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涅槃までの14万歩!ハッピーリタイアできない100kmウォーカー
2017年11月にタイトル変更・・・中身は変わりません。 ぷらっとして行ってください。

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日本の近代戦史を紐解きますと以外にも味方の邪魔をし
結果的に利敵行為を働いたといいますか敵を助ける指揮官や
参謀が意外と多かったことにも気づかされるのですが時があます。
海軍では福留繁中将、陸軍では牟田口中将や瀬島参謀が有名ですが
今回は黒島亀人という海軍参謀であった軍人をみてみましょう。

簡単に申せば黒島という人物は周りからは仙人参謀とか変人参謀と
陰口を叩かれ人付き合いも下手ま人物でしたが山本五十六からは
可愛がられました。

山本五十六司令長官に寵愛され連合艦隊の主席参謀を長らく努め
真珠湾攻撃やミッドウェー海戦(MI作戦)プランを練り、山本長官戦死後は
特攻隊の編成準備を行った人として知られています。

では以下のセクション毎にどんな利敵行為であったのかを
見ていきましょうか?

支那事変当時
第二艦隊の参謀当時重巡洋艦から支那の陸上要塞などに来るべき
対米戦への超秘密兵器であった九一式徹甲弾を大量に発射しています。
九一式徹甲弾とは敵艦の手前に落下すると砲弾のキャップが外れ
平たくなった砲弾が水中を水面とほぼ平行にすすみ敵艦の水線下の
艦腹に命中するという門外不出の兵器でしたから、陸上の建物や
要塞に発射しても効果は薄く、支那経由で順同盟国であっった米国に
伝わる事を嫌った海軍砲術の権威、黛大佐より叱責されますが
変人らしく馬耳東風でした。
ちなみに黒島参謀は航空出身ではなく鉄砲屋(砲術出身)でしたか
九一式徹甲弾を敵地に発射する不利と爆発威力の
小ささは百も
承知していたはずですが。



真珠湾港の米空母他の索敵
真珠湾攻撃は米戦艦撃破に成功はしたものの肝心の強敵米空母
2隻が不在ながら2隻ともハワイ近海にいたのに何も索敵を行わず
戦火拡大に寄与しませんでした。
よく史家戦記作家ハワイの石油タンクや修理設備を攻撃すべきとの
第二次攻撃問題が戦後の今も議論されますが、私は近海の米空母
を索敵して攻撃する方が最重要であったと思います。
驚くべきは米空母の索敵を行わないどころか、ハワイ偵察にしても
真珠湾とラハイナ泊地の二箇所に攻撃直前に水上偵察機を飛ばして
敵戦艦の確認を行っただけで洋上索敵の基本となる扇型の散開索敵
は全く行いませんでした。
真珠湾に空母が在泊しないと判った後も索敵は行わず帰途に
ついてますが、そもそも黒島主席参謀の立案した基本計画が
米空母を撃ち漏らした後の事まで考えない
「米軍は休日は全艦が港で休む」という安易な思い込みを
前提にベストケースのみのシナリオだけを描いてたからなのでしょう。


インド洋作戦の無反省
実はミッドウェー以前にもインド洋海戦で英軍の爆撃機の
奇襲を受けたり、敵空母ハーミス発見による攻撃隊の発進準備、
魚雷と陸上攻撃用爆弾の交換でかなりもたついて危機的な状況が
あったのですがその改善策を講じないままに安易にミッドウェー作戦を
立案し敗戦プランを描きます。
また日本発の電探(レーダー)がミッドウェー作戦前に
完成してたのですが最前線の南雲艦隊の戦艦や旗艦の空母赤城に
装着せず、南雲艦隊の後方500キロを低速で走る旧式戦艦につけてます。
連合艦隊の主席参謀なる人物は念力とか光線には強い興味があった
ようですがレーダーには興味はなかったのです。



ミッドウェー作戦事前計画
日本に空母は大型空母6隻、小型空母3隻が使えたのに対し米国は
ミッドウェー島の基地航空部隊と空母3隻しか出せない状況でしたが
黒島の多配層・分進合撃プランで主力となる南雲機動部隊には空母4隻となり
米空母と基地機の合計330余機より少ない260余機で望む事となり
日本軍の絶対優勢状態は当初から確保できないままに臨む事とります。



