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私が気になる歴史上の人物 ペドロ・カスイ・岐部司祭が祷られているペドロ・カスイ・岐部公園に
先週の土曜に行ってきました。
17世紀日本で初めて単独でローマに渡り司祭となりキリスト教が禁教となった日本に戻り
各地で布教しつつもついに捕らえられ周りの者が皆棄教するなか最後まで帰郷せず殉教した
キリスト協会の大物のはずですが今でも歴史のスポットライトが当たらない人物と思えます。
国東半島の国見は別府側から行っても、宇佐市、豊後高田側行っても時間が
かかります。(帰りも大変時間がかかります)
大分空港の飛行機撮影のついでに国東市国見の岐部まで足を伸ばしました。
公園は雑草が生い茂ってましたが草取作業も行われてました。
ペドロ・岐部が世界を歩いた最初の日本人かどうかは私にはわかりませんが
ほぼ独力でローマにわたり神の前で人類平等を説きながらも日本人やアジア人を
差別していたローマで実力で司祭になりローマ中が留めるのも聞かずに様々な苦難
を乗り越え日本にかえりつき殉教したペドロ・岐部に私は耶蘇教徒ではありませんが
強い興味を抱いております。
この公園の岐部の像は海や夕陽を向いてるのではなくローマを向いてるのだそうです。
顔部分を拡大しますとかなり蜘蛛の巣がついてお気の毒でした、私はなんとか
蜘蛛の巣を払いたかったのですが像の顔部分が高すぎて何もできませんでした。(涙
しかし地元の方が梅雨明けには払ってくれると信じています。
以前は公園横に教会風の資料館がありましたが現在は教会風の建物があるだけで
中の資料は公園裏の最近できた資料館に移設されてあります。
岐部公園とは異なりますが国東半島には古い墓が点在しており
宝塔とも呼ばれる独特の墓が大いのが特色です。
奥さん方の親戚が国東半島に多いのですが盆や祭事で国東に行くと
一族先祖の高さ4〜5メートルの宝塔の墓掃除をして花を添えるとき
改めて私と奥さん方と私の育った両家の隔絶というか格差に少し恥ず
かしくなる私であります。(汗
もちろん国東の親戚宅に行ったときは劣等感の素振も見せずただ毎夜たまには
昼から飲んで酔って眠るだけでですが轟沈した私を奥さん方の親類の皆様は
どう見ていたのでしょうか?とブログを書き込みながら少し気になる私です。
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