頷くと、母さんの手を握り
「かあちゃーん、オレ、ちょっとねむてーから、家で寝てくるわ」と囁き、
その後、しみじみと、こう続けた。
「・・・・お前、もう・・・行っていいぞぉ。
もう、川を渡っても、いいぞー。
オレは、、、もう、お前のことを引き止めないからな、、、、、お花畑に、行け。」
そう、優しく優しく耳元で囁くと、後は頼んだよ、と言い残して病室を出て行った。
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午後11時。
母さんの60歳のお誕生日がまもなく過ぎようとしていた。
「あ、A子、母さんのバースディケーキを今日中(お誕生日中)に食べなくちゃ!」
と夫が思い出したように言った。
昨日のそれは、さっきまで自宅の冷蔵庫に保管していたのでまだ冷たい。
消灯後の病室は、母さんのベッドの上だけ、小さな豆電球が灯されている。
その薄暗がりの中、私達はホールのケーキを母さんの傍でムシャムシャと食べた。
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病院の夜は、独特の陰鬱な世界だ。
奥の大部屋から、男性の低い唸り声が聞こえる。
うぅぅぅぅぅ・・・・助けて・・・・誰かぁ・・・
苦しいよ・・・・お願い・・・・・助けて・・・ひぃぃ・・・・
眠れない患者さんにとっての夜は、まるで地獄のようだ。
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