涅槃までの14万歩!ハッピーリタイアできない100kmウォーカー

2017年11月にタイトル変更・・・中身は変わりません。 ぷらっとして行ってください。

歴史学習妄想メモ

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第27代沖縄知事である島田叡(あきら)をご存知でしょうか?


本日のBGMです。  
長渕剛 - 「俺たちのニライカナイ 」
(長渕さんと沖縄の因果は存じませんが)
















島田叡(1901〜1945年)
http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/201502/img/d_07716505.jpg
 
戦前・戦中は地方自治という言葉も聞かれず全国の県知事は地元の
選挙ではなく内務省が官選で知事を任命してました。
そう殆どが内務省のエリート官僚の出世街道の為にある出世会談職が
各県の知事職でもありました。
またここが大事なんですが大正以降の選挙で当選した国会議員は皆さん
無給でした。
(今の政治家の皆さん ココ忘れないでくださいね)

昭和19年(1944年)秋以降の沖縄は平穏な島から火薬臭い戦場へと
移り変わりつつある時期でした。
大陸からの軍隊の移駐、台湾や本土への沖縄県民の疎開、米軍の空襲など
急激に戦のはじま島に変貌いたします。

政府も内務省も可能な限り予定戦場の沖縄中・南部から沖縄北部や
本土や台湾に県民を疎開しようと努力してましたが遅遅として
進展しませんでした。
それでも20万人近くが最終的に疎開しています。
疎開中の犠牲は米潜水艦による対馬丸撃沈のみです。
今でも左翼歴史観では千人以上の疎開も対馬丸の犠牲もケシカランと
決めつけますが、もし20万の県民(半数が学童)が沖縄本島に残れば
対馬丸以上の犠牲者が増えしまう結果になる事は彼らはスルー致します。

その疎開の遅れの責任をあえて追求し、犯人探しに行き着けば当時の
第26代沖縄知事泉守紀氏と沖縄32軍司令部とのトラブルでありましょう。

島田の前任の泉知事は昭和18年7月に沖縄に赴任、県民や県職員とも
陸軍とも協調関係を築けず、自分には甘く部下や周りに厳しく接するような
インテリで昭和19年になり米軍上陸の確率が高まると色々な手を使って
沖縄から逃げ出そうと画策します。
沖縄に赴任した1年半の間の3分の一にあたる半年は出張などで東京などで
過ごしてました。
そして昭和20年1月内務省という組織を動かして自身は危険な沖縄から
逃げ出し香川県知事に横滑りします。
(軍と強調できない泉知事に内務省も困り果てて後任者を
 探していたのかもしれません)


内務省は泉氏の抜けた沖縄知事の職、大阪府内務部長を務めていた
内務省エリート島田叡に打診します。
その時期は沖縄知事の昭和20年1月ですが後2ヵ月半で
米軍が沖縄に上陸してくる直前です。
家族も友人も皆島田の沖縄行(沖縄県知事赴任)に大反対します。

しかし打診を受けた島田は一発返事で打診を諒承し
周囲の反対者たちには
「誰かが、どうしても行かなならんとあれば、
 言われた俺が断るわけにはいかんやないか。
 俺は死にたくないから、誰か代わりに行って
 死んでくれ、とは言えん。」

と告げ昭和20年1月末に沖縄に飛びたちました。
島田氏も断固拒否すれば沖縄行きは免れたかもしれませんし
この時、島田氏以外にも沖縄行きを打診されていて断った
内務官僚もいたかもしれません。

沖縄に赴任した嶋田知事は前任者との違いを鮮明にし、陸軍との関係も
改善し、県民の沖縄本島北部への疎開も急ピッチで行い、防空壕や
避難所をつくり、北部の糧食が不足すると知り陸軍とも交渉し、
それでも足りないと2月には台湾にも飛び米3千石を緊急輸送するなど
縦横に活躍し県民からも期待が寄せられたのでした。

昭和20年4月1日以降米軍が沖縄本島に上陸し本島で戦いがはじまると
島田知事は慣れ親ししむ間もない県庁からでて防空壕を次々と移りながらも
軍や職員と協力して露天や壕で行政組織を維持し執務も行います。

沖縄戦の後半は5月に入り首里戦線で日本軍が全滅するか、南部に撤退して戦いを延長するかで大きく揉めました。
(史実では軍は南部に転進し南部に追い込まれた軍民は時間稼ぎとは裏腹に
米軍の徹底攻撃を受け犠牲者を増やしてしまう結果となりますが。。。)
この大事な時点での作戦会議に島田知事も出席し堂々と知事(行政官)としての立場を述べます。
「南部には多くの住民が避難しており、住民が巻き添えになる。」
「軍が武器弾薬もあり装備も整った首里で玉砕せずに摩文仁に
 撤退し、住民を道連れにするのは愚策である。」


島田知事の正々堂々の意見にも関わらず、軍は本土決戦への為の時間潰しを
優先し南部に転進(撤退)が決まり島田も少なくなった職員と共に南部の
地に撤退しますがこのころから(6月)何処をどう動いたか記録も
あまりみつかりません。
6月9日に島田に同行した県の職員、警察官に対し、
「どうか命を永らえて欲しい。」
最後のと訓示を行い
県及び警察組織の行政組織の解散を命じました。

その後、島田知事は荒井警察部長とともに行動を共にしていたようですが
6月26日以後消息はわかっていません。
(沖縄軍の総司令官牛島中将も6月23日自決)
米軍の銃火に倒れたのか自決・入水なのか未だにわかりませんし御遺骨
も見つかっておりません。


沖縄の日本軍が全滅したと思われる昭和20年7月、安部内務大臣は
国と沖縄県民のために命を投げ出した故島田叡に行政史上初の
内務大臣賞詞顕功賞を贈りました。
「其ノ志、
 其ノ行動、
 真ニ官吏ノ亀鑑ト謂フベシ」

と称えました。
(↑全国の自治体職員の皆さんどう受けとめますか?)


