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昨日は夫婦でホノルルに行ってきました。
目的はお題の通り。
グリーンカードは10年毎に更新が必要で、
その手続きは期限より半年前から可能になります。
移民局のホームページで更新に必要なあれこれを把握することができますし、
更新用紙をプリントアウトして郵送、またはネット上で書類作成して送信することも可能です。
パパと私はネット上で書類作成し、手数料もその時にカードで支払いました。
更新料はひとり450ドル。ふたりで900ドルなり〜。
この手続きが終了すると移民局から
郵送で召集通知が届きます。
その内容は、何月何日に最寄の移民局に来てください、という決定的なもの。
ハワイ島の最寄の移民局は、オアフ島にあるので
私達は指定された時間まで、否応なくそこへ行かなくてはいけないのです。
(また書面上の再申請をし直せば予約日時の変更は可能、
けれども、パパと同日にできるかどうかは定かではない・・・)
パパに指定された時間は5月14日の午前11時。
私に指定された時間は翌日の5月15日の午後3時。
なんでなのよ〜ん、バラバラです・・・・><
しかーし、ダメもとで、つーか、ほぼ大丈夫だろうというお気楽な想定のもとで、
私はパパの受付時間に合わせて、一緒に飛行機に乗ってオアフへと飛んでしまいました。
もしも、私は受付けてくれなかったら、パパだけハワイ島にとんぼ返りをし、
私は、、そうだね、安宿にでも泊まって翌日の予約時刻を待つとするかな・・・ぐらいの思慮で。
昨日5月14日、午前11時。
パパと共に、移民局のゲートをくぐり受付へ行くと
「あ、奥さんも予約してるんですか?え?明日?いいですよ、一緒にやってしまいましょう」
と、厳格なお役所にも関らず、非常に感じの良い対応をして下さいました。
(2年前までの移民局は別の場所にあり、係員の態度も、そりゃもう横柄だったそうですが・・)
慎重に10本の指の指紋を採取されたあと、
同じブースで新しいカード用の写真も撮りました。
ちなみに写真は、正面。スマイルもOKです。
最後に従来のグリーンカードの裏に、
このカードが今年いっぱい有効であるとのシールを張られ。終了。
新しいグリーンカードは郵送で送られてくるそうですが、
何ヶ月か、かかるらしいので、気長に待つ事にしましょう。
大きな事務手続きが終わり、ホッと一息。
しかし、aiちゃんのグリーンカードの更新は2年後なので
ウッカリと忘れてしまわないように、これまた気をつけていなくちゃいけません。
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その後、ランチタイムをはさんで、ええぃ、お役所仕事をもういっちょ!とばかりに
(懐かしい日本の香りがプンプン漂う)日本領事館へ。
そして在外選挙の再登録。
これは、私達はしていたはずなのですが、いつの頃からか選挙のお知らせが届かなくなっていたので、
おっかしいなぁ。。。再登録しようってことで、その手続きのための用紙を作成し提出してきました。
何度かこの領事館に電話をして、在外選挙登録はキチンとできているかの確認をとりたかったのですが
電話ではお答えできない、直接来て下さい、の一点張りだったので
こうして実際に足を運んで再登録すれば、次回からの選挙はバッチリ!な筈です。イエイ。
はー、これもスッキリ♪
時系列は前後しますが、ランチは、NICO's Pier38へ
潮風に吹かれながらの昼ビール、最高!もう一度言ちゃお。最高ォ〜ッス!!!
フランス人シェフが腕を奮うこの店
ロコモコもグレービーがなんか違う。こってりしていないのにコクがあって大変美味しい◎
名物のフリカケアヒ
切り身が大きい。
すぐそばの魚河岸で新鮮な魚介類を毎朝仕入れているからだそう。
あー、楽しいランチ♪
その後、NICO'sのはす向かいにある大きな釣具ショップに入り、パパ興奮〜
めったに店員に質問などしないのに、なにやらゴニョゴニョ質問したり
広い店内を縦横無尽に歩き回っていました。
その後、LILIHA BAKERYで、友達と友達と職場と自宅用に
文字通り、山!ほどのスイーツを買い込み
僅か6時間のオアフ島の滞在は
無駄時間0の
大充実の旅となりました。
実は半日、時間を割いて1から10までオアフ島でのエスコートをしてくれた
現地の友人夫婦にっ!BIG!MAHALO!!
