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・ 一部の方にはウザイと思われるかも知れませんが私が訪れ実感した 2007年の広島、2008年の長崎の原爆慰霊祭のレポートです。 お時間のある方に読んでいただけるとうれしく思います。 2007年の広島では当時元気な安倍首相と広島市長の対立構造を感じ どっちつかずのお公家様のような藤田知事のクール感ただよう 顔立ちに「K・Y」な空気を感じました。 子供達に死者の真似をさせるような腹這させる某団体に違和感や疑問を持ちました。 写真の何処かに安倍首相も写っています。 マスコミは報道しませんが式場の外側では左翼の過激派が煩く騒いでいました。 長崎慰霊祭には早朝から青春18切符利用で訪れました。 広島にくらべるとかなり小規模な式典ですが全体的な雰囲気は 右左の煩い活動家も少なく厳かでありました。 長崎の慰霊祭では中国五輪帰りの疲れた福田首相が少し見え短時間で 式辞を読み終えました。 田上市長は従来のアメリカの核批判だけでなくロシアや中国、北朝鮮らの 核開発や保有を批判している点には少しの進歩を感じました。 流石に旧社会主義国の核は「良い核である」という論理は誰にも通用しなくなりました。 8月この時期、慰霊祭、終戦と国や自治体を挙げての式典が各地で挙行されますが 年々形式化しているのが参加してみればわかります。 今年はその風化・形式化を避ける(遅らせる)一手段が加害者米国や国連事務総長 の参加列席でした。 夏になると沖縄県民の戦争被害、広島、長崎の原爆被害がことさら強調再生産されます。 沖縄、広島、長崎で亡くなられた方は40万人弱だと思います。 しかし日本人全体ではあの戦争だけで310万人以上の軍民の多くの方が亡くなられました。 空襲で亡くなられた方、海外からの引揚げの途中亡くなられた方、従軍義務を果たし 戦闘や餓死、病死された数多くの一般将兵達。。。 皆、無念きわまる一人づつの死であります。 もちろん私は被爆された方には、哀悼の意を表するものの一人です。 ですが空襲の被害者、引揚げの被害者、戦争全般で亡くなられ、被害を受けた 数多くの全体の被害者と原爆空襲の被害者達を今後も事さら区別し、原爆被害者 の被害や苦痛のみを強調する必要性は無いのではないでしょうか? 歴史の風化は当然ですが一方的な被害の強調と摺込みは「被害者と支援者?」 に「この日(記念日)だけは日本国民全体が反省し何かに?跪け」と喋るようにも 聞えてしまいそうです。 「くりかしませんから、、過ちは、、、」
この碑文の文字は其々に受取れますが次の世代の日本人のためにもそろそろ 「主語」をつけ加える時期にさしかかっているのではないでしょうか? |

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