|
本日ははノーベル平和賞が発表され一人はパキスタンの 一発屋の17歳の少女が受賞しましたね。 昔から疑問だったんですが日本の有名作家である М上H樹氏がノーベル文学賞を欲しがってるから とらせてあげようよ的なファンを中心とした運動まで 盛り上がってますが文学賞とか、委員会の方が どうして決めるてるかも疑問ですし、どうして賞を出すんですかね。 世界で一番売れた小説とか一番感動させた小説とかとは違い その作家の業績が誰からも客観的には判断できてないように 思えるし、世界中の人を納得させてもないと思うんですよね。 スゥエーデンの選考者達が世界中の諸国民や諸民族の文化や 文学を熟知し、英語はおろか日本語からスワヒリ語まで 知ってて公平に選考してるとも思えませんしね。 更に本日は表彰のあった平和賞についてですが ノーベル賞の5部門のうちの平和賞だけは スェーデン国ではなく隣国ノルウェーが授与主体なんですね。 スェーデンは中立国ですがノルゥエーは永い間米国寄りのNATO 同盟国でしたから東西冷戦時代はもろに米国目線での「ヘーワ賞」でした。 。 ワタシが初めてノーベル賞について胡散臭さを感じたのは 1974年(ワタシが高校生)に佐藤栄作首相がノーベル 平和賞を貰った時ですね。 あの当時は米国とソ連のどちらが核ミサイルを先に 打ち出すかに疑心暗鬼になっていたときに、沖縄返還か 非核三原則か専守防衛だか知りませんが世界平和に佐藤首相が 大貢献したとは高校生のワタシには思えませんでした。 正直に申せば「何で・・・あんな野郎が・・・」でした。 実は当時からワタシはミリオタでしたからわかるんですが 佐藤栄作首相や兄の岸伸介首相と並びタカ派路線で 日本の核武装推進論者だったんですね。 (核開発は表向きは難しいので、科学技術庁を設立し核の開発 を予定しましたが日本国民の核アレルギーで頓挫し今に至る) ワタシが思うに佐藤首相は日本の核武装化をすすめたけれど 米国や中国の反感を気にして米国の核の傘の下で我慢し 見返りに沖縄返還を実現したものの沖縄の米軍基地内には 米軍所有の核兵器が多数ありましたしし、沖縄返還後も 沖縄の嘉手納飛行場から米軍爆撃機がベトナムを連日絨毯爆撃に 飛び立つのを1972年まで黙認してたんですが、こんな中途半端な 人物が「何故?に平和賞!」って思いましたもんね。 現在日本で一番平和賞に近いと自分で思う男。。 あっ青色LEDを開発された日本の3名の受賞者や 関係者の皆様、誠におめでとうございました。 M上H樹さんは長生きすれば 今後に受賞の可能性もございましょう〜。 終身名誉ノーベル賞有力候補という生き方も 捨てたもんじゃありませんよ。 ランキングに参加しています。 この情報が役立ったと思う方は? いないと思いますが。。。
https://sports.blogmura.com/100kmwalk/寛大なお心でポチッと宜しくお願いいたします。 |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用



