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今年の春から「神雷部隊始末記」という本を図書館で3回借りて 今日なんとか読了しました。 560ページとかなりな長編で大作で2週間借りても一度では読めませんでした。 神雷部隊といえば太平洋戦争末期に特攻隊の主力として人間飛行爆弾「桜花」や 零戦への500キロ爆弾を装備(通常は250キロ爆弾)して体当たりした部隊として一部では有名です。 尚私は「桜花」の事を初めて知ったのは子供の時みたアニメサイボーグ009の大傑作 「太平洋の亡霊」を見てからです。 人間飛行爆弾「桜花」については今までは内藤初穂氏の「桜花-極限の特攻機」が詳しく 書かれてましたが、今回の「神雷部隊始末記-人間爆弾桜花全記録」は内容が濃く 現時点では桜花について最も詳しく書かれた本であると思いました。 桜花とは全長6メートルの小型グライダー爆弾を人間が操縦して敵艦に体当りします。 自力では離陸できないために母機として一式陸上攻撃機が胴体下に吊るして 敵艦隊の約10キロまで接近し、桜花隊員が桜花に乗り移り投射し、桜花隊員ともども切り離された 桜花は途中の脱出もままならず敵艦めがけて3本の内蔵火薬ロケット(1本わずか9秒の燃焼)で 増速させ突入します。 桜花自体は重量が2.2トンの内1.2トンが爆弾です。 命中すれば破壊力は相当なものですが爆弾を半分の500キロ程度に抑えると桜花 母機ともに飛行性能は向上でき多少は命中率も上がったのかも知れませんが 海軍上層部は命中したさいの一発の破壊力に期待を込めたようでした。 私にはどうも 「爆弾は重く、命は軽く」と映ります。 桜花の初陣は沖縄戦まじかの昭和20年3月ですが、各18機の母機と15機の懸吊された 桜花,付随して護衛の零戦約30機がが飛び立ちましたが米空母の手前50キロ付近で 米軍戦闘機に迎撃されに戦果は皆無でした。 母機の一式陸上攻撃機と桜花全機、護衛の零戦10機以上が落され160名が犠牲となりました。 母機の一式陸上攻撃機自体が昭和20年当時は既に低性能で最高速度450キロ前後 でしたが2.2トンの桜花を吊るすとフラフラで機動も上昇も厳しく速度も300キロ以下 だったそうです。(対する米軍機F6Fは最高速度600キロ以上) 貴重な米軍機のガンカメラで撮影された桜花を吊るした一式陸上攻撃機の 攻撃(撃墜)シーン、この中には夫々7-8名の乗員(日本人)が搭乗してました。 この最初の桜花の攻撃失敗は有名ですがこの書はその後も散発的に行われた10次の 桜花隊の攻撃の詳細についても書かれています。 桜花については私は近々書いてみたいと思います。 でも特攻は現場の声とか自主的な志願と美談にしたてながら、 欧州戦線では桜花登場の2年も前からリモコン無線誘導爆弾やV1、V2号の無人誘導の 飛行爆弾があったのに「人間」に操縦させた海軍上層部の見識に私は現時点でも 当時の視線でも留保をつけたいと思います。 でもそのような中、戦争や組織の矛盾に悩みながらこのようなお瑣末な武器で 立ち向かった若き勇者には畏敬というか尊敬の念を懐くもう一人の私がいます。 尚、靖国神社の遊就館(資料館)には桜花の実物大レプリカがあります。 今のこの国を思うと不断の努力を怠るとまたいつか21世紀版の桜花に 若者が載せられそうな気もします。 |

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