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最初に断っておきあすが海軍の撃墜王?坂井三郎氏を心から
無条件で愛する方々は、ご自身の精神衛生上、速やかにスルーされてください。
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私が小学生6年の頃、最初に読んだ戦記本が、著名な撃墜坂井三郎氏の
「大空のサムライ」のジュニア版でした。
高校生になり正式版も購入して読み直すと、流石にマンガ的な話や
マサカー的な話も出てきますが、私は坂井三郎氏は64機を堕とした
というのは眉唾でも中年の頃まで著書の大筋は正しいと解釈しつつ生きてきました。
10年頃前に岩井勉氏の「空母零戦隊」の解説で航空戦記本の第一人者である
渡辺洋二氏が坂井三郎氏の一連の著作を資料性の薄い眉唾本のように
冷たく語ってる点に私の目に止まりました。
坂井三郎氏は西暦2000年に世を去りましたが、没後もマスコミでかなり
取り上げられる程、有名人でしたたが、この頃からネットを中心に
坂井三郎氏の陰なる部分も目にするようになったのでした。
坂井三郎氏が「大空のサムライ」等の著作で語った疑問とすべき
部分はここで纏められない程多々あるのですが、端折りますと、
①撃墜数 敵機大小64機。
(実数は20機内外)
②日本人で初めて米重爆B17を撃墜。
(坂井氏はこの日出撃していない可能性大)
③昭和19年7月5日の事実上最初の特攻出撃
(無理な特攻攻撃を命令した司令部を批判してるが無出撃となると)
④昭和20年8月17日(終戦より後)にB32を撃破
(出撃したものの零戦では追撃できなかったとの情報も。。)
これらの記録は坂井氏の記憶が中心ですが
今となってはかなり怪しいのであります。
私が坂井氏の一連の著作を読んで不思議に思うのは台南空当時
上司で飛行隊長であった中島正中佐を、色々と擁護してる点ですね。
中島正中佐は神風特攻の無理筋な命令や合理性のない命令を乱発し
海軍航空関係者の中でなにかと評判も芳しくない人物ですが。。
また坂井氏はこれまた評判の悪い源田実(戦後は参議院)大佐が亡くなると
山本五十六や源田実らの海軍上層部批判を著作で繰り返してますが、
坂井自身が、海軍関係者の下士官や飛行兵の連中からも浮いている
というか疎んじられていたのは何故なのか?
果たして戦後の坂井氏はどのように生きてきたのでしょうか?
ここ数年間、時折ネットで調べると坂井氏は一時、「天下一家の会」という
元祖ねずみ講無限連鎖講の代表と懇意になり、旧知の海軍関係者をねずみ講に多数を誘い、多くの人に多額の損害や苦しみを与えたとされております。
しかし、そのような坂井氏の裏面を描いた著作は長年出版されませんでした。
しかし去年出版された、神立尚紀氏の「祖父たちの零戦」を読んでいくと
坂井氏の戦中の虚実と戦後のねずみ講で戦友仲間達を騙した事が詳しく
書かれております。
そう言う意味で坂井氏は反社会的な許されない団体の代表内村健一と
深い縁がありお互いに利用しあってた事は事実のようです。
もちろん私の長年の坂井三郎氏への尊敬の念は薄れました。
今回のように自分に都合のよい真実を探ろうとして調べれば
調べるほどに「不都合な真実」に直面する事があります。
「不都合な真実」に対してはスルーする人、訂正する人、知ってて
知らないふりの不作為の人など対応は様々ですが、私は事実は
事実と認識したい者です。
坂井三郎64機、岩本徹三202機 、西澤 廣義87機等という
一方的な撃墜王神話の鵜呑みから各(戦記)読者も覚醒すべき
時代に変わろうとしてるのかもしれません。
でも人間社会です。 批判しようにも対象者が生存中だと
その人の事を悪く批判的には書きにくいものです。
坂井氏は、源田実大佐亡後に山本五十六や源田実の
批判を行いました。
現在は坂井氏亡き後に神立氏が著作やブログで坂井氏の
批判を行なってますが、対象者が存命中に批判するという
事は当然ですがやりにくいものなんでしょうねえ。
備考 酒井三郎氏 略歴
坂井三郎[サカイサブロウ] 日本ブログ村 散歩・ウォーキング人気ランキングに参加しています。
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