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一式陸上攻撃機は昭和12年9月に現用機の九六式陸上攻撃機の 欠点を克服し、大航続力、高速化をめざし開発された機体でした。
九六式陸上攻撃機の欠点とは
■爆弾倉がない(胴体下に爆弾や魚雷を吊るすと空気抵抗増加)
■前方、胴体後尾に銃座なし
■防弾防漏タンクなし 操縦席廻りの防弾板なし
といったものでしたが、一式陸上攻撃機の開発段階で燃料タンクの
防弾(防漏)化や操縦席廻りの防弾板の設置は見送られました。
この時点日中戦争で九六式陸上攻撃機が中国空軍の旧式戦闘機に
バタバタと落とされつつありましたが戦訓はいかされてません。
胴体後部に20㍉銃座を設け、胴体内に爆弾や魚雷を収容 (半埋込)したため太い胴体となるが燃料6000リットルは 翼に収納され敵機の銃撃を受けると発火・炎上から墜落した機が多い。 海軍側から出された新型陸上攻撃機の性能要求は搭載爆弾や魚雷は
九六式を踏襲し、高出力(1460馬力)の火星エンジンを搭載し最大速度は
400キロ以上航続距離4800キロ(偵察時6000キロ)と米国の4発爆撃機B17以上の航続力をめざした一見無謀とも思える要求値でした。
この海軍側の要求に対しメーカーである三菱の本庄季郎技師は
双発(エンジン2基)で燃費もよくない火星エンジンでは
要求性能実現はなんとか実現できても96式陸上攻撃機の
戦訓を採り入れた防弾タンクや操縦席廻りの防弾対策は全く
無理と考えてある対案を密かに用意しました。
対案とは一式陸上攻撃機の4発化で火星エンジンより小型で
燃費もよく生産も安易な千馬力級の(栄or金星)エンジン
4基積むことで速度、防弾、航続距離のバランスを両立 させようとしたのでした。 しかし海軍とメーカー三菱との開発検討会の時に本庄技師が
対案として考えぬいた「4発機計画」の説明を行おうとすると
航空本部技術部長の和田操少将が凄い剣幕で怒りだし
「用兵については全て軍が決める。
三菱はだまって軍の仕様書どおり双発の攻撃機をつくればよいのだ。
お前たち!黒板に描いてある四発機の図面はただちに消せ。」
とあくまで海軍要求の双発でかつ防御軽視で開発される事となりました。
この和田操という人物は今後も海軍航空をミスリードする
キーマンとしてでてきますので覚えておいてください。
でも当時の和田操少将の立場で考えると一式陸上攻撃機は
米海軍の戦艦や空母を日本側の島嶼基地から航続力を活かし
米空母が艦載機を発進させる以前に強襲しようとの考えと
長大な航続力があれば広大な西太平洋は島と島の間隔が
千キロとか千5百キロとか離れていてもスムーズに移動して
攻撃できるとの考えが強かったようです。
また陸上攻撃機というカテゴリーは雷撃(魚雷の投射)が
最重要視されていましたから4発化による機体や翼の大型化
は許容できにないものであったようです。
しかし海軍側でも実際に九六式陸上攻撃機で爆撃機に乗り僚機の多くの
機を失い帰還した大西瀧治郎大佐は一式陸上攻撃機の開発にも関わり
開発者や空技廠のお偉方に「燃料タンク」や操縦席の防弾対策の
強化を強行に意見具申しますが、航続力が二割以上減少するとか
最高速度が減少するとの理由で却下されます。
それでも大西大佐は喰い下がり九六式陸上攻撃機に比べ遥かに
大きな胴体内部側に翼の三分の二の平面面積を持つ翼内燃料
タンクの半分程度を胴体内に移設し、往路に翼内に燃料タンクの
燃料を消費させ戦闘中は胴体の燃料タンクを使用させる事で
敵戦闘機の側から見れば(後方から見る)燃料タンクの
正面面積を著しく小さくし燃料タンクを小さく見せる事で実際に
も命中しにくくい仕様に改めるよう具申しますが
技術者側に(大きな胴体なのに)胴体に燃料を積むのは無理である
と断られています。
米国の爆撃機はドロップタンクのような燃料槽を胴体内や爆弾倉に
積む手法は在ったのですが。。
また海軍側は一式陸上工芸機の速度もかなりテコ入れしており、操縦席
などの要部防に防弾板(鉄板)を設置すれば速度が10〜20キロも低下する
という理由で見送っています。
当時の海軍航空の上席者達は一式陸上攻撃機の最大速度430キロが
防弾対策により速度が20キロ程減ってしまえば、それだけ敵戦闘機に
捕捉される可能性が高まり、防御力の向上や耐弾性を高めることより
運動性(機動性)や速度を高めて敵の攻撃を回避しようと努めました。
また銃座については前方、さらに胴体後方にも新たに設置し死角は
少なくなりました。
また従来の7.7ミリ旋回機銃から20㍉機銃を尾部に備え大型機銃で
敵機を撃破しようと努めました。
しかし大型で重量のある20㍉機銃を人力で操作する事は困難で
ドラム型(45発以下)の弾倉で連射するとすぐ消費してしまい
、予備の交換用のドラム弾倉も重量が10キロ前後あり交戦中に
片手での素早い弾倉交換は困難が伴いました。
つまり戦闘中に45発の弾倉を撃ち終わると正直そこで 終わりでした。 前おきがながくなりましたが、開発当初から防弾、不燃化が多くの
関係者から問題視されたのに前作の九六式陸上攻撃機よりも多くの
翼部分に2倍の燃料(6000リットル)を積み(爆弾はたったの800キロ)、
まるで空飛ぶ双発の空中タンカーともいうべき一式陸上攻撃機が
誕生したのでした。
ちなみに6千リットルといえばドラム缶(200L)30本に相当しますし
ガソリンの比重は0.75で水の4分の3の重さですから仮に6千リットル
も積み込むと4.5トンの重さになりますし艦船の重油や洗車の軽油とは
異なりガソリンは発火点は似ていても蒸気圧が高く空気と触れた状態で
発火すると危険です。
つまり一発の機銃弾なら発火しなくても、一発被弾してガソリンの蒸気が
漏れだした時に2発、3発目が命中すると燃料タンクや機体の発火の蓋然性が
非常に高いわけです。
でも海軍航空本部の関係者の多くはベテラン搭乗員が乗り込めば
なんとか大丈夫とばかり対米英戦もかなり気楽に考えていたようです。
性能要目 尚、胴体の太い一式陸上攻撃機には胴体後部に
用を足せる厠(トイレ用の缶)が着いてました。
また長大な航続距離を活かすため、操縦員は2名 自動操縦装置も備えていました。 無理をかさねた一式陸上攻撃機ですが飛行機というか 機械としては優れていたと思うのですが戦う兵器として 見た場合は優れた戦闘マシンだったのでしょうか? 私には防御力を向上したいと現場側が本音を言い難く もし言うと「命が惜しいのか?」と切り返す組織 風土があったように思えてなりません。 日本ブログ村 散歩・ウォーキング人気ランキングに参加しています。 この情報が役立ったと思う方は? いないと思いますが。。。 ポチッと宜しくお願いいたします。 https://outdoor.blogmura.com/walking/index.html |

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