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一式陸攻航空の謎はどうして最初から防御力の向上が考慮されていながら
後手後手にまわったのか?という部分ですが他の項目でも触れてますので 他の多くの謎を見つけみみましょう。 【胴体の太さ】 前作の九六式陸上攻撃機に比較して胴体が太すぎる点の謎に ついてですが昭和12年頃の開発当初は細い胴体を予定してた かも?と思います。 九六式陸上攻撃機は胴体内にも燃料タンクがありましたが これを中国軍戦闘機に狙い撃たれると機体胴体内が発火 や爆発炎上をおこしたり、ガソリンは漏れ蒸気化するだけでも 胴体上部の機銃を撃つと引火する恐れが生じ機銃応射どころ でない場合もありました。 そこで開発サイドは燃料タンクを全て翼内に納め、胴体内の 発火を減少させるべく務めたようです。 大西大佐が翼内の燃料タンクの半分くらい胴体内に移設 できないかと強く具申しても技術サイドは「胴体にそんな 余裕はない」と受け流しています。 でも完成した一式の胴体はでかい。 私の想像になりますが、一式陸上攻撃機は当初は細い胴体 を予定していたのでないでしょうか? 当時三菱は局地戦闘機雷電のように胴体中央部が太いながらも 空力特性を高めた機体を開発もしてましたが、途中から 山本五十六中将が買い付けたエリコン20ミリ機銃(旋回機銃・零戦は固定機銃) を一式陸攻の胴体の最後部に取付けるため、射界を広げる為にもいっそのこと 胴体を大きくしたのではないでしょうか? 【20ミリ機銃の銃座】 一式陸上攻撃機の胴体尾部の20ミリ機銃ですが ガラス戸のようなカバーを開け20ミリ機銃を人力で操作してたようです。 (他にも7.7ミリ機銃が機種、上方、後部側面に4丁装備されました) 機銃がでかいし弾倉のマガジンは45発入りですから かなりな高率で尾部の射撃手が戦死してたようで開放 された銃座窓から落ちた人や、他の機上戦死者が出た場合 等も空中投棄する事もあったそうです。 20ミリ機銃に関しては当時海軍は7.7ミリ機銃しかなく 12.7ミリ機銃よりエリコン社の20ミリ機銃をライセンス権を 得て製造したようですが、20ミリ機銃があれば米軍の12.7ミリ機銃 装備の戦闘機を掃討できるように思っていたようです。 実際は米軍の12.7ミリ機銃の方が射程が倍以上あり口径とは関係なく アウトレンジされていたようですが。 【一式陸攻のデザイン】 ソ連のイリューシン4型爆撃機の側面図が一式陸上攻撃機に 似ています。 私はソ連が真似をしたのだと思いましたが違ってました。 イリューシンのほうが開発も実用化も3.4年早いです。(汗 この頃はソ連ともシベリア鉄道で行き来してましたから技術情報や 日本武官のスパイ活動でソ連機の技術や写真を入手しており, ある程度は参考にしていたのかもしれません。 でも側面図は本当に似てますよね。 イリューション4の胴体延長して尾部銃座を設けたら似てますよね。 ソ連軍 IL−4 1935年より生産開始 生産数約6800機 雷撃型もあり 海軍一式陸上攻撃機 1939年初飛行 生産数2435機 そして全くの余談ですが戦後は逆にソ連軍が帝国海軍の 陸上攻撃機をパクったような機体を多数整備してますね。 目標は同じ米空母ですが、、、ソ連側からみると帝国海軍の陸上攻撃機や 銀河は命知らずと云うか健気というか、やはり影響受けてたんでしょうかね。 もうF14やF18戦闘機に桜花のようなミサイル積んだツポレフがバタバタ 落とされる事もなく時は過ぎ去ろうとしていますが。。 日本ブログ村 散歩・ウォーキング人気ランキングに参加しています。 |

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