涅槃までの14万歩!ハッピーリタイアできない100kmウォーカー

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日本の潜水艦戦の反省


開戦前に日本海軍に大きな期待をかけられその大きな期待を裏切ったとされる
のが日本の潜水艦でした。

敵国のニミッツ元帥も自著の中で散々に日本の潜水艦の不振と用兵のまずさ
つまり潜水艦戦に対する日本海軍上層部の無定見な無策ぶりをこきおろしています。

日本の潜水艦の特徴は1000トン〜2000トンの大型の艦が多く水上航走はディー23ノットの高速ですが水中は電池のみで3−8ノットと遅く水中8ノットなんかで走ると1時間で電池が切れるので実際は戦闘中でも3ノットくらいしか出せませんでした。

米英独ソ連等の他の国は潜水艦には主に敵国の輸送船を狙わせて攻撃させましたが日本海軍は潜水艦を艦隊決戦の補助兵器として敵の空母や戦艦を攻撃させようと考えました。
しかし実際に戦争が始まると水中3ノットの潜水艦の微速では通常航海18ノットや戦闘時23−30ノットの米国大型艦に斜め前方から必中の魚雷を発射する位置につくことは極めて困難な事が判明しました。

開戦当初のハワイ作戦でも真珠湾に近づこうとした日本の潜水艦の多くは米護衛艦の爆雷に制圧されて身動きが取れない状態が多く、事実上米空母を攻撃する事は偶然や幸運に恵まれないとほぼ不可能に近いと悟り多くの潜水艦長や井浦 祥二郎参謀らは労少なく効果の高い輸送船の攻撃にシフトするよう意見具申いたしますが定見のない上層部の受け入れる処とはならず戦争の後半も適要地の偵察、特殊潜航艇を使用した警戒厳重な泊地攻撃、離島への輸送、散開線となずけた直線状の哨戒など費用対効果の悪い作戦ばかりに投入され続け減衰していきます。
また日本の潜水艦の武器である九五式酸素魚雷は水上艦(水上艦は九三式酸素魚雷)の駆逐艦でも調整が難しかったそうですが狭い艦内の潜水艦ではさらに酸素魚雷の管理調整が難しく発射しても目標命中手前での水中爆発も多かったそうで、老練な艦長等はは九五式酸素魚雷に信用をおかず旧式の八九式空気魚雷を使用し続けた場合も多かったそうです。
海軍の酸素魚雷の自慢話多く戦後の戦記本に出てきますが戦争中数々の問題点が現場の艦長より報告されてるのに信管など根本的に改善される事はありませんでした。(何処か原発問題にも似た構図です。。)
米国の潜水艦の魚雷も開戦時は欠陥魚雷でしたが徐々に改善され戦争後半は役に立つ武器となりました。


イメージ 1




















太平洋戦争の天王山マリアナ沖海戦では七面鳥狩りと呼ばれる空母決戦で敗れた事ばかりが戦後も強調されますがナ散開線と呼ばれる日本側が設定した哨戒見張線上に数十キロ置きに一列に並んだ日本潜水艦は8隻が配置されましたがその配置を見破った米護衛駆逐艦イングランド他により数日のうちに6隻もの潜水艦が沈められマリアナ沖の海戦の前後を含めると20隻以上の日本潜水艦が何らと言って良いほど戦果は少ないのに大きな犠牲を繰り返しています。

でも終戦間際に日本海軍が一番期待したのも潜水艦でした。
昭和19年の末から20年にかけて日本の潜水艦にもレーダーや水中でも電池を使わずディーゼルで航走や充電できるシュノーケル装置をつけ人間魚雷回天を甲板に装備することで意気消沈していた航空部隊や水上部隊・陸戦隊に比較すると潜水艦部隊の士気は最後まで衰える事はありませんでした。

結果的に日本の潜水艦は海戦時は63隻で太平洋戦争に突入し、戦時中に116隻前後が建造され8隻がドイツから譲渡され過酷な戦場に参戦し結果的に128隻の潜水艦が戦没、20名を超える潜水戦隊司令、120名の艦長、1万1千名を超える乗組員が3年8ヶ月の戦いでで戦死しました。
信じられない事ですが日本の潜水艦部隊は2−4隻程度で潜水艦隊の戦隊を組み司令も潜水艦に乗り込んでました。
司令も潜水艦に乗るとは一見勇ましいのですが基地(港)を各艦が出航すると無線封鎖や海中に深く潜ると電波の受発信も困難で浮上してからでももし暗号分の電波などを発信しようものなら数時間で米軍にも位置を探知されたりするので潜水隊司令は基地で指揮やの分析し、暗号電波を発信し命令を出せば良いのですが狭い潜水艦に艦長の上に司令が形式的に乗り込み艦内では乗り込んだ艦の一人の艦長にしか
命令できず港に戻るまで多艦の様子もわからないまま形式的な指揮を
続け
犠牲を広げたのでした。
潜水艦長の人材不足にも苦しんだ日本海軍が潜水艦に艦長と司令という管理職を2名も載せる必要性はまったく非合理な選択でもあったのでした。

処でこれらの日本の潜水艦被害の代償でどれ程の戦果をあげたのでしょうか?
商船184隻、90万トンを軍艦では米空母ヨークタウン、ワスプ、護衛空母リスカムベイ、重巡インディアナポリス、軽巡ジュノー、ヘレナ、駆逐艦約10隻前後と少ない結果です。
もし軍艦より輸送船を集中的に狙えば300隻以上を沈める事も可能であったと思われます。


イメージ 2









ちなみに対日戦で米潜水艦部隊は47隻あまりの損害(戦死者3100名)で日本の輸送船の約6割以上の1000隻以上600万トンを沈め日本の軍艦も戦艦金剛、超空母信濃など大小空母10隻以上軍艦200前後を撃沈し、昭和20年になると日本側の大型輸送船が激減してしまうほどの活躍を見せています。
ちなみに戦前の海運業界の海員は先の大戦で8万人以上いたとされますが5万人以上が殉職されておりこの比率は陸海軍の戦死者の比率よりも遥かに高率でした。

最後にタラレバの話になりますが距離の非対称性を利用し戦争後半は米側の伸びきった警戒の薄い航路を狙えば大きな戦果をあげることが可能であったと思われます。
日本の潜水艦の連合国の輸送船を184隻沈めてますがこれらの大半はドイツと協調したわずか8隻程度の潜水艦によるマレー半島からのインド洋においての米英豪の戦果でした。
沈めやすく陸戦にも多大な影響を及ぼす戦略物資を満載した輸送船を見過ごし最後まで攻撃困難な適空母や戦艦に向かい、また本末転倒な離島への輸送任務に準じた日本の潜水艦の戦いぶりは軍事的合理性からは程遠いものでした。
、陸戦戦備、航空機、水上軍艦とすべて日本は米軍に遥かに質量共に
劣りしましたが潜水艦だけ開戦も戦時中に建造され戦列に加わった
隻数なども米海軍と同等に近いものでしたが戦果は大きな大差開いてしまいました。

アメリカ太平洋艦隊司令長官のチェスター・ニミッツ元帥は、
「古今東西の戦争史において、主要な兵器がその真の潜在威力を
把握理解されずに使用されたという希有の例を求めるとすれば、
それはまさに第二次大戦における日本潜水艦の場合であろう」

と述べています。



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