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だいぶ前になりますが去年11月、東京に出張に行ったさい時間が少し
空いたので急遽思いつき千鳥ヶ淵墓苑を初めて訪ずれました。
過去に靖国神社には二度行った事があるのですがその近くにあると知りつつも
千鳥ヶ淵墓苑には足が向きませんでしたが、去年「奇をてらわず」という
本を読みこの国の「国立千鳥ヶ淵墓苑」の重要さを認識したのでした。
昭和34年、政府によって元・宮内庁管理地に設立された戦没者の墓苑で
先の大戦により亡くなった約35万余柱の無名(身元不明者)遺骨を収容している施設です。
JR飯田橋駅を下車し方向を間違え神楽坂を下り、法政大学を眺めつつ
人の多い靖国神社を横に見てかなりな遠回りで千鳥ヶ淵に徒歩で到着。
ここには35万余柱の収集された御遺骨が墓苑の地下に安置されています。
今年は50周年行事が行われたそうです。
私も隣の花を買いもとめ献花させていただきました。
尚、私の母方の私の祖父も三度めの召集を受けフィリピンのルソン島から
ついに生還できず、遺骨も何も戻らず戦後になり昭和21年戦死とされました。
もしかすると見たことのない祖父の遺骨は施設内六角堂地下の遺骨
となっているのかもしれません。
昭和天皇は墓苑竣工の際に
「国のためいのちささげし人々のことを思えばむねせまりくる」
という短歌を下賜されました。
ここからは千鳥ヶ淵を訪問したさいの私の思いを拙いなりに表現しますと
靖国神社に比較して千鳥ヶ淵は来訪者が少な過ぎてめだちません。
この日も平日でしたが私の訪問した間の20分間に老人3名、後に女性一人の
訪問(献花)でした。
それと靖国神社との千鳥ヶ淵の対立?や国立無名戦士の墓構想をめぐる
主導権の争いと言うのか対決姿勢で平行線状態が続きます。
靖国神社は英霊(神)を祭る神道、千鳥ヶ淵は遺骨なので仏教、よく極右の人は
靖国神社を殊更持ち上げ、千鳥ヶ淵を無視、冷遇するようですが私は過去の
いろいろな経緯はあるにしても、靖国神社と千鳥ヶ淵の間の土地も国が買いあげて
その間に国立の無名戦士の墓を祀る大きな施設をつくりその中に靖国神社や千鳥ヶ淵
も含ませて公園で繋がる1大慰霊ゾーンをつくり多くの日本人、海外からの訪問者
が訪れやすい施設にすべきだと思います。
その為にはここ千鳥ヶ淵に喰い込むようにそびえたち景観を悪くし、見上げる空の視界を
狭めている高級官僚らが住む最近できた高級マンション風の官舎群を壊すべきだと思いました。
一般人の多くが千葉や埼玉の遠くから通勤するのにこんな一等地に公僕であるべき
公務員が揃って安く住む必要もないでしょう。
まず官僚マンションも潰せば靖国との間にある各国の大使館や建設会社ビルも
気持ちよく他の場所に移転してくれるのではないでしょうか。
最近になり千鳥ヶ淵墓苑が実は墓地ではなく、管理する千代田区によると
「墓地、埋葬等に関する法律」上の“墓”として認めておらず
(墓地であれば個別埋葬を要する)、法的性格は“倉庫”“保管庫”に
過ぎない事が判明いたしました。
日本国民の総意として35万柱の御遺骨をモノ扱いし続けたままでいいのでしょうか?
そして未だ100万柱を超える英霊の御遺骨が遺族のもとやここ千鳥ヶ淵に戻ること
もままならないまま海外各地の戦跡や地中や密林、洞窟内で朽ち果て長く眠り続けています。
もちろん、細々と厚生省を中心とし海外での遺骨収集は続けられてはいます。
国のために従軍されて戦い、戦地に斃れてを60余年経過しても御遺骨は未だ半分も
収集されてない現代日本の国民性や政治の在り方について遺族ばかりではなく
多くの方が千鳥ヶ淵で考えて欲しいと私は思いました。
私たち現在の日本人に何かできる事はないのでしょうか?
今は天に召されたマザーテレサの
「 貴方の宗教で祈りなさい。 」という言葉を思い出します。
どうか皆様も一度でいいですからこの場所に出向き国のために
義務を果たされた御遺骨の御霊の事を考えてみてください。
書きかけですが撮影した写真が見つからず時がたちました。
今日、本記事をしあげようとパソコンに向かいましたが
今から所要があり。。。しばし中断となります。
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