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私は日本の歴史の中で昭和に入ってから終戦後までの歴史は
少し異常と思えてきましたから日本の昭和前期の総理大臣の 死因について少し調べみました。 ちなみに5年前に「殺されるローマ皇帝」という記事を書いたことが あるんですが。。。 どうも大ローマとはいえ皇帝をロボットにしようと考えた人達が 多かったようですが。。。 殺されるローマ皇帝 http://blogs.yahoo.co.jp/naomoe3/40392578.html じゃ本題突入で。。。 以下昭和元年から昭和20年までの首相の名を記します。 26代 田中義一 (陸軍軍人) 上野太字色つきの方が赤色が不慮の死亡、緑色が死にそうな目にあってます。 以下は赤色の不慮死の首相についてです。 戦前の26代から32代の首相の殺され方は凄すぎてこれじゃ 軍人以外首相になりたくもなくなりますね。 26代 田中義一 元陸軍長州閥のドンながらもOBになるや元部下らは 言う事に従わないのが昔も今も日本役人クォリティです。 張作霖爆殺事件では昭和陸軍全体の圧力に屈してテキトーな 灰色報告で若き昭和天皇の怒りを買い内閣総辞職。 内閣解散後、狭心症が原因で死亡ともいわれますが 当時から天皇の叱責を苦にしての自殺説との噂が根強いです。 昭和天皇も田中義一の変死で自分の叱責を後悔し以後、 基本的に終戦などの聖断を除けば政府や軍の方針に不満が あろうと口を挟まず我慢し続けるのです。 27代 浜口雄幸 浜口首相は不況下での日本の限界を知り米英と戦うより協調 路線を深め軍備負担を軽減し、国民生活を豊かにしようと 動きますが右翼から東京駅ホームで銃撃されそれが原因で 半年後に死亡いたします。 昭和に入り26代26代と日本の総理には幸先悪いスタート となりました。 29代 犬養毅 有名な5.15事件で海軍将校を中心とするテロ将校団らの 犠牲者となった首相です。 犬養首相が将校団に「話せばわかる!」と告げたのに対し 将校団の放った返事は「問答無用!」と拳銃弾3発でした。 驚くべき事に犬養首相を暗殺した将校団は法廷戦術で思想戦に 持ち込み財閥等の金満政治を批判し世論を味方につけ 助命嘆願運動まで起こり殺人罪どころか皆が軽い刑ですぐ 出所いたします。 リーダー各の三上中尉は以後活動家となり 近衛文麿のブレーンなんかになってますが、首相をテロで 殺めた殺人者集団を裁けなかった事でその後の2.26事件の 実行者にも「変な希望」を与えてしまったようです。 高橋是清 29代の犬養首相暗殺後から30代の斎藤実首相の間の混乱期に 10日程ですが大蔵大臣ながら首相も兼任しています。 高橋の努力により日本は日露戦争では世界中から借金に 成功しロシアの軍備になんとか対抗できました。 ケインズ政策をケインズより早く実行し成功させたといわれる 経済通でもあり2.26事件当時も蔵相で軍縮路線者でもあり 国家社会主義(国家改造)を狙う陸軍将校団の目の敵にされ 護衛の警察官の奮戦むなしく2.26事件で銃弾に斃れます。 30代 斉藤實 高橋是清と仲のよかった元海軍OBですが2.26事件当時は 天皇の側近となる内大臣を務めていました。 2.26事件では昭和天皇と仲のよい人を殺して天皇を寂しく 不安に陥れ天皇に陸軍が迫り臨時内閣を創るために邪魔と なったようで叛乱将校が斉藤の奥さんが引き留める前で 銃を乱射し40発以上の銃弾を浴びせ殺害されます。 いくら政敵、邪魔な存在とはいえ家族の目の前で40数発を 現役首相に乱射し殺害した青年将校はやはり異常な キチガイ集団であったとように思えてきます。 斉藤實の殺害により部下の木戸孝一が天皇に気に入られ 内大臣となり以後のキングメーカーとなりますが、開戦強硬派 の東条英機を開戦直前に首相に据えたり、開戦後は東条を いち早く政権から降ろそうとしたりこの木戸という人物も変ってました。 32代 広田弘毅 地元福岡では石屋の倅から総理にまで成り上がった立志伝中の 人物で現在も大濠公園近くに立派な銅像がおかれています。。 東京裁判でA級戦犯として起訴され文官出身ながら死刑判決 を受けて処刑されています。 法廷でもそこ等への逃げ回った海軍人らより立派な 立ち振る舞いとサイレント(無言)ぶりが目だっていたようです。 尚、奥さんは広田が起訴された時、自殺しています。 東京裁判では一番悲劇の主人公のように取り沙汰されますが 近衛首相と同様に日中戦線当時はよくわからない首相では ありましたが、いかに陸軍との関係に終始悩んであやふやな 政権となったようですが東京裁判での死刑は重過ぎるように 思えます。 