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最近 沖縄で教科書検定の見直しを求める県民集会があり11万人が集まったとの マスコミ報道があった。 その数をめぐって各方面から11万人は多すぎるとの反論があった。 11万人は主催者側発表で警察からの発表も無く最近マスコミやネットを散見すると 4万人前後の集会と思われる。 11万人でも4万人でも大きな数に変わりは無い。(大きな違和感は感じてはいた) 地元マスコミならともかく大手のマスコミから両論併記(警察発表数)がない事には 呆れてしまい、危機感さえ感じてしまった。 今、注意しておかないと後々、数字の一人歩きにより「歴史観」が変わる事が多々あるのである。 私は二十歳頃、メーデーや「原子力空母寄港反対」「ベ平連」等の集会に参加した事がある。 集会の前の方に行くと多大なカンパを要求されたりヘルメットやプラカード持たされるの厭でまあ 集団の後ろの方から流れに金魚の糞のように歩いたりしていた。 この頃(1970年代)というよりそれ以前から主催者側発表や警察側発表があった。 私も「正義の味方である左翼が何故ウソまでついて動員数を水増ししないとならないのか?」 と実見した数倍の数字に情けなく思っていた事がある。 今回の沖縄での県民集会は主催者達にある目的があったと私は思う。 前回の米兵による少女暴行事件を上まわる動員をめざす (日本国内での左翼退潮ムードから沖縄を起点にした反転攻勢が目的?) 前回集会は主催者側発表8万5千人 警察発表5万8千人 左翼も過大な戦果発表を行なった旧大本営と似ていないだろうか? 主催者は左翼の諸勢力である。 左翼が停滞凋落気味なのは私にも誰にも判る。 彼らもここで劣勢を挽回しようと大結集を企画した事はまちがいない。 彼らも頑張り、本土からも応援者が駆けつけ11万人には届かなくとも警察発表の 4万人以上は集まったかも知れない。 しかし、裁判で決着が着いた事に対し、集会の数でしかも過大な大本営的な数字で世論を リードしようとの考えは間違ってはいないだろうか? 以下私の認識を述べます。 今回、約1千人といわれる住民虐殺・強制自決などに軍が関与していたか? 関与の軍命令があったか? が裁判の争点だったと思われ、県民集会も裁判の国より判決 に抗議しておこったと考えています。 正直な新しい証言がでないかぎり判決は変わらないでしょう。 新証言が無いので国側に証言した人をウソツキと攻めたてるしかないのです。 しかし、何故1千人の死がこれほど問題になるのか? 沖縄では住民が10万人、日本軍兵士が8万6千人死んだと語られています。 軍関与で死んだとされる1千人(何故か離島が多い、訴訟団関連約600名)に重点を移し 過ぎてるように思うのです。 まるで強制自決(あったとして)で死んだ住民が悲惨で、残りの戦火で死んだとされる9万9千人の 県民と8万6千人の兵士の死は軽いのでしょうか? へりくつになりますが1千人の死より全体の18万6千人(186倍)の死の方が民主主義の社会で あれば尊重されないといけないでしょう。 日本軍人は全国各地から召集され集められた兵員の80%が亡くなりました。 沖縄県民も約10万人県民人口の20%が犠牲になられました。 亡くなった日本軍人はほぼ全員米兵に殺されました。 ここで問題提議ですが誰が沖縄県民10万人を殺したのでしょうか? (しかも住民の死亡も1945年6月に集中) 左翼は沖縄に日本軍がいたからとか、天皇制に問題があったから、本土作戦への時間稼ぎが 許せないとか、日本軍が死を唆したとかと言います。 私は思うのです。 10万人の死亡を考えると 米軍の銃弾砲火による死亡 約95%前後 日本軍の銃弾砲火による死亡 約 5%前後 広義の軍関与による死亡 約 1〜2%前後 %前後というのは私の根拠のない推測です。 私は問題になっている軍関与とは広義に解釈し例えば日本軍が県民の食糧を奪った 結果県民が飢えて病死した等も関与にあたると考えたいのです。 米軍による死亡90%も根拠はありませんが日本軍は首里決戦で重火器、砲弾を大消耗しており 米軍の放った砲弾に比較すると数十分の一です。 