涅槃までの14万歩!ハッピーリタイアできない100kmウォーカー

2017年11月にタイトル変更・・・中身は変わりません。 ぷらっとして行ってください。

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1943年(昭和18年)6月8日、瀬戸内海柱島泊地で戦艦陸奥が爆発沈没した。
乗員1121名が犠牲となった。
当時、ちょうどアッツ島(アリュ−シャン列島の一部)で初めての玉砕と時をおなじく
したため 国民の士気の低下にかかわるとして戦艦陸奥の沈没は極秘とされた。

爆発原因は、今も謎だが、一瞬の爆発轟沈から火薬庫の爆発と推定された。
しかし海軍の調査や実験の結果、自然発火説は消えた。
嫌疑は、艦内で度々発生した盗難事件の容疑者であるある1水兵にむけられた。
その水兵の分隊長(水兵の上司)が盗難事件の調査結果を副長に報告し、
後の取り調べを鎮守府法務部にゆだねるために上陸中に爆沈事故がおこった。

この水兵の死体だけは、どうしても発見できなかった。
この説が真相であるならば、事件を起こした水兵の罪は、とてつもなく大きな罪であるが、
根本原因は、火薬庫の管理不備や軍艦という巨大な密室内での極端な身分差別?
にもあったのではなかろうか?

陸軍の士官候補生は兵の階級から一歩を踏み出す。
しかし海軍兵学校の生徒は入学したときから下士官の上位、に位置づけられる。
つまり海軍将校は、出だしから下士官、兵と無縁なのである。
この身分的差別の構造をもった巨大な密室の中で、陸軍にまさるともおとらない残虐な
私刑を伝統とする軍紀(風紀)の重圧に押しひしがれた下士官、兵のただひとつの
最後の抵抗が、火薬庫への放火による艦との無理心中であったかもしれない。
(エースパイロットの坂井三郎氏や羽切末男氏も水兵時代に制裁(リンチ)を受け
それが厭で堪らずパイロットを志したという。)

ともかく期待された戦艦陸奥は戦局急なときに敵に一発の砲弾も放つことなく周防灘に沈んだ。
事実、日本海軍では過去にも戦艦三笠(日本海海戦の旗艦)は2回(1905年と1912年)
の爆発事故を起こした。
1回目は、上陸を許されなかった古参水兵が、盗み出したアルコ−ル容器を弾薬庫で倒し、
流れ出たアルコ−ルに火がはいったのが原因という(沈没着底後後引揚上て修理)。
2回目は照準器を紛失した1水兵が処罰をおそれて火薬に点火したのだった。
1917年には、国産初の巡洋戦艦筑波も爆沈。
(上官の制裁を怨んだ1水兵が火薬庫の鍵を盗んで放火)。

1918年戦艦河内が爆沈(職務上の失策をした下士官が火薬庫に放火)。
このように昭和19年までは、戦闘で沈んだ戦艦より、
乗員の放火による爆沈のほうが多いことが判明してくるのである。
(昭和18年9月時点で戦争で沈んだ戦艦は、比叡、霧島の2艦のみ)

海軍は、装甲板を厚くする等の防御力向上よりも、水兵らによる
火薬庫爆破を防ぐための対策や人事マニュアルを策定すべきであった。
尚、日本海軍には酷な話になるが米海軍は平時も戦時も航海中は水兵にも
士官にも酒は飲ませないようにしている。

戦艦陸奥は、大和級(6万4千t)に次ぐ長門級(4万3千t)の2番艦と
して大いに期待されたが、戦局重大なこのような時期にこのような疑惑に
包まれた沈みかたをしたことに、日本海軍がある意味内面からも自壊しつつ
あった事を知ることができる。
当時大和級戦艦は、国民には全く知らされておらず、長門級の長門と陸奥の
両艦が国民に一番知名度のある軍艦であった。
残った1番艦の長門は、レイテ島沖海戦でも活躍し、その後呉軍港で防空砲台として活躍,
無事に終戦を迎えたが、戦後ビキニ諸島での米国核実験により被爆沈没した。

沈没した陸奥は戦後(爆沈より27年後)引き上げられ陸奥資料館が
平成6年山口県周防大島に開設された。
平成8年10月私は山口県周防大島の陸奥記念館を訪ねた。
観光客も少なく、館員もやる気が見えず、館内資料も思いのほか少なく
20分ほどで早々に退散した。

写真 当時の陸奥絵葉書と現在の陸奥資料館

1話・ 遅れた最後通告

日本が宣戦布告をせずに真珠湾を攻撃したことが六十年を過ぎた現在も非難されている。

ある国がある国と開戦ぎりぎりの緊張した段階に入ったとき、相手国の先制的奇襲に
備えるのは、いわば安全保障のイロハと思える。

奇襲に成功した側と、奇襲され敗れた側とで、歴史的に非難されるのは、
ふつう準備不足や油断して敗れた側である。

つまり日本軍の真珠湾奇襲自体に違法性はない。
この当時(1990年代)私はそう解釈していた。
21世紀の米軍もイラクに対して先制奇襲攻撃をかけている。

本来この時期の「日米交渉」とは長期化した「日中戦争=シナ事変」を米国に
和平調停してもらおうという考えからスタートしていた。
とくに米国と戦争する必要もないのに日本海軍は米国と本気で
戦い勝利しようとも考えていた。
日本陸軍は独軍がソ連に勝てばいいと夢想し、太平洋方面は南方資源地帯の
占領後は日本海軍だけが米国と戦えばいいと考えてもいた。

