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先月見学した呉市の大和ミュージアムの続きです。 零戦の最終量産型の六二型の復元機が展示されていました。 この零戦復元機は当ミュージアムの大和10分の1模型についで人気が高いように思えます。 復元された零戦六二型は琵琶湖で発見された不時着水没機ですがかなり綺麗に復元されてました。 当機はいろいろな経緯を経て和歌山県白浜のゼロパークより呉の大和ミュージアムが1億円で 譲りうけたようです。 零戦の復元機は靖国神社や海自の鹿屋基地でも見ましたが当ミュージアムの復元状態は 少し見劣りしました。 水没して30年経過したんでここまで復元するだけでも大変だったと思いますが。 零戦六二型は最後の量産型で機銃兵装も初期型にくらべ格段に強化されていますが 戦闘機としての活躍より戦闘爆撃機として改良?されており大半は特攻機として使用 されたり本土決戦用に温存されてたようです。 高速で飛び交いながらこんな重武装の機銃5門をを軽量で華奢な機体(翼)から連射 しても機体や翼が異常振動し弾道もぶれたりして連続射撃しても命中は至難では なかったかと素人ながら考えてしまいます。 手前が13ミリ機関銃、後方が20ミリ機関砲 展示機の下の爆弾は250キロ爆弾だそうですが500キロの爆弾を抱えて 特攻作戦に飛び立った機もあったそうです。 日本海軍の零戦は中国戦線で完璧勝利でデビューを果たし対米戦の初期までは 大活躍しましたが後継機の開発に失敗し零戦自体にも改良が加えられましたが 大幅な性能向上は果たせませんでした。 零戦は1万機以上製造されましたが後継機の烈風は全く間に合わず、紫電は千機 製造されましたが故障が多く実戦にでず紫電改は僅かに生産数は400機、戦後海軍の 源田実は紫電改大活躍の神話を生み出しますが・・・実態は。。。 海軍の失敗は時代おくれな戦艦大和を無駄に造りすぎたとか 言われますが海軍最大の失敗は零戦の大幅な性能向上を実現できなかった事と 後継戦闘機開発の挫折にあったと思います。 何とかモノになった紫電改の生産400機にしても海軍航空隊が見下していた 日本陸軍航空隊でさえ紫電改より高性能の疾風を3000機も生産していた事と 比較するとその差は明瞭であり今後誰かが海軍の怠慢不手際の責めを明らかに すべきだとも思います。 尚、特攻機の主力もやはり零戦でした。
実際に大活躍した零戦の賛美もいいことですし昔私も何度かプラモデル等つくり 零戦に愛着もあるのですが何故、最後には時代遅れとなってしまった零戦を主力機 として昭和20年の空を戦わねばならなったのか? という視線もこれからの日本のためにも必要だなあ等と考えつつ写真を 撮ってると閉館となり追出されるように大和ミュージアム をあとにしたのでありました。 |

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