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著者は歴史家や戦記作家でなく言語学者(モンゴル研究家)で 日本での漢字使用について批判する方であり左翼な御仁だと 思ってましたがこの本については左右の着色料はありません。 日本対ソ連という図式でなく満州国のモンゴル人や モンゴル人民共和国のモンゴル人が見たノモンハン の戦いとその歴史的背景を見事に描いています。 1939年のノモンハン事件は日本軍(関東軍)とソ連軍 がお互いの国境紛争から大規模戦争状態にまでエスカレート した戦いですが当時は「引き分け」とか「空戦は日本が勝利 陸戦は負け」という認識でしたが最近ソ連崩壊後資料から 日本軍は陸戦でも敢闘していた。 日本軍はソ連軍に自軍の数倍の損害を与えていた。 実はノモンハンは日本軍の勝利だった! など日本軍を絶賛する精神右翼的な著書が増えていますが 田中氏は歴然たる日本の負けで国境線も日本の主張線より 東西20キロ、南北70キロがモンゴル領と決まったと史実を書かれています。 またノモンハン戦で捕虜となった日本軍の兵の数は当時の日本側では 200名前後とされてきましたが4000名前後もおり、4000−200の 残った3800人?はソ連やモンゴルで戦後も暮らしたとか。。。??? 関東軍で作戦参謀の辻参謀が自己の杜撰な作戦計画を 現場の将兵の責に帰する為に、連隊長や大佐・中佐クラスの 指揮官にたいし事件後に自殺を強制し10名近くが自殺させられました。 (このあたり後のインパール作戦に通ずる現場への責任転換です) ノモンハン戦以降日本軍のヤバくなった戦闘の実相は検閲の強化で 兵士の手紙や従軍記者の文章を滴定的に削除修正したり書簡没収 したりで「負け戦」を銃後の国民に「勝ち戦」に修正したり、 ソ連軍の近代兵器に日本的武器体系で勝てないと知るや兵器装備を 更新せずに「戦陣訓」なる呪文を発明して勝てなくても最後まで 逃げずに精神力だけで戦う兵士を求めてた結果が太平洋戦争での 大敗北でした。 また日本軍側で満州国軍、ソ連側でモンゴル軍も戦いましたが 満州国軍は臆病揃いで近代戦ではやくにたたず、逆にモンゴル 軍の損害は死傷千人以下でしたがこの時期、ソ連の粛清で モンゴル人2万5千人以上が政治裁判で有罪とされ2万人以上が 銃殺などで殺されています。 つまりソ連軍は敵である日本軍を2万人近く死傷させ、 友軍であるはずのモンゴル人を2万人虐殺した事になりますね。 私は以前から「ノモンハン事件」と「ガダルカナル争奪戦」に興味を 持って本も読みこんでおりますが、この本は戦記本ではありませんが 後世に残る名著だと思いました。 最近のノモンハン関係書では 小林英夫 平凡社新書 「ノモンハン事件―機密文書「検閲月報」が明かす虚実」 も誰が読まれても良い文献だと思いますね。 日本ブログ村 散歩・ウォーキング人気ランキングに参加しています。 |

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