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著者の佐山二郎さんは抜きんでた旧陸軍の火砲の研究家だそうです。 知ってる人は知ってますが佐山さんの本はどうでもいいような 詳しい事や貴重な写真や図面は豊富ですけれど、 読み手が知りたい事があまりかかれていないのか? 何故か触れずにスルーされてる一方通行的な内容が持ち味です。 (どの著書もその共通性を感じます) この本はそんな佐山先生が著した本ですから日本陸軍の 迫撃砲や噴進砲(ロケット砲)が多数でてきますが 以下のような読者の疑問にはほとんど答えていません。 ■ どの大砲がどの時期にどのくらい活躍したのか? ■ 前線の日本部隊は迫撃砲を有用と考えて評価していたのか? 有用と評価されたと仮定して何故大量配備されなかっのか? ■ 日本の迫撃砲や噴進砲は米軍からどう評価されたのか? ■ 何故歩兵中心の日本陸軍が歩兵携行武器である対戦車兵器 の開発に遅れをとったのか? 私もいつか日本軍と迫撃砲の記事を書いてみたいと 思ってましたが・・・・・・・・・実は日本軍は世界の列強の中で 唯一というか一番、迫撃砲を大量には使用しなかった国でした。 もちろん佐山さんも日本軍が日露戦争で打上げ花火のような 原始的・迫撃砲を現場の前線で製作したとか細かいウンチクが かかれてますが第二次大戦で日本軍が迫撃砲を世界列強の 中で唯一軽視した事は書かれていません。 九四式軽迫撃砲や九七式曲射歩兵砲など種類は多くあるのですが 日本陸軍は八九式重擲弾筒とおもちゃのような九二式歩兵砲を 既に採用していたのでこれらの迫撃砲は量的に前線に 行き渡らなかったように思えます。 迫撃砲が陸軍上層部に何故嫌われたか?というと 1分間に30発以上、砲弾を発射できる事を利点と考えず 砲弾の浪費と考えたことと、九二式歩兵砲より若干ですが 射程が短いのが気に入らなかったからでしょうか。 でも迫撃砲には利点があったからこそ日本以外の 世界の陸軍は迫撃砲に注目したのでした。 一分間に敵に発射音を気づかれることなく30発以上も 砲弾を降らせる事ができる面制圧兵器です。 九七式曲射歩兵砲などがあればガダルカナル島や ブーゲンビル島での突撃は一部は成功していかかもしれませんよ。 (さすがに1950年代になると2.3発も撃つとレーダー等で発射場所が 特定できるようになりましたが) 事実、日本軍に一度も勝てなかった中国軍が朝鮮戦争では 天下無敵の米軍を相手に迫撃砲と大型手榴弾と小銃(一部サブマシンガン) のみで38度戦までおしかえしていますからね。 命を惜しまない人海戦術とも呼ばれましたが、夜間機動した中国軍の 迫撃砲が米軍の迫って猛射するなど一番活躍してるはずです。 昭和12年のシナ事変当時から日本軍兵士がシナ軍の何処から撃ったか わからない迫撃砲弾が近づくとヒュル〜ヒュル〜と音がして一番 怖かったと〜回想をよくのこしてますが、弾惜しみの参謀本部には 前線の将兵に精神力と大和魂の発揮を文書で強要する方が簡単で どうも伝わらなかったようです。 太平洋戦で日本軍の迫撃砲が一番活躍したのはたぶん硫黄島でしょう。 迫撃砲でないと短時間であれだけの米兵を斃すのは困難 だったと思いいます。 (硫黄島の米軍死傷者3万人) 沖縄戦にはあまり迫撃砲は廻りませんでした。 日本軍も戦争の終盤急遽大型の二式12センチの大型迫撃砲を 開発配備しますが九州や千葉など本土上陸戦の迎撃ように温存され 離島の島嶼戦や比島で活躍することなく結果的に 多数の米兵を喜ばせたのでした。 日本の迫撃砲と噴進砲・・・調べるとマダマダ裏がありそうです。 