この三連休で読んだ本の紹介です。
ワタシも福岡県育ちですので地元の悪い事は
あまり書きたくはないのですが、福岡県って
サイコパス的?かつ凶悪な連続殺人事件が多いように思います。
福岡県でのこのような事件と言えば
◎2002年 松永太被告を主犯とする
北九州市連続監禁・殺人事件
◎2004年 北村組長一家による連続4人殺人事件
組長一家4人が死刑判決。。
◎2014年経営者夫婦による筑後市リサイクルショップ
連続行方不明・殺人事件
が全国的にも有名なんですが・・・。
最近、京都で女性容疑者により結婚相手や内縁関係
の男性が七名も不審死を遂げた事件も連日のニュースですが
この女性も福岡県出身との事。
上記の3件程は全国的に有名ではありませんが
2002年に久留米市で発覚した主犯も女性も残りの
従犯者の3名も女性で看護婦仲間、主犯に操られて看護婦4名で
医療知識を駆使して男性2名を殺害した、福岡看護婦4人組みの
保険金殺害事件もありました。
今回は京都の女性(福岡県出身)による7人不審死
で騒がれてる、先週の土曜日に偶々図書館で目が止まり
「黒い看護婦」を借りて本日の早朝から読み始めました。
黒い看護婦ーあらすじ
平凡な女たちを冷血な「悪女」に変貌させたものとは何だっ たのか。
著者を取材に駆り立て、終始、支配していた思いはそこにあった。
福岡県久留米市の看護婦四人組が惹き起こした保険金連続殺人事件の
全容を浮び上が らせる緻密な取材。著者の執念は、一審で死刑を
宣告された主犯・吉田純子を中心とする堤美由紀、池上和子(故人)、
石井ヒト美たちの、医療知識を駆使した 犯行の根幹に迫る。
事件の背後に横たわる驚くべき愛憎関係と恐怖を描いて余すところのない
本格犯罪ノンフィクション。
この事件は発覚が2002年で北九州の連続監禁殺人事件と
同じ年ですが、北九州の事件の方が全国的に今でも有名過ぎて
こちらの看護婦ら4名による三人殺人事件は今では忘れられた印象が強いです。
主犯の吉田純子は北九州事件の松永と同じく、従犯となる共犯者達の
弱みを見つけて、接近し、騙し、巧妙に支配していく経過が
不気味過ぎますが、久留米市を中心とする筑後地方という場所では
「人を支配していく」何かが隠されてるのでしょうか?。
北九州事件の松永は監禁と拷問による洗脳ですが、こちらは
拷問無しで洗脳してますから更に巧妙な手口なんでしょうか。
でもワタシには吉田純子の騙す手口は幼稚にも思えました。
簡単に書くと吉田が架空の人物をしたてあげ、
背後に暴力団関係がいると匂わすわけですが・・・。
病院の天使とも表現される、看護師が殺人を犯していくのですが、
殺人方法で注目すべきは注射針で空気を血管に注入し
殺す手法を多用していますが、実はワタシはこの事件で
成分献血が怖くなり、以後成分献血を再血するまでに10年間を要しました。
途中、加害者達の同性愛などのキモ過ぎる描写もありますが
もし従犯の一人が自主するまで警察も全く事件性を疑ってなかった
事で驚きますが、今も何処かでこのようなサイコパス的事件が
行われて、警察も知らないうちに連続殺人が行われてる?かもと
思うとゾッとしますね。
さらにゾッとするのは主犯の吉田純子は、逮捕された後も
食事を配膳する他の受刑者を手なずけて(凋落し)手紙を
他の従犯で拘留中の女性達にに手渡しで送り、逮捕後も
支配していこうと実行に及んでいます。
しかし最高裁までいき死刑確定してるのに、たぶん今後も
死刑執行はされないだろう・・・という点ですね。
(今の日本は女性は死刑判決が出ても執行は為されません・・)
尚、判決は緒方は死刑、他の三人中二人は無期懲役、
自首した一人は懲役17年です。
誰にでも奨められる図書ではありませんが
人に騙されやすい方は読んでみて損はないとも思います。
・・・処でこんな事件本の事を書くと、福岡には怖くて
行く気がしない・・・という方もいそうですが、福岡は
観光でも、住んでみても、店の料理も安くて美味しく
人の人情も深くてイイところですよ〜。(苦笑
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実は、今年の春から奥さんと月イチ程度ですが