日本海軍は罪悪感からアメリカに気を使い開戦直前に(最後通告を出す)するつもりだったが
それでは真珠湾奇襲が奇襲とはならないので外務省と謀議した。

結果、海軍は外務省に対し、対米最後通告をわざと真珠湾攻撃直後に手交するよう
依頼し困った外務省本省は出先の米国の日本大使館員達の怠慢不手際で本省からの
暗号文書の解読にてこずったようなふりをして米側への1時間半手交を遅らす
ような開戦シナリオを立案した。

てこずった(わざと遅れた)理由は、暗号文書が長いとか、大使館内の米人タイピストを
使えなかった等とされていたり、同僚の送別会やトランプ遊びのために前日夕方
全員早めにに仕事をやめ退館したのだという。
今から考えると送別会は米国を騙し安心させる為におこなったとの見方もできる。
尚、日本の外務省(本省)から送られてきた暗号電報は太平洋に施設された
海底ケーブル経由だが米側はワシントン軍縮条約の頃からこの海底電線からの電報を
勝手に傍受?していたらしいのである。

ワシントンの日本大使館には海軍側の野村大使も日米交渉にきており、それを監視するよう
外務省本省からも来栖特派大使も参じており実は日本大使館内には緊張が漲っていたのでは
なかろうか。

とにかく無通告開戦の結果パリ不戦条約破りとなり「リメンバー・パールハーバー」
の一語がアメリカを戦争に結集させ戦後半世紀後の現在までもアメリカから
「日本人は卑怯だ。」と非難され続けているのだから日本海軍、
外務省で合作した責任は非常に大きい。

にも関わらずこれらの責任者や実務者に対する処罰は戦後も一切行われなかった。
3年8ヶ月後、の終戦(日本の敗戦)直後に外務省も人員整理が行われ
世界的にも有名な「命のビザ」を発行し6千人のユダヤ人を救ったと言われる杉原千畝
(すぎはらちうね)氏は終戦後に外務省を首になったがアメリカ大使館での実務的な責任者
である井口参事官、奥村一書記官は戦後外務次官(外務省での最高位)にまで出世している。

1990年半ばから外務省は拉致問題、領土問題、横領、勝手な中国援助等で
腐臭をさらけだすが昔から自分たちの組織を守る為には政治家も国民も騙してしまう
身内に甘い「仲良しクラブ」という性格は変わっていないと思われる。

最近の研究では「海軍」と「外務省」がグルとなり「対ソ戦」が始まると国家総力戦体制に
移行し「陸軍幕府」となると「海軍」や「外務省」は大幅に権力・予算も削られ人員縮小となり
陸軍への褌かつぎとなるのを恐れ海軍が主導作戦を取れるが勝ち目の無い「対米戦」
に準備不足のまま「長期持久」を夢見て突き進んだとと思われる。  
開戦原因に興味のある方は鳥居民氏の一連の著作を手にしてほしい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A5%E5%B1%85%E6%B0%91

はじめに

 私は歴史や戦争史の読み物が好きです。

特に極限時に見せるの人間の臆病、勇気は人それぞれですが、
私も先人の知恵と勇気を学び又かつ、追体験したいと考えた事や
平和ぼけした日本人の比率がドンドン増えつつある今、駄文を書こうと
思い立ちました。

ブログを閲覧する人も戦争を知らない若い方々が多いと思いますので時間があれば
この書庫を読まれてください。
感想は人それぞれと思いますが、、、、。

戦後も60年を過ぎ、太平洋戦争(昭和16年12月より昭和20年8月)も現代史から、
歴史に変わろうとしています。
私なりに、太平洋戦争に関わる人間の責任のあり方を主軸にして書いてみようと思いました。
書きながら思うことは、戦前に比べ日本人の道徳性が薄れつつあるとかの風潮を聞くが、
戦前も戦後60年経過した今も、日本人の精神(道徳性、責任感、発想)は大きくは
変化してないように感じました。

特に各組織の上層部の人達は一部の人を除き、自己保身が強く、意思決定に逡巡が多いうえ、
問題解決能力が不足していた事が判ります。

はっきり言って戦後の自衛隊が多くの国民から今ひとつ評価されてないのは、
先の大戦で軍が国民に対しあんなに空威張りしていたのに米軍(アメリカ軍)に
予想以上にコテンパンにやられたふがいなさからいまでも軍(今は自衛隊)に対し多く
の国民が頼りたい反面、多少の不信感を共有しているからだろうと思います。
(イラク派遣等で自衛隊のイメージは向上しつつあるようですが、、、)


尚、太平洋戦争では日本人の創りあげた組織では、平時は順調に機能しても、危機にひんした時
(戦争、災害、テロ集団対策)には、欧米型組織に比べ余り機能しないこともわかりました。
現在は当時よりどの部分がよくなり何処が改善改革されてないのかを問う事になりそうです。

拙い文章にお付き合いいただければ、幸いです。

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