日米両軍から公平に住民に砲弾が落ちてきたら上記のようになると考えた次第です。 又6月以降の南部に追い詰められた日本軍には銃弾や火器が少なく県民に大事な手榴弾を ホイホイと手渡したのかも疑問があります。 正確な数字をつかむ事は無理でしょうが大きなつかみとして何割が米軍砲火による死亡か 何割が日本軍砲火による誤射なのかをハッキリとしていただきたいと考えます。 本来は国や県が究明すべきと思いますが、、、、。 沖縄県民を一番殺した(正確には殺傷した)のは間違いなく米軍です。 次に今回の集会についてですが、、、、。 沖縄少女輪姦事件のときに主催者側8万5千人に対し5万8千人と発表して抗議されたから というのですが?。 沖縄県警は誰に遠慮しているのか? 県民か? ちがう。 自民党か? ちがう。 左翼勢力か? 少しあるだろう。 米軍か? 大当たりではないだろうか? 沖縄では旧日本軍が悪魔的集団だったと思い込む事が米軍公認の「歴史認識」かもしれない。 そういえばアメリカ帰りの太田前知事などアメリカで創られた政治家だったかもしれない。 しかし今の沖縄には旧日本軍は存在しない、自衛隊も旧軍同様一時は嫌われていたが 地元県民を優先採用し自衛隊の拒否反応は収まった。 やはり沖縄の一番の矛盾点は米軍との共存なのだ。 前回の少女暴行事件の時は真の敵である米軍人の卑劣さに沖縄県民が怒り大きな参加者会合となった。 しかし、今回は米軍への恨み節は無かった。 私の推測では沖縄の米軍はタダで楽に生活できるから沖縄を離れないのである。 フィリピンやトルコのように住民が玉子やゴミを米軍フェンスに投げつければ米軍はグアムか岩国か 横田に移転(逃げ出す)する用意は出来ている。 米軍が岩国に一部移転するだけでも不景気顔する沖縄県民もいる。 実際、中国からも米空軍は撤退するように請願(恫喝?)されているらしい。 でも今の沖縄の人達は米軍に頼っている比重が大きく感情的にはともかく本気で米軍に出て 行かれると困るという地主や商業者、労働者が多いと思われる。 米軍を刺激しないような史上最大の県民集会等はホップのない擬似ビールと同じだ。 (沖縄の皆さんえらそうに書いてすみません) こうした意味では米軍批判抜きで前回結集を超えようとした戦略の企画段階で大本営的なサヨク の敗北は目に見えていたのではないだろうか? いやサヨクはどうでもよかった。 問題は沖縄の人の心だ。 沖縄県民もスローガンや政治闘争や島の空気ではなく無く個人として歴史を勉強する時期に 来てるのではないでしょうか? 私はこう思います。 たしかに県土が戦場がなり大変でした。 でもこの時期、本土も原爆や空襲で沖縄県民の6倍以上の方が犠牲になられています。 昔沖縄に配備された日本軍兵士の99%は善良でした。 (昔から日本には悪魔はいません) 80%以上の兵士が無くなり、人としての従軍義務を完璧に果たしました。 命を棄ててまで沖縄と国に尽くした人達(兵士)を沖縄県民といえども愚弄する事は人として 冷酷非情ではないでしょうか? たしかに関西弁を喋っていた悪い兵士はいたと思いますが100名前後かそれ以下でしょう。 沖縄救援にむかった戦艦大和以下海軍兵士への感謝が沖縄にはありません。 (本土もあまり感謝はないか?) あとサイパン島でもバンザイクリフから飛び降りて死んだ数千人の日本人犠牲者(玉砕者)のうち 沖縄からの移住民は半数以上いたと聞ききますがこれも今の沖縄でも日本国中で話題とか 問題にもならないようです。 規模はこちらの方が1千人の数倍規模のはずですがどうしてでしょう?。 沖縄の皆さんいっしょに自分の認識でゼロベースから歴史を勉強しましょう。
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沖縄のyoneです。
私も県民集会に参加し、当日主催者がマイクで流した11万人の参加を信じた一人です。その後の論争で、自分自身で確かめにいきましたが、やはり11万が収まる場所ではありませんでした。ご指摘を受けることは沖縄県民として寂しさを感じます。・・・