34.38.39代 近衛文麿 三度も組閣し総理を勤め、貧乏貴族と称しながら昭和天皇の 前でも足を組んで「ねぇ〜陛下〜」とタメ口で喋っていた とも言われるよくわからない人物ですが、今でいえば 民○党のよう鳩○前総理のようなカッコつけたがる けれど困れば直ぐ政権を放り投げて直ぐ敵前逃亡される ような性格が災いした人物でした。 日中戦争も太平洋戦争も政権放り出して逃げ出して近衛公の 次の総理は大変でした。 部下やブレーンにはゾルゲ事件で捕まった尾崎秀美や 5.15事件での主犯三上元海軍中尉など右から左まで 変な人達に獲りこまれていました。 戦後は戦争責任を追求するGHQから逃げ道がなくなるや 東京裁判での出頭を受けて青酸カリで自殺されています。 正式に自殺した総理経験者も現在までこの近衛文麿だけですが、 戦後の鳩○首相と並びそのルーピー振りは双璧でしょう。 40代 東条英機 太平洋戦争を指導した現役の軍人かつ総理・兼陸相として 独特のスキンヘッドでも有名ですが、緒戦の勢いが続かず、 海軍の不甲斐なさに痺れを切らすや中国大陸での大攻勢や インパール作戦など陸軍単独で行える作戦で点数を稼ごうと 戦う必要の無い場所で結果的に無駄となる戦いを前線の 現場に押しつけました。 多くの日本将兵は過酷な各戦場で個人の限界を超えた 恐るべき超人伝説ともいうべき活躍をするのですが敵に頼る補給 なのでいくら頑張ってもやがて敗勢に傾きます。 サイパン島が陥落し日本が米軍の空襲圏内にいるや東条首相の 暗殺運動までおこりようになり渋々ですが辞任します。 国民には戦陣訓を押しつけ捕虜にならないように最後まで 戦うように命じましたが、本人も現役軍人で家系も軍人一家 だったのに自分の子供達は軍人にはさせなかった家族には 優しい父親でした。 終戦後GHQからの東京裁判への呼び出しを受け拳銃自殺を 図りますが失敗と戦時中のカミソリー東条からは考えられない 悲哀さが漂います。 (でもこの自殺失敗では神に生かされていたのかもしれません) 裁判法廷では天皇を護るため悪役に徹し刑場の露と消えますが、 最後の花道?インチキな東京裁判に限っての振る舞いは他のA級 戦犯の軍人のなかでは立派であったと思えます。 以上見てきましたように昭和前期の16人の首相及び首相経験者は 半数の8名が自殺、テロ殺人、戦争裁判等と異常な死を迎えています。 また32代岡田首相42代の鈴木首相(終戦内閣)も2.26事件では テロ軍人に狙われ鈴木首相(当時は侍従長)は3発の銃弾を体に受け 瀕死の重傷を負れています。 よく戦前の日本がが素晴らしかったとか明治・大正・昭和前期を纏めて 戦前は素晴らしかったというベタ誉めな方も多いのですが半数以上の 首相や首相経験者がこれだけご本人にとられては残念な不慮死となった 昭和前期は多くの日本国民にとっても不幸な時代であったと思うのです。 私は世界の中で戦前の日本だけが悪い国だとは思っておりません。 ソ連やドイツやイタリヤ、蒋介石の率いる中国等よりはるかに まともな国であり国民には多くの自由も許されていたとも思うのですが、 国際的に孤立を深め、結果的には勝ち目のない戦争にドンドン 突きすすんで後戻りできなくなった点は今後も深く研究考察される べきではないかと思います。 私は各界の役人さん達が国益より省益に走り過ぎ、天皇や首相の 権威をもってしても、無責任化した日本的科挙システムから選抜 された丸暗記だけがとりえの高級役人達を服従させる事が できなかったからだとも思えるのですが。。。 そういう意味で戦前の日本の首相は皆、独裁者に程遠いですね。 現代も官吏の謳歌が続き、国民が苦しくなり、橋本・小泉首相 は公務員改革(公務員リストラ)を断行しましたが、その結果は? 弱い官庁の郵政省の解体と引き換えに多くの国民が相打ちで 国民リストラされていますが、どうも戦前の暗い時代と似てきたようで・・・。 明るい出口の見えてこない現代の日本で官僚と国民の間で 新たな戦いのはじまる予感がしております。 今の多くの政治家は昔の首相のように命を賭ける方は少ないですから。。。 でも昔の日本も大正以降は民主主義、戦後の今も民主主義、 つまり煎じ詰めると政治家より国民の問題になるんですが。。。。 日本ブログ村に登録しております。(宜しければ) https://history.blogmura.com/his_meiji/index.html |

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