この一連のグリーンカード更新にかかった費用2人分
更新料 900ドル
交通費 460ドル
食べたものや御土産代は特段 加味しなくてもいいやね♪
ということでざっと、1,360ドルの出費でありました〜
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ハワイ移住顛末記
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2003年12月9日
ハワイ島のブライダル会社の東京オフィス、
つまり、最初にグリーンカードの申請書を下さった方に
今までの経過報告と、これから、お力を貸していただきたいことなどをメールにて送る。
お願いしたことは、仮のグリーンカードの送付先に、
ハワイ島のスタッフの住所を貸していただきたいということだった。
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私たちのメインバンク二行へ、過去1年間(2003年1月〜12月)の月次の英文残高証明書の発行依頼をする。
申請書の提出が、ひと月に対して1枚を作成しなくてはいけないので、依頼はとーーーっても大変だった。
共に郵送扱いにしてもらう。
メインバンク 三井住友銀行・・・・6,300円
東京三菱銀行・・・・8,820円 発行手数料 合計15,120円也
さらにパパは生命保険会社と、証券会社へも同様の証明書を依頼する。
こちらは共に無料。
ただし、生命保険会社のほうは当初、そのような証明書の発行は出来ないと頑なに断られたようで、
かーなり、パパは苦戦したようだったけれど、結果としてどうにか発行してくれることとなったようだ。よかった。
2003年12月10日
東京ブリティッシュ・クリニック(恵比寿)へ2人で行き、所定の健康診断を受けた。
身長・体重・視力・胸部レントゲン・採血(HIV検査・梅毒検査)・触診・予防接種3種(はしか・風疹・おたふく)
水疱瘡は子供の頃やったことがあると言ったら、予防接種は免除された。
この時、自分の母子手帳があったら持参すると、免除になる予防接種が増える可能性がある。
注射は上臀部に打たれた。ベッドにうつぶせになり、お尻を出すのだ。かなり・・・かなーり痛い!(苦笑)
上記の診察料・・・1人 26,250円
2人で52,500円也
ちなみに、クリニックに持参したものは、
・KCCからの書類一式
・パスポート
・証明写真一枚
レントゲン写真については、ヤマト便での着払い受け取りとし、
到着はだいたい12月16日の予定。これは、アメリカ大使館での面接時に持参する。
2003年12月13日
東京ブリティッシュ・クリニックから、胸部レントゲン写真が届く。(着払い730円)。
生命保険会社と、証券会社から、証明書が届く。
2003年12月17日
東京三菱銀行より、残高証明一年分が届く。
2003年12月20日
三井住友銀行より、残高証明一年分が届く。
これで我が家の全財産の概算がでた。
以上、アメリカ大使館へ提出すべき書類は全て揃えることができた。
2003年12月24日・・・クリスマスイブ
午後4時30分に弁護士さんとアポイントを取り、全ての書類を持参して
2人で面接前の最終確認を綿密にさせていただいた。
あと、面接当日に必要となるのは
・実費
・レントゲン写真
・証明写真
この3つ。
この夜、丸の内はミレナリオの点灯の日。
美しいライトアップの中を、仲通りや東京駅界隈をノンビリと2人で歩いた。
途中、丸ビルのJTBに立ち寄り、GWのハワイの往復の航空券について尋ねたが、
詳細はまだでていないようだった。
その後、時計屋さんで素敵なダブルウォッチを発見!