話変わってご質問ですが、戦争の被害以外に28年間もアメリカ軍の統治下に置かれたことにより現在の沖縄の矛盾が生まれたと私は考えますが、その辺についてはどう思いますか。
2007/11/2(金) 午後 11:58 [ kushinakayone ]
ankozundaさん、コメントありがとうございます。
NHKのクローズアップ現代は私も女性キャスターも番組も以前は好きだったんですが最近は見ないようにしています。
私も沖縄戦末期には個人商店化した日本兵に命や金品食料を奪われた人はいると思います。 私の母は終戦時鹿児島におり小5でしたが終戦後、間際吹上浜配備の全滅予定部隊の士気は低下の一方で脱走や、百姓の家からの盗み、母子家庭に入ってきて「飯炊いてくれ!」とか
居座られ怖い思いをしたと聞かされた事があります。
沖縄戦の証言者も生存されている方は当時小学生前後で日本の兵隊さんもコワく映ったと思います。
2007/11/3(土) 午後 5:35
yoneさん、私が今考えているとりとめのない文書ですいません。
沖縄の方を誹謗しょうという目的では書いておりません。
沖縄問題を歴史的に考えると敗戦時に先帝(昭和天皇)がマッカーサーやGHQシーボルト外交局長に外務省の寺崎某を通じて「沖縄を長期的に軍事占領し続けて欲しい」と言った事が大きいと思います。
そういう意味では終戦後日本に見捨てられたのが正解かもしれません。 米軍の長期占領が沖縄県民に与えた部分(矛盾)は多々あると
は思いますが、、、、私は復帰後、一応自由となった後更に沖縄県民全体が女性化(子供を厳しく鍛えない)としたというか、若い男性の元気があまり感じられないのが気になります。自分の可能性や限界を試す為にもyoneさんのように県外でいろいろチャレンジすべきと考えてしまうのですが、、、。 一例で答えにはならないかもしれませんが、最近沖縄では若い女優さんが次々と有名になっていますが男優は寡聞にして聞きません。 yoneさんの質問の回答にはなってませんね(笑)。
2007/11/3(土) 午後 6:20
たしかに女優さんは頑張っていますね。男優では言いつらいのですが、最近、羽賀ケンジさんが世間に注目されていました。・・・
戦争の被害については、全体から見れば小さなものかも知れません。しかし、28年という年月や、現在にいたるまで基地が存在することによる矛盾(若い男性の元気がない。)は、数字で表すこの出来ない被害であるように感じます。
2007/11/4(日) 午前 11:33 [ kushinakayone ]
失礼しました。
若い男性も音楽では大活躍していますね。
ケンジ氏のバイキングレストランには昼に一度行きました。
ケンジ氏も幼少の頃母親とともにかなり苦労したと聞きますが、貧乏に生まれたから金持から金品を騙し取っても許されるとか、、、許さされざる行為です。 日本全体が失敗(受験、未就職、離婚、破産)
を恐れ、失敗した人に冷たい対応をとっている様に思えます。 失敗から立直るには本人の努力があってこそですが、、、敗者復活戦への教育・思想・哲学がどうもこの国から消えうせていくように思えるのです。 安部総理の再チャレンジ支援策には意義があったと思います
。働かない人と働けない人は国も区別すべきと思います。
2007/11/4(日) 午後 5:39
う〜ん、いろいろ書きたいのですが・・・。やめておきましょう。ただ負け戦というものは醜さがクローズアップされるものです。勝ち戦ならどんな悲劇も美談になってしまいます。ありえない話ですが沖縄戦に勝利していれば、また違った評価になったことでしょう・・・。
沖縄から米軍基地がなくなる日は当分来ないでしょうね。彼らの視点で見れば沖縄獲得のために大量の米兵の血が流されているわけですから。その収支が合うまで沖縄に米軍は居続けるでしょう。
2007/11/4(日) 午後 10:16
こんにちは(^o^)丿
抗議集会の写真で一人一人数えた数は1万3千人だったそうです。また日本軍が手榴弾を渡したのではなく、徴兵制が沖縄では遅れたために自主的に自衛団をつくり手榴弾は当事、役所から配られて持っていたものを自決用に使用したもので軍には手渡すなどそんなヒマはなかった!
