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変なニュースというより、大きなニュースですが
以下の記事が目にとまりました。
5月15日12時58分配信 毎日新聞
【北京・西岡省二】中国外務省は15日、四川大地震で道路事情などを理由に受け入れに難色を示していた国際救援隊などの人的援助に関して「日本からの緊急援助要員を受け入れる」と発表した。各国から申し出がある中で、日本は中国が人的援助受け入れを決定した最初の国となった。
胡錦濤国家主席は今月初めに訪日したばかり。日本を受け入れ第1号に選んだことは、中国政府が、日本の豊富な災害救援経験を認めただけでなく、日中関係を重視したことを意味している。
中国外務省によると、日本以外の国に関しても近く人的援助の受け入れを発表していくという。
中国、ミャンマーの被災者の方々に、お悔やみ申し上げます。
緊急派遣される日本隊の皆さんも、日本を代表しつつ、細心の注意を
払い、かつ安全に救出活動を行なわれ、どうか無事に返ってきていただきたい
と思います。
我が家も少額ながらヒネくれた私を除く家族がダイヤルQ2(1回で105円)で
3回寄付させていただきました。(子供の優しい気持ちを最優先しました。)
話は変わり今回の四川大地震と、昔の東京大震災を同列に扱う事はできないのですが
東京大震災では瓦礫となった町の復興再建計画の時、地震後の火事での被害が大きかった
為、防火(耐火)都市を再建しようとゆう一部の前向きな計画があったんですが、
時の為政者達は「一度くればもう100年は来ないだろう」と復興費用を惜しみ、
さらに昭和10年頃ソビエトのTB・4発爆撃機がウラジオ配備とかで東京空襲の予見ができ急に
首都東京の防災、防火を推奨するなど一連の動きがあったんですが、結果は昭和20年3月の
焼夷弾によるB29の東京大空襲で一夜で帝都の約3割が炎上・焼け野原となり一晩で
約10万人が死亡しました。
ドイツの首都ベルリンは石、コンクリでつくられた耐火都市と防空塔に市民を収容し何百回
もの大空襲に耐えました。
当時の日本とドイツでの為政者の最悪事態想定力の差が出たように私は思います。
阪神淡路大震災の時でも各自治体が集めた消防車のホースの規格がメーカーで異なり
消防車の運用、活用・ホースの延長が円滑に行なわれなかったとかありました。
地震大国日本の地震の教訓は救難の初動の速さが(72時間)ポイントと言われています。
残念ながら、中国では耐震設計や耐震構造考慮しない安普請の家屋、工場、学校が多く
建てられていたためかっての東京のように為政者の怠慢や現地高級公務員の賄賂
ピンハネによる手抜き工事による結果の被害者もかなり含まれると思います。
校舎の倒壊で死んだり生き埋めになった児童や、それを救出できない親達が不憫でなりません。
中国やミャンマーが支援を受け入れない(特に人員支援)理由は多分、
現地の政情、地理、被害状況、復興状況を為政者達は外国に知られたくないからでしょう。
つまり「支援活動者」の中にスパイがいたらいけないとヤバイと思っているのでしょう。
特にアメリカや英国のスパイが紛れて潜入すると四川どころかチベットまでのヤバイ政情情報や
核ミサイイル基地の安否情報まで入手されそうです。
そのような理由から第一に選ばれたのが善意にあふれる日本国なのかも知れません。
でも書くか迷ったのですが専従でなくても日本隊にもそのような役目を兼任される方も
いると私は思います。
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