ミッドウェー索敵計画の無策
海戦当日、南雲機動部隊はミッドウェー島への攻撃とは別に
米空母が潜在すると思われる洋上を偵察機7機で180度の方位角度で索敵
してますが、お粗末なのは巡洋艦の零式水上偵察機と空母の艦上攻撃機が
混在して使用されています。
本来なら一秒でも早く正確に敵を発見するため全機を艦上攻撃機で充てる
べきなのですが艦上攻撃機を使用すると総攻撃力が減少するのを嫌った
ためか利根や筑摩の水上偵察機に索敵させています。
九七式艦上攻撃機と零式水上偵察機は同じ3人乗りで機体は少し
似て見えますが(特に側面)が水上偵察機という名の零式水上偵察機は
偵察機として大きな欠陥がありました。
翼が大きく巨大なフロートが邪魔をして下方視界が見えない機体でした。
操縦・偵察、電信の3名が前後に搭乗してましが、中央の偵察員が洋上を
偵察しようにもよほど低空飛行するか、機体は傾けない限り下方視界は
得られないのでした。
しかも強行偵察用に試作段階の高速偵察機二式艦偵(後の彗星)が
空母蒼龍に積まれてましたが何故空母蒼龍なのでしょうか?
本来なら源田参謀らが乗艦する旗艦赤城か二航戦の山口少将が
乗艦する飛が司令部の直轄偵察機として相応しいのですが。。。

他にも米空母の出撃を事前に察知すべき二式大艇による第二次K作戦
(ハワイ偵察)も失敗中止し、潜水艦による米空母の見張配置も日本の潜水艦
が配置につく前にその海域を通過しており当初から黒島の基本計画が実情に
適さず作戦と決戦当日の齟齬が大きくなるのでした。


ミッドウェー敵空母の電信受信を知らせず
ミッドウエー海戦の前日南雲機動部隊の後方500kmに位置する
戦艦大和を中心とする戦艦部隊に山本五十六長官および亀島ら
連合艦隊の司令部が乗り込んでましたが、幸運にも敵米空母の
電信符号を受信します。
山本長官は黒島に「前方の南雲部隊にも(無線で)知らせてはどうか?」
と尋ねますが黒島は「南雲部隊でも受信できてるはずで知らせる必要なし」
と判断し無策の対応でしたが南雲部隊は敵空母の電信符号を受信できず
翌日の本決戦の敗因のひとつとなりました。
黒島は大和が南雲部隊に無線を流すと戦艦大和以下の本体の位置が米軍に
知られる可能性が高くなるのでそのままにして電報を躊躇ってのですが
電報を打たずとも大和搭載の零式水偵察機に連絡参謀を乗せて南雲部隊の
空母赤城に飛ばし着水して横付けするか通信筒を落とせば約2時間で伝達
させる事もできたのですが。。。
まさに黒島の利敵参謀としての名声が高まったわけです。


ミッドウェー敗戦の反省会開かず
なんと日本海軍はミッドウェーの敗戦を天皇や陸軍にまで隠し通し
敗因の究明や反省会を全く行いませんでした。
黒島主席参謀自身は「突けば穴だらけだし、皆が反省してるから。。」
と立案者の自分自身が糾弾される事を予見してか反省会を開いてません。
利敵参謀の面目躍如です。

ガダルカナルの戦い
第一次ソロモン海戦、南太平洋海戦、第三次ソロモン海戦
ガダルカナル島砲撃と戦場の日本艦隊は大活躍し米軍は
無傷の空母が1隻もいなkyなるのですが
日本海軍も損害が
多いとしその後は駆逐艦夜戦や補給作戦にのみ使用しました。
半年の戦いの中で日本の空母機が一度もガダルカナル島を
奇襲(空襲)してないのは不思議としかいいようがありません。


い号作戦
山本五十六長官の寵児、黒島主席参謀が連合艦隊主席参謀として
最後に行なった利敵作戦です。
空母機をラバウルに集めて350機以上の一大兵力でガダルカナル島
ニューギニアを連日攻撃し大戦果を挙げたと日本側では見られましたが
米軍側に大した被害はなく日本側の被害ばかりが増し空母があっても
空母搭乗員がいない状態に陥ります。
この時から特攻隊が始まるまで「航空戦」が日本海軍の戦いの主流
となっていきます。
「航空戦」には少佐以下の指揮官しか出撃せずこちらの被害損失に
見合う戦果を捏造するのでで負けているのに、勝ってると国民に
思わせる状態を創りだします。
黒島が連合艦隊司令部を去った後も「航空戦」は日本海軍の主戦力
となり、ろ号作戦、ブーゲンビル島海空戦、台湾沖航空戦などで
何度もくり返されることになります。


後半に続く予定です。



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