2007/11/5(月) 午後 5:28
SACさん海兵隊は常にリストラされそうな軍隊で最近も米国内で不要論があるようです。海兵隊という組織内では日本の位置は確かに最重要です。在韓米軍、在日米軍ともに4万名ずついるそうですが韓国には海兵隊はほとんど存在せず日本は半分の2万名いるようです。
でも戦時中一番日本兵に対し残虐非道な軍隊は海兵隊で現在も日本で事件をおこすのは海兵隊がほとんどです。もちろん海兵隊から日本を出て行く事はないでしょうが、日本としては海兵隊こそ追い出さないといけないと考えます。 彼らの隊内教育の中にも日本を蔑視した部分が今でもあるんじゃないでしょうか? 実際、米海空軍がいれば海兵隊は日本からみて不用と思います。
2007/11/6(火) 午後 4:43
桜酒さん、こんにちは
これですか
http://www.nikaidou.com/2007/10/post_640.html
でもコンサート会場ではありませんからノンポリで見物がてら来た人や無料ジュースを飲みに来た人や散歩がてら来た人もいますいし、10分で帰った人もいると思うので累積すれば2万人以上いたかも
知れませんね。 警察側の発表数が今もないのが本当の問題と思います。 日本軍の手榴弾は不発が多く炸薬も57グラムと少なくこれで
車座になって10人前後も一発で自決できるものではないと思います。 1個で一人自決がやっとでしょう。
2007/11/6(火) 午後 5:07
こいつら、馬鹿には、小林よしのりの「戦争論」を読むことをオススメする。
弾薬を要求した役場職員に、軍は拒否して弾薬を渡さなかった。しかし、その夜に職員らが集団自決をやってしまった。
つまり、軍が弾薬を渡さなかったことは、軍は望んでいなかったということである。
早く洗脳キャップをとれ、沖縄!
2007/11/7(水) 午前 0:46 [ mtj*we*t021* ]
山口さん、私は右も左も己の間違いを知りつつも認めない処や、思想敵への容赦ない攻撃などに同根的なものを感じています。
私は悪い部分は悪かったと認めるべきと思います。
現在も沖縄県人が皆、馬鹿でサヨクとは思っておりません。
もしかして、こいつらって私の事ですかね?
小林先生も我が同郷の方でわかり易い右傾保守論を張られていますが
私は100%支持できません。 全く読まないよりは読んだ方がいいと思いますが、、。
2007/11/7(水) 午前 7:52
この問題に関しては門外漢なんで大したコメントはできませんが、物凄く難しいですよね。人数が過大だったのは確かだし、左派系の人のやりすぎはあったと思います。その一方で日本唯一の地上戦の部隊になった沖縄県民の怒りも確かだと思います。それでも歴史と言うものを検証するためには情をはさむことは許されない。。。うーん、気の利いたコメントを書くつもりが物凄く中途半端になりました。ごめんなさい。僕の中では沖縄戦に関する結論はしばらく出そうもないです。
2007/11/9(金) 午前 1:01
追伸 小林よしのりさんの『戦争論』に関しては、歴史の検証に一石を投じたとは思いますが、僕も支持はできないです。特に日本軍の戦いぶりに関する分析はあまりにも稚拙で感情的ですから。最初に結論ありきなのは、極左、極右ともに同じですね。以前書いた記事をTBさせていただきます。
2007/11/9(金) 午前 1:04
migさん、日本軍の住民強制自決等の軍命令書はありません。
でも広義でなくても県民への「軍関与」は多くありました。
勤皇隊や「ひめゆり部隊」等沖縄県民を軍が戦力に吸収したわけですから「関与は無かった」と白々しい事はいえません。
ただ今でも米軍より旧日本軍を悪く語る風潮は如何なものかなと思ったしだいです。 現地32軍の内部に沖縄出身の高官が少数でもいたら現在の県民思想も変わったと思うのですが。
戦後については沖縄タイムスという会社が旧軍=悪魔のイメージを植えつけた事は確かと思います。