休日の朝など一緒に歩いております。
奥さんは歩くのが嫌いで足も浮腫んでましたので
脹脛のマッサージ(私が行う)とウォーキングを推奨。
最初は歩くのも渋り、4〜5kmの距離がやっと
でしたが、徐々に距離を伸ばしていきまして
昨日は南区の自宅〜大宰府天満宮まで、初の10km超え
で15kmを歩き、帰りは西鉄電車で帰りました。
・・・・・
奥さんにもそうですが、ワタシは仕事でも、趣味でも
自分が身につけた知識・経験値を人に伝達するのが
苦手でして、、、、でも今回は奥さんには飽きさせない
ようにウォーキングを習慣化させないといけないとの
事で、10年前にも読んだ「コーチ論」を再読しました。
この本は10年前の発売当事は評価が高かったです。
当事も今もスポーツ界で監督(指導者)や選手に評価が
いきがちですが、コーチの重要性と日本のコーチングは
選手の才能や運動能力を伸ばす観点よりも、
上から目線でのティーチングっぽい、よく言えば
メンタル指導、悪く言えば「精神論偏重主義」のきらいが
強過ぎたとしています。
たとえばですが、野球部を中心とする「丸刈り」筋肉組織
を痛める過度の「うさぎ跳び」練習中の「水分補給禁止」
「中身の効率を考えない長時間練習」メンタル強化という
名目の「シゴキやイジメ」、昔の軍隊を笑えない
「三年生天皇・一年生奴隷」など批判的に触れています。
また監督やコーチの「過去の自分達の成功体験の押し付け」
「思い込み」「大声の強要」etc・・・でもこれは実は
・・・スポーツ界だけではなく、多くの日本企業や組織、
日本の一般社会にも共通して当て嵌まってしまうのです。
野球のコーチについては著者はこの書の中で
「野球以外のスポーツを知らない、“野球バカ”による指導、
その指導を受けた者が、さらに指導者になって同じことを教える。
この連綿とした歴史が今日までの停滞を招いた元凶かもしれない」
この本が出て12年以上たちますが、相も変わらず変わって
ない部分も多々ありますので、各競技のコーチ資格を持たない
一般人が読んでみても面白いと思いますが、仕事で職長といいますが
管理職の方が部下の指導や育成、つきあいにも参考になる書だと
再確認いたしました。
昔、ワタシがまだ若い頃にゲートボールなる、スポーツとも
言えないような遊びが流行り、多くの老人男女が各地の狭い公園内に
無理やりゲートボール場を設け、幼い子供たちの遊び場を少なく
してしまった全国的現象が起こりました。
ある日(30年前?)、私が仕事休みで小倉北区のゲートボール場
の公園で休んでると、老人達がゲートボールに昂じてましてが
過激と言うか女性が打っても失敗すると指導約の老人男性が
怒鳴ったり、叫んだり、棒で女性や同じく下手と思われる男性を
小突いたりしてるのを眺めて・・・・ワタシも年とればこんなに
性もない暇つぶし(遊び)をするしかないのだろうか?
老人達が憩い集まり、「愉しむ場」のゲートボールがいつの間にやら
大会で勝つ為の「勝ち負け至上主義」に陥り(堕落し)、
勝利至上主義を唱える老人指導者が下手なメンバー(老人)に
罵詈雑言を浴びせ、一寸した暴力まで振るってしまう。。。
日本の老後社会に絶望したものであります。
今思うと、小倉南区という土地柄もあるのかもしれませんが
ゲートボールの指南役の老人をまともにコーチングできる
ような人物ではなかったろうと思われます。
でも朗報というか、一世を風靡したゲートボールは廃れましたね、
でも団塊世代ようの次の老人による児童の遊び場を奪う
老人排他的独占遊びグランドゴルフが流行中ですが
ここでは本旨ではありませんので割愛しましょう。(苦笑
ところで、昨日はじめて15km超を歩いた奥さんに
今朝「今日は脚は痛い?」と聞くと「全然痛くない!」そうな。
ワタシ「来年100kmでも歩けるよね?」
奥さん「絶対に100km歩く事ないから!」
とキッパリ断られました。(苦笑
この書を読んでもワタシに限ればコーチング能力
は「効果無し」かもですが、家庭外や仕事にも活かせると
信じて凹まずに頑張りましょしょい!(笑
(凹ませるのは心よりもお腹ですね)
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