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中国に詳しい作家、別宮暖朗氏によれば過去日本が中国を人口で上回ったときがあったそうです。
別宮氏の人口推移では
中国 日本
明 永楽帝時代 6600万人 室町時代 1500万人
清 順治帝時代 2300万人 江戸初期 2700万人
清 末期 4億人 江戸末期 3000万人
現代 11億人 現代 1億2千万人
となっており明から清に変わった頃、日本の方が人口が多かったとの事です。
この頃は江戸の人口100万人、北京の人口20万人程度だったそうです。
江戸初期の3000万人の人口の30%は江戸や上方等の大都市に住んでいたそうです。
日本の江戸時代の人口が増えなかったのは長男以外の婚姻禁止、村や自治体全体での
人口抑制政策(姨捨山とか、隠居制度)等あったようです。
片や中国の人口爆発は清の領土拡張と河川の水利増加による水田技術の普及があげられるそうです。
別宮氏の17世紀前後の日中の人口が同規模であったのなら、当時の豊臣政権が企て実行した
朝鮮侵略さらには唐入(中国占領)も当時としては無謀というよりある程度勝算のある作戦と
思われていたのかも知れません。
実際、明国を本気で怒らせましたがその後の日本への復習もなく逆に日本との朝鮮半島での
消耗戦で国力を消耗した結果、満州の清(人口30万人)に滅ぼされる結果になったようです。
つまり日本も本腰入れれば唐入りも成功したかも知れません。
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