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昔、子供の頃に聞いた話ですが山本五十六連合艦隊長官の乗ってた
一式陸上攻撃機(海軍の爆撃機)が何故いともたやすく敵機に
撃墜されたのか? と不思議に思ってました。
高校生になり戦記本等を読むようになると一式陸上攻撃機は敵側の
米軍からだけでなく日本海軍の搭乗員(パイロット)達からも
敵弾を受けると直ぐ引火や火災をおこしやすく墜落するので
「一式ライター」と自虐的に語られていた事を知りました。
昭和16年に登場した一式陸上攻撃機 7人乗り 現代からの後知恵史観で物申せば
翼に燃料を積みすてぎいた? 攻撃力を優先し防御力を犠牲にした設計だった?
といくらでも批判はできるのですが実は昭和16年に
制式採用された一式陸上攻撃機は「航続力」とともに
「防御力」も大きな課題として設計審査されつつ開発された機体でした。
対米線の始まる以前の昭和12年から日本は日中戦争に突入しており
日本の新聞では一式陸上攻撃機の前作機「九六式陸上攻撃機」が
中国要地に爆撃を繰り返し華々しく「渡洋爆撃」などの大戦果が
報じられてましたが、実態は中国軍戦闘機の要撃でバタバタと
百機以上が数ヶ月で落とされてしまい長年手塩にかけて養成した 搭乗員が千人近くも戦死や負傷してしまい海軍航空隊は戦果に 見合わぬ大打撃を受けてしまいました。 一九三六年当時一見高性能機に見える九六式陸上攻撃機でしたが
中国空軍の旧品な複葉戦闘機にも直ぐ撃墜されてしまう事に
見切りをつけた海軍は現用の九六式陸上攻撃機よりも格段に
落とされ難い次期陸上攻撃機(一式陸上攻撃機と深山)の開発が
急務となっておりました。
出現した当時は超高性能機と思われたが中国空軍の旧式戦闘機機 にバタバタと落された。 乗員5〜7人 中国軍にも戦訓で胴体や翼内の燃料タンクが弱点と知られており 狙い撃ちされて落とされた機が多い。 しかし九六式陸上攻撃機・・の欠陥部分を改善するべく昭和16年に
実用配備された一式陸上攻撃機は何故、敵味方から「一式ライター」
とも揶揄されるような新型機として登場し、中国軍よりも格段に
手強い米軍と戦うようになった日米開戦以後も防弾や対弾を怠ったまま
でほぼ戰爭を戦い抜き、結果的に多数の機体の損失と尊い搭乗員達の
命を奪ってしまったのか?
海軍の爆撃機(攻撃機)を中心に機種ごとに見つめていきたいと思います。
果たして先の対戦時の日本の爆撃機の実相はどのようなもので
あったのでしょう?
またどのようにあるべきだったのでしょうか?
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