陸軍機は爆撃機と地上襲撃機という対地攻撃分野の機体が
ありましたが海軍機は呼称も独特で細かく定義されてたようです。
艦上爆撃機(主に急降下爆撃)
九九式艦上爆撃機 艦上爆撃機彗星
艦上攻撃機(魚雷装備の雷撃、水平爆撃)
九七式艦上攻撃 艦上攻撃機天山、流星
陸上攻撃機(雷撃、水平爆撃)
九六式陸上攻撃機 一式陸上攻撃機
陸上爆撃機(雷撃、水平爆撃、 急降下爆撃)
銀河
注意点 日本海軍の場合「爆撃機」は「急降下爆撃機」
の事を意味します。
陸上攻撃機というコンセプトの機種は世界広しといえども当時の
日本海軍にしか見当たらない独特の機種でした。
では何故是界に類を見ない独特の攻撃機が誕生したのか
追いかけてみたいと思います。
日本海軍は当初は空母から出撃する艦上攻撃機に力を入れていた
ようですが、1940年に米海軍がスターク案と新たな軍艦の建造計画
(135万トン)を公表するや日本海軍(軍艦の総量147万トン)の
上層部は顔色を失いました。
米国が135万トンを建造すると300万トンを軽く超え、日本海軍の
二倍半(日本4:米国10の比率)になりますから、ワシントン条約の
(日本6:米国10)の主力艦比率でも」「勝てない!勝てない!」
毎年図上演習で悩んでいた日本海軍にとり絶望的な格差が
生じつつありました。
そのような意気消沈する日本海軍内で「俺に任せれば大丈夫!」と
考える元気な人物もいました。
そう今話題の映画でも出てくる山本五十六連合艦隊司令長官であります。
山本五十六は、水上艦の対米劣勢状態が長く続いては日本海軍が米海軍に
海上決戦に勝てるチャンスは到来しないと考え、「軍艦」から「航空機」
への転換を昭和10年前後から本気で考え海軍の空軍化を推進しました。
具体的には陸上基地からの攻撃機(魚雷の投射)で米国の戦艦や
空母を叩けないか?と考えいち早くその具現化にむけ努力し
実行に移そうとし後の九六式陸上攻撃機や一式陸上攻撃機の開発の
裏の功労者でもあります。
そういう意味で日本海軍の戦艦中心思想から航空機中心思想に転換
するのが米国に遅れたというのは「神話」や「嘘」であろうと思います。
日本海軍は昭和10年頃より、米国より遥かに航空優先を意識してました。
ただ空母の建造増加と空母機の増加よりも陸上攻撃機の増強に
努めていたようです。
実際に日米開戦となりミッドウェー海戦後の日本空母の減少により
空母同士の戦いが不利と見るや、不沈空母と謳われた陸上基地から
日本独特の陸上攻撃機を出撃させ水上艦の対米劣勢基調を陸上からの
雷撃や急降下爆撃の出撃により趨勢挽回させようとしましたが
当初の予想以下の戦果となり多数機の出撃に比し少ない戦果と
多大な犠牲という事実認識から昭和19年秋以降は「対艦攻撃」への
主戦力は体当たりによる「神風特攻隊」が中心となりました。
ここまでほぼ通説に従い書いて参りましたが私には大きな疑問があります。
大戦当初は、旧式機になりつつあった九九式艦上爆撃機、九七式艦上攻撃機
九六式陸上爆撃機が大活躍したのに比して、戦時中に量産配備された格段
に高性能と思われていた、艦上爆撃機彗星、陸上爆撃機銀河が満を持して
登場したのに全くといっていい程に活躍できず(戦果が上がらず)に
統率の邪道ともいわれる体当たり特攻に至った本当の攻撃機の不振の
原因はなんであったのか? という点まで迫れればいいのですが・・・。
ただ私なりに大戦後半に登場した彗星、銀河、天山が高性能機である
はずなのに何故不振な戦果に終始したのか?
この疑問は明確な答えはでていないものの考察したいと思います。
旧来謂われていたような、搭乗員の消耗、練度不足、機材や燃料の
劣化と不足などだけでの説明だけを鵜呑みにできないというか
魚の小骨が喉奥に突き刺さったような違和感も感じます。
そういう事で従来のカタログスペックとは違う場所から
も考えてみたいと思います。
では初めての日本海軍の陸上攻撃機という「コンセプト機」である
九六式陸上攻撃機から眺めて行きたいと思います。
日本の爆撃機のタイトルですが海軍機中心となりそうです。
陸軍爆撃機は海軍機との比較や末尾に軽く触れる予定です。