早速、色違いで2つ買ってお互いの腕につけて、
上の文字盤をALOHA Timeに、下の文字盤をTOKYO Timeに合わせた。
この夜、なだ万で買ってきたローストチキンを食卓に広げ
ワインで乾杯をした。
メリー・クリスマス★
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2003年12月1日
朝から、今日はそんな予感がしていた。
それが見事に的中したので、小躍りしてしまった!
仕事から家に戻ると、ポストにKCCからのレターが届いていたのだ。
やったー!やったー!!
未開封のまま、嬉しくてパパに電話をした。
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夜。深夜近く、疲れて帰宅したパパには、やるべき残務が山ほどあり・・・有無も言わずに徹夜仕事に突入。
「明日・・・この書類は開封して、動き出すよ」と一言。
私の喜びのテンションは・・・・↓↓↓↓↓
ま、仕方ない。私はいちいち一喜一憂するタイプのオーバーリアクションな人間で
パパは、とにかく冷静。段取りを組んで理論的に動くタイプの人間なのだ。
私たちがアメリカを目指し、そして結婚してから3年4ヶ月後の今日この日、
ようやく、アメリカから直々に指名された正式な招待状が届いた。
これは間違いない、事実。
2003年12月5日
パパは弁護士とアポを取り、弁護士事務所にて面談をした。
2003年12月8日
パパが、「東京ブリティッシュクリニック」へ2人分の健康診断の予約を入れる。
12月10日のpm3;30に予約を入れることが出来た。
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これまでの紆余曲折が実を結び、
ついに、ついに、私たちはアメリカ大使館での面接にまで漕ぎ着けることができそうである。
弁護士から、面接日決定の連絡を受けた後、嬉しくてすぐに出張先のパパへメールで報告した。
だけど・・・・・だけど・・・
面接日の1月5日は、パパの会社も私の会社も仕事始めの日でもあった。
そんな重要な日に会社を休むことができるのかな・・
はぁ・・・どうしよう。
パパは仕事始めの日は本社出社(福井)ではないのかしら
1月5日かぁ、、、なんでそんな日なんだろう、と少し恨めしく思う。
私の会社では、新年の仕事始めの日はいつもよりも全社員が早めに出社して
大会議室に集まり、社長より、新年の挨拶および全社一丸となるべく重要な訓示が直々に発表される
大変に緊張を要する重要な日であった。
そんな会社の節目の日に、社長秘書の私が傍らに属せず
私情で会社を休むことなど、許されるものだろうか。
いや、常識的には許されないだろう。
外部からの電話の応対。郵便の仕分け、社内、外の書類の整理
社内の取次ぎ、新年のスケジュール作成と管理。
新年の挨拶の来客応対・・・・社長にとっても、私にとっても緊張を伴う、目の回るような1日になる筈。
嗚呼・・・
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パパが出張から帰ってきたら、ミーティングをしなくては。
面接日が1月5日に決定したのなら、
アメリカへ一時渡米し、仮のグリーンカードを受け取らなくてはいけない そのリミットは半年後の7月5日。
3月に渡米か?
・・・4月・・・はパパの会社も私の会社も年度初めだから難しいだろうなぁ
5月か
GWがあるから、旅費は高いだろうな・・・
仮のグリーンカードを無事に受け取ったその暁には、そのおよそ3ヵ月後に私は会社を退職し、
移住に備える算段でいた。
・・・とすると、
もしも3月に渡米するなら・・・会社は6月に退職したい。
6月頃になるとすると・・・・会社は9月に退職するかな・・・・
今後、アメリカへの移住が実現したとしても
すぐに私たちが現地で就職ができるとは限らない。
英語だって充分に話せるわけではないし、ハワイ島の就職は選べるほど多くはないのだ。
だから、日本で収入のある生活を寸前まで維持をするために、今後の収入と支出を考慮し
うまく家計を遣り繰りしていく必要があった。
考えなくてはいけないことは 数数え切れないほどあったが、
苦悩することは全くなく、
ただただ人生が大きく1つの方向へと見えざる力で作用していることを実感する日々だった。
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2003年9月20日 |




