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図書館で山口宗之教授の「真木和泉」を探してましたが見つからず 替りに借りてしまった本です。 近代史や戦史を読んでますと「平泉学派」とか「皇国史観」とかいう言葉が出てきますが 戦前の「皇国史観」を押しつけた代表者が東大国史学科教授の 平泉澄(きよし)氏です。 戦前・戦中は陸海軍とも強い繋がりを持ち、戦争を鼓舞し、戦局が傾くと、特攻兵器の 開発にも関与し、戦前テロや終戦の宮城クーデターにも影響を及ぼしたとされる人物です。 私はこの人物を正直ヘンな思想家という程度にしか知りませんでしたが この著書でかなり人物像が見えてきました。 著者は伝記にありがちなベタ褒めでも批判書でもなく淡々と第三者的に書きすすめます。 逆にその中立性が読み難いのですが、平泉澄と各界の人物との交流は面白くもあります。 ●羽仁五郎 同じ洋行帰りで左翼思想の東大文学部史学科の羽仁五郎に平泉はライバル心 を持つが羽仁の前に「言葉」や「論理」では勝てなかった。 ちなみに当時の東大の他の歴史学者は羽仁同様に殆どが左翼系だったとか。 ●昭和天皇 平泉は「皇国史観」の提唱者でもあり昭和天皇に忠誠を誓っていたかというと そうでもなく昭和天皇への歴史講義ではわざわざ南北朝の故事などを持ち出し 暗に北朝が正統で南朝系の昭和天皇は実は正統ではないというような事まで講義した。 もちろん昭和天皇は不快感を示したという。 (平泉は何故昭和天皇に対決姿勢をとったのか? 天皇が従順にならないと未だ軍人テロが続き天皇の命も・・・と脅したかったのか?) ●人間魚雷回天 黒木博司大尉 人間魚雷回天の開発に強く関わった黒木大尉(仁科中尉とともに有名)は平泉に師事し 全文血文字の特攻兵器(人間魚雷)の開発要請文書を提出たとしています。 黒木大尉自身は人間魚雷の操縦は下手で訓練中に殉職しますが他の多くの隊員が 「黒木に続け!」実戦に参加し損害ばかり多く効果の少ない作戦にが終戦まで 続けられました。
●阿南陸軍大臣、竹下正彦中佐 阿南大臣らかなりのエリート軍人が平泉を傾聴しており終戦時の 宮城クーデーターとの多少の関わりには触れてるが詳しい事は書かれてません。 終戦前に陸軍省を訪れ軽挙妄動を慎むように諭したとのことですが真相は? 阿南大臣の息子さんが戦後、靖国神社の神主になったりしてますが阿南家と平泉の 関係は戦後も続いたのか? ●終戦にあたっては東大から他の左翼系教授があざ笑う中リヤカーに本を積み 東大の赤門から潔く故郷の福井県に立去ったとの事ですが実は皇太子や皇族を 匿うための東京からの退避かもしれないとしています。 たしかに源田実等は終戦後にお粗末な皇統護持計画を実行に移しますが。。。 他にも多くの皇族との関わりや731部隊で有名な石井中将との関わりも帰されています。 以上 とりとめもなく感想を記しましたが平泉澄氏は戦前戦中、大物政治家、エリート軍人、 皇族、を操った恐ろしい人物であると思いました。 また明治の軍人に比べ昭和期の軍人は赤化思想〜極右思想は言うに及ばず トンデモ系の宗教に嵌った人達が何故多いのかと不思議に思いました。 |

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