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日露戦争では石油の出る樺太北部を一度は占領してはみたものの賠償金も出さないロシアに返還し、 二度目の大きなチャンスであったシベリア出兵でも樺太北部を再占領したのに結果はソ連に 返納?となりました。 (石油の出た土地をみすみす相手国に返した優しい国は戦前の日本くらいです。) 第一次世界大戦時も連合国側であった日本は蘭印に対し保証占領、進駐、石油採掘権の 申し入れ、英国要請による日本陸軍の欧州派兵の見返りとしての日英共同での中東石油採掘等、 多くの石油管掌へのオプション施策を試すチャンスやシナリオが複数存在したはずであった はずなのですがとうとう昭和十年代まで無策に終始しました。 やはり戦前最大の石油消費者である日本海軍の新動力エネルギー石油に対する低いセンスが 垣間見えそうです。 でもこういう事もいえるでしょうか?。 日本海軍は本気で米海軍と戦う気は無かったと!。 ただ海軍権力や予算を国家からひきだし海軍組織の維持拡大を狙う為には「米国という世界一の 仮想敵国」が虚像として必要でもあったのでしょう。 そういえば米国も戦後の米ソの冷戦時代にソ連製のボロ兵器でも「驚異だ!」「負けた!」と 騒ぎ立て危機感 を煽り醸成させては軍事予算を引き出すような当時の日本海軍と同じような 手法を踏襲してました。 ソ連とならんで第一位の仮想的国である米国から国内消費の80%にもあたる石油を国民の 血税で30年以上も購入(輸入)しつづけた日本海軍はこの時期、予算獲得のために正面装備 (軍艦の建造や保有)や海戦術研究には力を入れるものの米国と戦う場合どのように石油を 入手・開発するのかという視点は残念ながら全く欠如していたようです。 やはり昭和15年頃までの日本海軍はどう戦っても勝てそうに無い米国とは本気で戦争する事は 考えてはいなかったと私には思えてくるのです。 しかし権力維持(予算獲得)のために太平洋を挟んだ米国を仮想敵国と見做す事により 日本海軍は「世界一強い米国と張り合うにはそれなりに金がかかる」とばかり正面装備の 予算を要求し続けたのでした。 日本海軍という組織の予算獲得のために考えると仮想的国が事実上世界一の米国であるのは 日本海軍にとって予算獲得上では誠に好都合でもあったのでしょう。 相手が世界一の米国でその相手の正面軍備比率で6割分の予算が獲得でき海軍人達は陸軍より 少ない人員組織ながら陸軍以上の国家予算を毎年国家から授かり軍備以外の給与・福利厚生面 でも陸軍人よりも優れており内心では鼻高々だったのではないでしょうか?。 しかし、そんな日本海軍にも昭和15年には大きな危機が訪れるのですがその前に ワシントン海軍軍縮条約により道いたします。 次回不定期ですが 【四】 ワシントン軍縮条約、主力艦比率問題に終始(石油獲得に遅れる) に続く予定です。 |

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