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今回大雪山系のトムラウシ山で多くの登山者が亡くなられました。 私は登山の目的は貴重な高山植物の鑑賞か「日本百名山」めあての 山行が大半の登山者の目的であったろうと思いました。 ↓会社の先輩からいただき今でも我が家にある百名山タペストリー(暖簾)です。 私は現在52歳になりますが30代の頃は日本百名山に選定された ブランド信仰に侵され真面目に登っていた時期がありました。 結果は結婚や子供の養育、仕事の転勤等で登山への情熱も少し冷め 百名山も富士、北岳、槍ヶ岳、穂高、剱岳等行き易い処にだけ22座 程行って中断した状態になっています。 今年、映画で有名になった剱岳は夏山でも頂上付近は登りも下りも 足場がわかり難い難所がありいきなりの単独登山は大変危険です。 私が山をはじめた25年程前はくじゅう山や宝満山等に行けば登山者は 大学の山岳部やワンゲル部が多く中高年は余り高山には姿を 見かけませんでしたが最近は中高年でも特に女性登山者が 増えているように思えます。 昔は山の初心者は登山靴や雨具等の装備を見ればある程度の 「経験値」を見抜けましたが最近は中高年の山の初心者でも 派手なウェアや良い装備(軽量、防水)でいきなり山登り されますので六十代の女性等を山でお見かけしてもこの道 30年位の方に見えることも有りパッと見ではわからなくなりました。 ある売れない作家?がそれこそ独断と偏見で選定した「日本百名山」 ですが10年位前からNHKのBS放送などで放送されて百名山を真面目に 目ざす登山者はかなり(数万人)いるものと予想されます。 わたしも30代の頃100名山の山行のシュミレーションを行いましたが サラリーマンなので連休利用等の不定期に登り続けて最短でも約7年 で延べ山行日数220日、総費用400万円以上というものでした。 特に遠方の屋久島や北海道、南アルプスに点在する百名山の登山には 思いのほか時間と金と体力が必要とされます。 近場の山は個人や仲間と車で登山口等に行けても北海道や屋久島 となると困難でついツアー会社主催のツアーに参加する選択肢も あると思います。 私は登山ツアーに参加した事はありませんが参加したツアー登山者の 経験値、体力、性格?が異なると統一した歩調は無理で特に体力の無い人が 他の客やガイドに迷惑をかけないようにと無理がたたり結果的に 早くバテテしまい最終的に他のツアー客にも迷惑をかける場合が 多いように推察します。 このような「百名山信仰」熱を見込んだ登山ツアーも増えており その意味では今回の大遭難事件が起こっても百名山を中心とした 中高年の登山者は減らないと思いますが何れは登山やスキューバ ダイビング等はお節介な監督省庁から何らかの規制が出てくるような気がします。 (深田)日本百名山信仰者の欲(願望)とその欲を金儲けの手段とし
生業化しても恥じない登山ツアー会社には疑念を感じます。 登山者は遭難死したらお終い、ツアー会社は遭難死させたら会社は倒産 その後の裁判で懲役までつく場合もあるのですから。。。。 |

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ほっきょくせいに ついて すこし うえの ほうに
あるので
2009/7/20(月) 午前 9:52 [ はいぽじしょ ]
初めまして。僕も50歳を目前にしたものです。
百名山への憧れはあるものの、自分の力量を見極めながら楽しい登山をこれからも続けていこうと思います。
2009/7/20(月) 午後 9:32
meet3152002・さん はじめまして
すいませんが私にはコメントの
意味がわかりません。
2009/7/22(水) 午前 7:51
YJさん はじめまして
山は逃げませんが(中高年)登山者自身の体力、気力、
モチベーション、経済的余裕の低下からできるだけ早く
登ろうとする傾向が強いのではないでしょうか?
