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今まで戦前の日本と石油の因果を辿ってきましたがここで番外編として海軍の関係者が 石油詐欺に騙された話に着いて触れてみます。 昭和12年、支那事変(事実上の日中戦争)が始まる頃から米国が日本へ高性能な 航空機用ハイオクガソリンを日本に禁輸します。 日本は支那事変を「聖戦」を国民に誇示しながら何故中国に宣戦布告しなかったのでしょう? 理由は簡単で日本から宣戦布告すると中立国といっても中国の方を持ちたい米国が日本への 石油を全面禁輸する蓋然性が高かったからです。 特に海軍が日本からの宣戦布告に反対しました。 南京や重慶の都市に戦略爆撃をくり返したのも殆どが海軍機でした。 陸軍は支那事変を早く終了させて本命のである敵ソ連軍との戦いに 備えたかったのですが海軍は陸軍が「対ソ戦」を行えないように日中戦争に 火をつけ日中全面戦争にエスカレートさせた側面が強いです。 米内、井上、山本の海軍3羽ガラスは3国同盟に最後まで反対したとか日中戦争に 反対だったとかは大嘘です。 日本海軍は航空ガソリンの開発や精製も仮想敵国の米国頼りで来ましたがさすがに 支那事変の頃はノーテンキではいられなくなり蘭印との石油会商、人工石油の開発、 航空ガソリンの高オクタン化等にのりだします。 そんな時山本五十六や大西瀧治郎という海軍航空育ての親が次々と詐欺師に騙されます。 貧すれば鈍するとか、溺れる者は藁をもつかむとかいわれますが海軍上層部も 石油問題解決への焦りが見え隠れしていた虚を衝かれたのかもしれません。 水ガソリン詐欺事件 昭和13年自称「町の発明家」となのる詐欺師本多維富の「水からガソリン」実験に 海軍の大御所特に航空関係の重鎮であり判断力に優れていたとされる山本五十六中将や 大西瀧治郎大佐がまんまと騙されます。 技術者集団でもある部下達は「水からガソリンができるわけがない」と忠告しましが人の 話を聞かない性格の山本五十六らは詐欺師の術中に嵌ります。 山本の部下は皆「水→ガソリン実験」を自慢げに行う詐欺犯を馬鹿らしく見てましたが 山本は実験に立会い大福饅頭まで持参して詐欺師に食べさせ応援していました。 詐欺達は海軍技術者らが監視役として見守るなか、居眠りすると実験に成功し監視役が 眠らないと成功しないという事で最後はお粗末な石油の(水と石油のすり替え詐欺) として捕まります。 当時の海軍兵学校の入試は「一高」よりも難しいといわれエリートであり数理にも詳しい 技術者が多かったのですが本気で詐欺者の提案を信用し騙された山本五十六ら高官を 結果的に「裸の王様」にしてしまいました。 尚、詐欺の詐術を発見した関係者に大西大佐は謝り礼をのべたそうですが山本五十六中将は 内心プライドがガタガタだったと思われますが関係者に謝罪も礼も言わなかったそうです。 山本中将もエリートですから部下に頭をさげる事を潔としなかったようです。 また海軍の政治将校として名高い石川信吾大佐等は事件後も犯人の本多維富を信用しており 最後まで石油を創りだす実験は成功していたとふれまわっていました。 尚海軍が騙されそうになった昭和13年よりも前の昭和6年にも犯人の本田は水から ガソリンで陸軍も騙そうとしていますが陸軍は本田の実験を観ただけで怪しいと気づき 騙される事はありませんでした。 7年後、海軍で話題となった水からガソリンで本多の名を聞いた陸軍の小野寺長治郎少将が そっと海軍の大西大佐に7年前の資料を渡そうかと囁きますが大西大佐は 「海軍は海軍のやり方で調べる」と啖呵を切ってしまいます。 このあたり詐欺犯の本多は陸海軍の風とおしの悪さにも着眼したのでしょうか? 富士山麓石油井戸試掘詐欺事件 同じ頃、ある神憑り占い師に日本の選良らが騙された話があります。 こちらの方が先程の「水からガソリン事件」より大がかりです。 富士山麓でも石油が採れるという噂が出て財界や海軍関係者挙って富士山麓で 石油の試掘を始めます。 巨額の予算を使い民間会社を資本金百万円(現在では数億円)で設立し富士山麓で試掘を はじめますが堀り廻った挙句に出てきた石油?を海軍関係者や大臣クラスの政府関係者 多数が現地に見学に行き「石油?」を実際に見ますが後に調べるとただの地中深くに 撒かれたただの機械オイルであり世間を騒がす巨大詐欺事件と発展しました。 当時の海軍首脳は数理に明るかっかかもしれませんが「化学」には弱かったようです。 これらの犯人である詐欺師というか手品師程度の犯人は後に、捕まりますが 現在の詐欺事件とも似ており「騙される方の精神状態」にも問題がなかったとも いえないわけです。 尚、南方石油を運ぶ船もシーレーンも消えた昭和20年断末魔の日本は突如石油政策を
海外調達から国内調達に切り替えます。 しかも日本国内の精製施設は米軍の爆撃で破壊されましたが 「大丈夫、松の根から石油が採れる」 と大騒ぎになり小学生まで延数百万人も大動員して松の根を掘り漁ったのでした。 私の両親は昭和20年当時、当時小学生でしたが皆で学校や海岸の松の木の根っ子を 授業そっちのけで掘らされていたそうです。 もちろん銃後の国民が必死で掘った松根油で飛行機も精製方法がなく車も 走れなかったわけですが。。。 戦後進駐してきた米軍がジープに松根油を入れるとエンジンが故障して動かなかったそうです。 国民の農作業まで犠牲にさせて総動員で松根油の堀だしに借り出した軍部の最後の 国民への呼びかけも今から考えると「掘れ!掘れ!詐欺」だったのかもしれません。 |

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