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那覇市の久米という場所に福州園という大きな中国式の
庭園がございます。
久米という場所は長崎の出島のような感じで沖縄の中に
ある中国出身者が多く住む地域で久米三十六姓といい
沖縄が琉球王朝として独立していた時代から沖縄と
深い関係があったようですね。
余計な歴史ヨタ話ですが、ワタシは昔の沖縄(琉球)が
「平和な島」だった説には100%とは言いませんがあまり
賛同はいたしません。
なんだかんだで日本の戦国時代よりも長い沖縄本島統一までの
戦いの歴史が存在しますし、奄美や宮古・石垣のような
島々にも侵略的な遠征戦争を何度も行っていますし
17世紀に島津藩の侵略を受けて日本の支配を受けつつ
シナの清にも属したふりをするという腹芸をするのですが
島津藩からしこたま貿易で儲けた利益をむしり取られたのは
事実ですが、島津藩は内政までタッチしませんでしたが、それを
良い事に琉球王朝は島民の多に高額な税を課したようです。
今、税負担の%とかは浅学菲才なワタシではここに記す事は
できませんが、17−19世紀の琉球は公務員といいますか
武士階級(士族)の方が多くて島民の二人で一人の武士を
賄ってたんですね。
もちろん基本、武士は沖縄でも生産的な仕事はしません。
江戸時代の日本では武士は人口比7%程度なのに、沖縄では
30%以上も武士がいたわけです。
日本本土の7倍以上も武士階級がいちゃあ、庶民は
本当に大変でかなり酷使されていたとワタシは思うのです。
もちろん本島の課税では足りず、宮古、石垣等の島々に
人頭税という重すぎる課税を課して武士は島津藩を実力で
追い出すこともできないのに島民には威張ってました。
当時は首里士族とか那覇士族、浦添士族などと地域別に
士族がグループ化しており、久米士族は中国系ながら
当時の超大国、清の後ろ盾もあり首里王朝に大きな
影響力を保持したまま明治を迎えるのでした。
(明治維新後の琉球処分で久米士族が叛乱を企てますが・・今回は割愛)
那覇市と中国の福州市の友好を記念して福州市を模して
20年前に開園したようです。
無料で入口の受付の方に挨拶すると何処から来たか尋ねれます。
「福岡県から」と応えて入場します。。
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入場無料で太っ腹な点はいいのですが、那覇市が管理されてて
年間の維持費(税金を使う)も入場者数も非公開です。
たぶん大赤字だから公表しないのでしょうが、もし、赤字で
閉鎖するとか言うと中国様が怒るので、今さら閉鎖もできないでしょう。
税金垂れ流しですから血税を払われれる那覇市民は可哀そうな気もしますが。
福洲園を出て海岸に向かいますと、沖縄戦の前に本土に疎開した
学童が乗船し撃沈され多数が犠牲となった対馬丸の記念館の前を
通過いたしますが、中には貴重と思われる展示物も無いので入りません。
↓ 対馬丸記念館です。
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海岸に近づくと、那覇市や沖縄どころか日本でも問題視する
人が増えている「龍柱」が見えてまいりました。
何が問題かと申しますと、当時は那覇市長であられた、翁長知事が
数年前に中国人が来島するであろうふぇりー乗場近く(Lホテルも近い) 場所にシンガポールのマーライオンを模したようにも見える、中国製の
龍柱二基を2億円で発注したそうですが、遅れに遅れて3億円以上も
かかり一次設置中断の動きもあったようですが、完成しておりました。
何でもこの龍の爪は4爪だそうで、5爪は中国本土の龍で、属国では
昔から4爪だそうですが、この4爪問題も歴史認識として問題が大きく
なると危惧される方も増えているそうです。
先程、見学した福洲園も那覇市が負担しているであろう年間管理費も
市民、県民には公示してないとも聞きますが、沖縄県も那覇市も既に
中国様の言いなりなんでしょうか?
でも那覇市内では、福洲園と、龍柱は観る価値はあると思いますよ。
あれこれ考える大人の修学旅行にはぴったりだと思いますよ。 右手 波の上ビーチ(人工海浜)
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左手 Lホテル群
龍柱をみて、波の上宮に向かおうとすると右の海岸には女子高生が
遊び、左手のLホテル群では昼間っから大人が遊び好対照な風景に
は沖縄に潜む問題とも思えてきました。
この後、波の上宮へ参拝し、真昼間から全力営業中の
沖縄を代表する辻の〇ー〇街を通過して三重城方面に向かいます。
(続きます)
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