2007/11/9(金) 午前 7:54
全く貴殿の意見に同意です。長年ずっとそう思っていました。短時間で10万の女子供老人が死亡するなど近代戦で考えられません。米軍が意図的に機銃の的にでもして弱者殺害したと考えられます。米軍、特に海兵隊は日本人など人類ではないと考え意図的に殺害したのだろうと思います。正義づらした米兵が住民を助けるフィルムが多数TVなどで放映されますがやらせに違いありません。 沖縄戦末期に日本軍が手榴弾を住民に支給するのはどうも考えにくい。私なら白兵戦に極めて有効な貴重な手榴弾は米軍との戦闘に持っておきたい。
2007/11/11(日) 午前 11:29 [ たけし ]
貴ブログの冷静な視点は、とても新鮮で参考になりました。私のお気に入りに登録させて頂きました。私のブログは貴ブログに比べると感情過多で恥ずかしいのですが、「手榴弾」に関して、貴ブログと接点があるように思われ、恐縮と存じましたが、トラックバックさせて頂きました。よろしくお願い致します。ミケ
2007/11/11(日) 午後 6:05
タケシさん、日本軍や嶋田知事は不十分ながら可能な限り県民の疎開避難には気配りしてますよね。
私の想像に過ぎませんが海兵隊については離島ではもちろんマリアナ諸島や沖縄の一般邦人には間違いなく危害を加えていると思います。
カスター将軍の死でスー族を絶滅し、アラモの砦の復讐でメキシコ、スペイン、フィリピンで虐殺を働き、沖縄ではバックナー中将の死を
機に住民にも容赦ない砲火を浴びせたと思うのです。 9.11テロ事件でもアフガン、イラクに対しても軍事侵攻しました。
クゥエートやサウジがアルカイダの温床だったのですが、、、。
2007/11/11(日) 午後 9:12
mikeさんコメント登録ありがとうございます。
私の方も御邪魔させていただきます。
貴重な手榴弾がそんなにあまってたのでしょうか。
2007/11/11(日) 午後 10:19
まず検討しなければならないのが当時の事情でしょう。
そもそも日本陸軍は、明治期より肉迫突撃戦を基本戦術としました。
それは日本が貧乏で財政的に厳しく、また工業化が遅れていた事にも起因します。
私の父は職業軍人で第14軍所属、ミンダナオ島配備ですが、当時内地からの
召集補充兵は武装を持たず現地調達が基本、また食糧、量末も同様だったそうです。
また、第一線戦部隊が捕虜を取ることはまずありません。
作戦行動は、各部隊が連動しており各部隊長も目標到達をすべく行動しています。
ゆえに第一線戦部隊にたいして手をあげて降伏するという事は不可能ということです。
また当時の内地(※1)に住む人が沖縄の方を日本人と評価していたかも疑問が残ります。
結果批判されるべきは施政者、当時は軍人ですので日本軍が関与していたとなります。
また米国も批判の対象にならざるをえません。
沖縄戦を断片的に捉える事なく総合的な評価を望みます。
※1 当時も現在も内地と言われる所
2007/11/26(月) 午後 0:36 [ JABBA ]
jabbaさん気づくのが遅れました。
的確な論評はさすがと感じます。
日本軍は大正時代までは捕虜をとる軍隊だったと思います。
又敵軍に合わせた火力も準備して闘いに臨んでいたように思えます。
肉攻もありましたが上海戦では第一次大戦の経験も無いのにドイツ式の塹壕やトーチカを浸透戦術で抜いています。
(米軍には通用しませんでしたが)
昭和期からの中国との闘いで互いに捕虜を処分するようになった
ような気がします。 昭和に移り武士道、武士道と声高になりながら
も徳・仁が消えていったように思います。
ご指摘の通り米軍が解放者として沖縄県民を日本の軍政圧政から救ってくれたとする史観はとんでもないと考えます。
結論はサンフランシスコ条約以後〜現代まで日本全土が米軍から独立
出来てないと思えるのです。
2008/2/4(月) 午前 11:42