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日本史のはじまりの最初の大きな謎として 欠史八代とか欠史十代につきあたります。 いい年齢の方でも全く知らない方もいれば 欠史八代と欠史十代を混同してる方も多くいます。 整理しますと 欠史八代 欠史十代 ※日本書紀 古事記ともに奈良時代の8世紀に編纂(完成?) 私が気にしたいのは5世紀の欠史十代の方です。 何故古事記から消されてるのか?八世紀に何故 5世紀の事を残さなかったのか? 古事記が712年日本書紀が720年に撰上されています。 つまり書いた当時の8世紀の人々が5世紀の日本の何を 隠したかったの?点に行きつきます。 私の想像推測なんですが、欠史十代の十代の天皇の当時は多くの 天皇が中国の魏などの国に冊封体制に組み込まれて属国とまでは いいませんが国として格下の扱いを受けていたのです、五世紀当時は 中国側の王に対し日本の倭王(後の欠史十代の倭王)は臣下の 関係となっていたのです。 もし7世紀や8世紀の大和朝廷がかって5世紀の倭王(天皇) 達が中国王朝に献上品を捧げていたなど「公式に史実」として 認めていたら中国や朝鮮半島の王朝に、九州や西日本は彼らに 帰属していたと主張してくる事が予想されたからでしょう。 (実際、今でも沖縄や尖閣は自分達の国という日本以外の国もありますし) でも奈良時代の天皇や官僚らは自分たちの為、日本の将来のため 不都合な日本の歴史を消し去ろうと考え空白の5世紀として しまったように思えます。 5世紀は戦略型武器としての鉄器が日本で製造できませんでしたが 6世紀から自製可能となったのも日本人の気が大きくなれた 原因かもしれません。 そういえば「白村江の戦い(663年)」も日本が百済を救済しようとして 出兵し、唐・新羅の連合軍に大敗し、以後は朝鮮半島への足掛かり がなくなり逆に日本側が防衛に立たされる負け戦ですがこちらも 戦いの負けた様相は伝承されてはおりませんね。 でも先人の「嘘も方便」かつ「歴史の消去と上書き」など 様々な努力や知恵により日本国はその後も外国勢力の侵略を 受けず何とか自主独立状態を近代まで持続させました。 現在の私達は昔の人の偉人の事を上から目線と後知恵史観で俯瞰 するより、私達こそ、先の敗戦で圧しつけられて洗脳されてしまった 「昔は何でも日本が悪かったけど、敗戦により平和な民主主義となった」 とする敗戦民主主義思想より脱却すべきかもしれませんね。 そう 戦勝国が敗戦国に与えてくれた憲法も民主主義も 外見は立派な建物に映っても中身は空洞に近いインチキ建造物かも しれないわけですから。。 日本神話や記紀は今の時代は多くの人には読まれませんが 先人の苦労や知恵が詰まってそうに思えてきます。 ランキングに参加しています。 この情報が役立ったと思う方は? いないと思いますが。。。
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