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面白い本を読みましたので 今日は酔ってるにも関わらず宗教について記してみます。 私が思うに、人は何故宗教を本気で信じるのでしょうか? 猫や犬は宗教など信じてないと思います。 何故、霊長類である人間だけが科学的でもない「宗教」を 発明したのでしょうか? 自分の親が既にある宗教を信仰しているので世襲的な 流れに逆らわず自身も信仰をはじめたのでしょうか? それとも思春期や大人になって素晴しい友人?や宗教団体と 出合ったり、困った問題が起きてそれらを解消するためでしょうか? 「死」の怖さから逃れる為に何かを信じ安らぎを求めるのでしょうか? それとも今の自分の無気力さから脱したいが為に「宗教」の力を利用し この世で現世利益を求めるのでしょうか? この世で利益を追求できたとしても金を来世に持込む事は可能でしょうか? 可能でなけれな戒名や御墓に金をかけるのでしょうか? 人間は普通、長生きしたいと考えますが、それは長生きよりその先にある 「死」を迎えたくないから長生きしようと考えるのでしょうか? 健康、知恵、科学で少しは寿命を先延ばしても「死」を安心して 迎える事は可能でしょうか? 100歳くらい長生きすると「死」が怖くなくなるでしょうか? 19世紀、150年以上前から「神は死んだ」「宗教は阿片だ!」と諭す 知識人の言葉に半分理解を示しつつも現代人は「宗教」に安らぎのような ものを感じてしまうのでしょうか? いくら人類が進歩し文明は発達しても私達現代人の身体(ハードウェア)は 1万年間進歩は遂げておらず脳の容量も変わらない為、1万年前の人類と 同様に現代人も「病」「老い」「死」の悩みからは抜け出せないのでしょうか? ここから私の酔論です。 私は宗教を今までお誘いは何度かありましたが信じた事はありません。 どうも人間は宗教は信じていなくても「死の不安」や 「転生」「死後の人生?」が現世同様に続く事を願って 宗教というサービス業に納得すればその対価を支払うのではないでしょうか? もし生きる事に不安を感じた人が宗教に入信し「安定」を取り戻せば 「安定」を取り戻した人は宗教を必要とするでしょうか? 世界中の人が「一神教」に入信すると世界は「安定=平和」になるでしょうか? 「一神教」でいうところの神は、一神教の宗教を信じる人だけしか救済して くれないのでしょうか?。 無心論者の私のような者さえ許してくれそうな神も何処かにいそうな気もするのですが。。 神が宗教を創ったのでしょうか? 私は、人間が宗教を作るのであって、宗教(神)がが人間を創ったとは思えません。 宗教とは究極のサービス業ではないでしょうか? 必ず迎える「死」や来世の「不安」を金銭や布施でで紛らせ、祈ってくれ、 自身の敵には祈祷や呪詛まで行ってくれる擬似万能サービス業ではないでしょうか? こんな記事を書いたのは最近読んだいたこニーチェの影響かもしれません。 この著書は主人公の友人にニーチェが憑依してしまう摩訶不思議な 内容で進行し主人公とニーチェ(友人)の対話形式の哲学入門というか ニーチェによるキリスト教の批判となっています。 ■ 真理について 真理とは生物が生きていく為に不可欠な虚構の1つにすぎない 誤った判断がわれわれにとって不可欠である…虚構を承認することが必要なのだ 虚構を手がかりにしなければ現実を測れない 普遍的真理は存在しない…解釈の数だけ真理は存在する ■ 権力への意志について ボクたちは本能的に自分の利益になるものを求め、それを手に入れるために 世界を解釈する人間も動物も昆虫も生々流転しているカオスの中から 自らの生存に都合のいい<世界>を切り取っている ■ 民族が徹底的にダメになっていくとき、っかりあきらめてしまったとき 敵に屈服することが一番よい選択だと考えるようになったとき、 民族の神は変質すてしまう。 今の日本のようにな・・・・・ 健全で偉大な精神とは権威に盲従するものものではなく「疑う」ものでしょう。
全ては疑うところからはじまるのかも知れません。 私はまだ「神」や「宗教」を必要とはしないようです。 |
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2009年04月26日
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