仰るように「自分の力量を見極める」事が大切だと思います。
これからも「無事に下山できる」安全は山登りを
継続されることを望みます。
2009/7/22(水) 午前 7:57
ハイキングと登山がごっちゃになってるんでしょうねぇ。
自然観賞の山歩きが目的でも、ちょっと天候が変わればサバイバルゲームになっちゃうワケで・・・
クライミンググッズ探しでたまに神保町の登山用品店に行きますが、「お年寄り」が沢山いるので不思議に感じてました。
来月、富士山の登山ツアーに参加するんですが、どんな感じになるのか、今からドキドキです。振り込んじゃったのでもうキャンセルも出来ないから、日々豆に歩く練習をしてます。
2009/7/24(金) 午前 7:43
おまつさん こんばんは
富士山に登られるのですか、私は30歳の頃無謀に徹夜で山小屋
にも泊まらず登りましたが朝方山頂では体調は絶不調でした。
7から8合目の山小屋に一泊して高度順化するのが良いでしょうね。
夜の登山道での流星は全然途絶えず綺麗で飽きませんでした。
2009/7/25(土) 午後 8:46
私は北アルプスの麓に住んでいます。昨日(26日)日帰りで燕岳に行きました。合戦小屋まで来たら大雨の為引き返しました。しかし遠方からお金と時間をかけてきた方はほとんど登って行きました。特に東京からきたある高校生15人の生徒達は遅くに登られテント泊のようでした。あの雨の中テント泊は無理とは思いましたがどうしたでしょう?その他軽装の人も見受けられました。気をつけたいものです。
2009/7/27(月) 午後 2:04 [ 黒兵衛 ]
kur**55beさん コメントありがとうございます。
素敵な場所に住まわれてるんで羨ましいです。
トムラウシで遭難された方も死亡された方は防水、防寒具が
ゴアテックス雨具等では無い人が多かったようですね。
私も年なので今後は危険な登山はしないと思ってますが
低山でも恥をかかぬように歩きたいと思います。
2009/7/27(月) 午後 10:50
二瀬の山ちゃん
65歳昭和36年より母の故郷久住で登山を開始、筑豊の山岳部所属で
昭和60年代まで山行きを行い、同会複数の仲間を失う。
高齢者に望む事 自分の体力と技術の過程を検証する事
単独行きも好い、しかし、年齢的に40歳まで、冬山の怖さを知る
猛吹雪で視界ゼロに等しい・風速40Mを超え、気温氷点下30度
胸までの雪かき、1時間に僅かの移動距離 背負った荷物40キロ以上
の最低限度の重さで移動する。
●山での高齢者は40歳以上を指す、40キロの荷物を背負って最低
30キロ走破できる体力・高さ1500Mの上り下り・
風速30メートル 氷点下20でのテント訓練をして体力を知る。
2010/1/5(火) 午前 4:34 [ oki ]
二瀬の山ちゃん 全国の古い山の仲間へ
昭和35年〜昭和50年代一番若者が山に登っていた時代ですね、
この時代は30歳前後を中心とする、学生山岳部・職域山岳部の活動の
活発な時代でこの地筑豊より夏は北アルプスへ・冬は鳥取大山に
入山していました、この時代若くして登られていた方は私と同じ
65歳前後の方々です。全国の山小屋で語らい多くの親しい山の仲間に
より、無事今日を迎えています。体力的にも難しく、
時折九重の星生温泉につかり三俣山をみて古き良き時代を思い
一人で坊がつる讃歌を歌っています。
全国の古い山の仲間へ素晴らしき人生の思いでを有難う。
2010/1/5(火) 午後 5:28 [ oki ]
二瀬の山ちゃん okiさん コメントありがとうございます。
古き良き時代の岳人さん猛者でいらしゃるんですね。
私は会には入らず個人や友人同士で夏山中心に気楽に登ってました。 30代前半の粋の良い時代でも20キロ以下に押さえて軽量化に徹してましたが20キロ担いで初日2時間も歩くと肩が痺れて大変な状態で他人に遅れをとってました。(汗
坊がつるには私も何度もテント設営して飲んでました。
これからも御歳と体力に応じた山歩きをされてください。
2010/1/5(火) 午後 11:29