内務大臣が一県知事に対し賞詞を授与することは、戦前戦中も
前例がなかったそうです。
この島田への顕功賞を戦後も長く生きた泉守紀は
どう受けとめたのでしょうか? 少し気になるところです。

現在も磨文仁の丘に建つ島田知事をはじめ県職員453名の慰霊碑を
慰霊する「島守の塔」が戦後沖縄県民の浄財により建立されました。




毎年沖縄の高校野球夏の大会の優勝校には島田叡の名を冠し、
最後の官選知事島田叡に感謝の気持ちを表す「島田杯」が贈られています。
沖縄や本土の左翼人は戦前の日本の軍人や政治家・官僚を全て悪で
あったと攻撃します。
陸軍の牛島勇中将は今でも「戦前戦中の悪」と彼らから看做されています。
でも歴史を捏造する彼らでさえも今のところは「島田知事」の事を
ひと言も悪くは書けません。
頭の良い彼ら(左翼人)は島田叡の事を徹底的に無視スルーする事に
より歴史の表に出さずに歴史地層に埋没させる「化石化戦略」
採用中のようです。


イメージ 2














私は島田知事はもっと知られるべきだと思います。
興味をもたれた方は田村洋三氏の「沖縄の島守-内務官僚かく戦えり」
を読まれるとよいかと思います。
島田知事を支え行動を共にした荒井退造警察部長もとても立派な人物である事が理解できます。
組織のリーダーや長たる方が読んだからとて誰もが島田叡の真似が
できるはずもありませんが
「人のために働く人は美しい」
という事を再確認できようかと
も思います。
日本の政治家や行政従事者は必読の書でしょうか。。。ね。
(でも今はそれよりもカネですか?)

以上、沖縄戦を通じて私が一番に魅力を感じ
今も静かに感動を持続させる人物を紹介させていただきました。

ノブレス・オブリージュとは
直訳すると「高貴さは(義務を)強制する」という意味合いですが
判り易くすれば
高い地位にある者はそれだけ重い責任と義務を負うという自覚
を身で心で行動で示すべき・・・ともなるのでしょうか?

こんな外来語を今さら持ち出さずとも日本には古来から文武両道こそが
真のエリートであり、エリートでなくても武士道や切腹という
世界に類をみない立派な責任オプションが存在し、明治大正までは
そのDNAが軍隊や旧制高校にも多少は受け継がれましたが、1945年の
軍隊の消滅、1950年の旧制高校の廃止や武道などの「道」が名につく
スポーツの廃止(占領軍政策)により文武両道は廃れ、エリート教育は
受験丸暗記秀才の試験結果重視となりかっての気概や責任感は薄くなりました。
組織や自分らに関わる責任をとらずとも受験秀才の勝者のままで何とか定年
天下りができ、省庁のトップ人事はは首相や政治の任命でなく自分達の互選
で選ぶ事が何故か今も許されています。
(政治家は選挙が国民の審判となり責任をとらされています)

受験エリートではない一般大衆も「平和・馬鹿デモクラシー」思想が蔓延し
危険な事や戦争ごとや紛争は誰かが解決してくれる、、、経済不況も・・・
いつか誰かが解決してくれる、外交ではとにかく相手がどんな冷酷な国で
あっても友好や協調とう名の屈辱外交を繰り返してますが、他力本願な
国民大衆も、今も今後も責任をとろうとはしないしない日本の
受験秀才エリートを不安感一杯で横から目線で眺める状況が今現在です。

私が外来語で書いた裏には
最近というかここ10年くらい日本で高い社会的地位を占めている人々が,
そこそこの年齢に達するや、上から目線で自らノブレス・オブリージュを
言い出す傾向が強くなってきたからです。
何と自分自身を高貴な人間と位置づける傲慢さが鼻持ちなりませんし
人前で口や言葉で喋らずとも,いつでもどこでも淡々と決断し実行して
みせればよいだけの話でではないでしょうか?

現在のエリートの皆様が昔から日本に存在した武士道的な
気概を持ち続ければこの国はまだ大丈夫と思いたいのですが。。。


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悪い人達、沢山居ますね。
みんなやってるからとか
その立場になったらみんなそうする
なんて言いますけどろくな死に方せん
ような気がします。

2016/10/30(日) 午前 11:19 [ ナカ爺ィ ]

顔アイコン

> ナカ爺ィさん

この世は5%支配層理論の人を操り
自分はヤバくなると逃げ回り他に
責任をおっかぶせる人と
残りの迷惑を被る人に分かれてるようです。

しかし誰もが偉くはなりませんが
立派に生きる方法は夫々に残されてるように
思います。

2016/10/30(日) 午後 5:13 naomoe3


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