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NHKの「坂の上の雲」でモッくんが演じている日本海開戦での勝利の立役者 の一人である秋山真之参謀(当時は中佐)なんですが、日露戦争が終わると かなり悲惨な晩年なんですね。 日本海海戦の当時の年齢37歳、その後中将まで昇進し49歳の若さで 没するんですが秋山真之の晩年はどの伝記でも戦史本でもサラッと走馬灯の ように駆け巡って若くして亡くなったという表現や描写が多いですね。 秋山参謀は若い頃から不潔で少し変人っぽく奇行も多く行儀も悪かったのですが (ですからモッくんはミスキャストですね。) 日露戦争当時はあらゆる合理性を求めて戦争に勝つことに没頭しました。 「何所へ行って見ても、半歳か一年経つ中に、 自分の方が偉く思われて来て仕方がない。」 秋山参謀は基本的には↑のような唯我独尊の考えの持ち主のようでした。 でも戦後は何を思い何を追い求めたのかドンドン変わっていきます。 神秘主義や宗教にのめり込むんですね。 頭がイイので最初は宗教や宗教人よりも「自分が偉い!」と 勘違いというか軽く考えたのかしれません。 この当時天才と言われた人もたしかに変人が多いようでした。 天才発明家エジソンは子供時代に池で溺れ死んだ親友を助けずに、ずっと見ていたし、 晩年に一番凝って研究したのは「死後の世界とも話せる電話」だったそうです。 シャーロック・ホームズで有名な作家コナン・ドイルも死後の世界や異界にずっと 憧れを抱いてました。 秋山真之の場合は日露戦後は科学よりも霊力に強く関心をしめしキリスト教、神道、仏教、 大本教と外側から色々な宗教を探りますが今ひとつ宗教の胡散臭さも感じたのか 皆正式には入信してないととの噂もあるそうですが宗教オタクというかマニアだったのは 確かなようです。 最後は宗教にハマり通常の業務にも支障をきたしたとか最後は狂人同様だったとの話も出てきます。 後輩の海軍軍人の多くを誘って大本教に入信させ、その後の出口王仁三郎と日本海軍の 関係を強めた人物とも噂されるんですね。 オウム真理教の信者じゃありませんがその宗教教団から抜けても また何か他の宗教を探して接近し虜(とりこ)となるパターンですね。 致命的なのは化学合理性を重んじた日本海軍の参謀経験者であるにも 関わらず自身の病気「盲腸炎」の手術を断り続け、たぶん手術すれば 助かる確率が高かったと思われるものの、何を考えたか宗教の力というか 祈祷で治そうとして・・・もちろん治らずに49歳でなくなります。 秋山の賢さを真似た後輩となる昭和期の海軍大学を出た佐官クラスの参謀達も 日米戦争の後半となるや正気な理性の持ち主なはずなのに 「天佑を確信し・・・」 「断じて敢行すれば鬼神もこれを避く・・・」 とか神がかって精神万能主義に傾倒してしまうのですけどね。。。 |

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何故か秋山兄弟についてはいいイメージを持ってないので…
全くコメントできません…
単なるワタシの直観的イメージで好きじゃ無い…もちろん会ったことも無いのですが(笑)
2011/1/10(月) 午後 11:14 [ ルゴス5号 ]
>神がかって精神万能主義に傾倒・・・
そんなにマトモに考えることはないんじゃないでしょうか。
負け戦は、そうとでも思わなければ「やっとられん」と言ったところでしょう。
一隻の軍艦でも、チームで動いています。
「オラやめた!」と、脱走も降伏もできません。
2011/1/10(月) 午後 11:24
ルゴスさん
私も秋山兄妹の事はそれ程詳しくはありませんが
兄の方が生涯を通じてまともな人だったと思います。
明治の参謀が賢くて昭和の参謀が馬鹿だったとか
いいますがどちらも日本人なので似たり寄ったり
じゃないかなと思います。
2011/1/11(火) 午前 7:27
たつやさん
コメントありがとうございます。
マトモというより気楽に考えてます。(笑
軍人は一般人より死に近い場所にいますから
死後や宗教の事を個人的に考える機会も
多かったと思います。
1隻の軍艦はたしかにチームですが陸戦以上に単艦では艦長、
艦隊では提督(実際は参謀)に左右されたと思います。
少なくとも機関科の将兵は今でもそう思ってるのでは。。。
2011/1/11(火) 午前 7:32
栗田艦隊ですか・・・・・。
2011/1/11(火) 午前 9:53
この話聞いたら、もっくんが演じるの可哀想な気がしますね。
坂の上の雲の秋山兄弟は、日本を救った大英雄になっていますよね。間違いは無いのでしょうが、、、
兄貴の秋山好古は、中学校の校長が最後でしたかね。
真之が、盲腸の手術を断って、死んだことは知りませんでした。
2011/1/11(火) 午後 8:48 [ 陸かめ ]
たつやさん
またコメント遅れました。
栗田さんも普段は威勢がいいのですが敵に向かって突進するふりをしつつ実際は敵から遠ざかる熟練の逃げ上手提督ですが、反面超自愛に富み、多少は部下思いでもあったようですから栗田艦隊の乗員は提督のおかげで助かったと思う人もいらっしゃるのではないでしょうか。
西村提督の西村艦隊の乗員は栗田艦隊以上に過酷な運命ですね。
乗艦が沈没した後の漂流中に米艦から機銃掃射ですから。
戦艦扶桑など乗員千名以上乗ってて生存者ゼロですが普通に考えて
ありえませんよね。 すいません話が飛びました。
2011/1/12(水) 午後 6:27
陸かめさん
こんばんは
たしかに日露戦争当時は兄弟揃って日本の英雄だったと思います。
真之さんは海戦やその後の爆沈事故で仲間や部下が多く死んだので
考える処が多々あったのでしょうが軍人辞めてからの個人研究や転進でも良かったと思うのですけどね。
今時でも自衛隊の幹部や将軍が部下に「お前の過去はだなぁ〜」とか
江原さんのような事をまじめな顔して喋りだすと部下も困りますよね。(笑
2011/1/12(水) 午後 6:33
関ヶ原に遅参した秀忠は、家康にきついお灸を据えられた。
「なんで、反転したのですか?」
栗田「二晩寝てなかったもので・・」と言ったとか。
囮空母と武蔵・愛宕沈めて、
遅参どころか、敵前逃亡罪じゃん。
よくまあ、ご無事で・・・。
西村艦隊、可哀想す。
2011/1/12(水) 午後 7:59
たつやさん こんばんは
秀忠は大阪の陣は関が原のトラウマで特急で行軍したようですね。
そうなんですよね、栗田の「自分と部下可愛さ」もわからない訳でな
ないんですが、空母全滅、西村艦隊全滅、神風特攻の他人の尊い犠牲だらけの支援まで受けての反転ですから「疲れたとか頭が混乱した」とかは言い訳にしちゃいけませんよね。
栗田さんの変りに西村さんを主力艦隊に指名しとけば
戦果はわかりませんがかならずレイテ湾に到達しマッカーサー目がけて砲撃してくれたと思います。
2011/1/14(金) 午後 7:48
ランダムで遊びに来ました。
出口王仁三郎について書きました。。。
よかったら遊びに来てください。
2011/7/2(土) 午前 2:41 [ 桜 ]
桜さん
全て読ませてもらいました。
私は予言というものはあまり信じませんが
大正昭和は面白いというか
変った軍人や宗教家が多いですね。
大本の弾圧については興味を持ってますので
また寄らせてもらいます。
2011/7/2(土) 午前 7:17