特にある程度、独逸より対戦車兵器の情報を得ていながらも あれだけ開発に時間を要し結局、本土決戦にも間に 合わないレベルだったのか。。。 用兵者、それとも技術者の怠慢。 戦前の日本を敗戦に追い込んだのは、政治家よりも 陸軍・海軍・東大だったという論がありますが、東大や 京大と日本の敗戦をうまく描いた本はないのだろうか? 専門性で禄を得ててるはずの専門家や学者が有事や危機の時、 今回の大震災や放射能災害にさして役に立たないし、一部有害な 主張まで繰りかえすT教授のような御仁をみるにつけ、偉いと 思われていた東大や京大の先生方が第二次大戦でどのように 頑張ったのか科学戦記というか技術戦記のようなものを誰かが 書いて欲しいと思います。 まあ、外国資料頼りで、実態は日本語通訳や勘違い訳が多く、 その怠慢故の責任からの他の転換や無責任スルーパス が多いだろうと想像はつくのですが。。。 日本ブログ村 散歩・ウォーキング人気ランキングに参加しています。 ミリオタとウォーキング関係ないじゃんとかいわずに ポチッと宜しくお願いいたします。 https://outdoor.blogmura.com/walking/index.html |

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こにちわーはじめまして(じゃないかもです、昔に有馬中将の記事にコメしたようなしてないような
) 迫撃砲…ふむ、弾の無駄使いになる ですかぁ(◎o◎)そんな考え方もあるのですな だから 歩兵砲とてき弾筒で通したのですね(≧ε≦) 迫撃砲 懐かしいっす 若いときに分解またわ結合搬送で懲罰(照準修正や据砲でタイムオーバーとか)で走らされまくりましたよよよ〜
2011/12/4(日) 午前 10:38 [ ひろし ]
ヒロシさん
コメントあるがとうございます。
擲弾筒にしても歩兵の玉はは小銃弾以外少なかった
ようですね。
旧軍の場合基本歩兵の手持ちが多いので
弾を運ぶ事が難しかったようですね。
世界一遅い発射速の重機でスコープつけて
狙撃までさせたのは旧軍くらいでしょうね。
もしかしてJ隊で捜査なさってたのですか。
もう一方Yahooブロガーで元迫撃砲の名手の方が
いらっしゃいますが。
私は元J隊の方に必ず質問する項目があるのですが、、、・。
64式小銃って名機?欠陥銃どちらんでしょうか?
宜しければ教えてください。
(無視されても構いません)
2011/12/5(月) 午前 7:28
え〜と(^O^)レス感謝いたします
ロクヨンが欠陥かどうかですかあ
ん〜 まあ よく言われてる 照星が倒れる とか 被筒がガタガタとか ですね ヒトウはともかく 照門照星が倒れるのは なんだかなあ〜 て 思うのですが 検閲や訓練で倒れてた記憶無いし 装弾不良云々も 無いし
娑婆に出てから娑婆のガンマニアで自衛隊と米軍が嫌いで共産国が好きな方に嫌味で「欠陥銃使ってる」と言われた事はあります 私自信は特に欠陥銃て認識は無かったですよ(^O^)
2011/12/5(月) 午後 7:16 [ ひろし ]
おはようございます。
回答どうもありがとうございます。
64式は専門家の評価も名機と欠陥銃
に別れており、その両極端さに私も気になってました。
今後89式が主流となり、64は歴史の中で
実線経験のないまま幻の名銃と消えいくのでしょうね。
再度ありがとうございます。
ソ連通の方には気をつけます。(笑
2011/12/6(火) 午前 7:15
1月25日午後の内緒さん
おはようございます。
自己解決で何よりです。
佐山さん海軍モノの単稿も書かれてたのですね。
2016/1/26(火) 午前 7:33