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ワタシは30年位前から文禄慶長の役(1592-1598年)で 敵ながら天晴れな提督である李 舜臣(り しゅんしん)に 強く興味を持ったのでした。 http://www.bell.jp/pancho/travel/korea-3/images/919%20isunsin-10.jpg でも李 舜臣らが日本水軍に対抗するために建造させたという 亀甲船(亀船ともいう)はミリオタの私は全く信じませんでした。 当事から韓国特有の空想捏造兵器と思ってました。 でも日本の学界でも1980年頃から韓国の 「亀甲船は存在する」に同調する馬鹿な学者が増えました。 韓国の捏造主張に同調した当事の日本側の歴史学者に佐藤和夫 という方がおりますがいただけません。 佐藤氏が1985年に著した「日本水軍史」がその代表です。 日本側の文禄慶長の役で海戦絵画には全く亀甲船のような軍船は 描かれてないのですが、佐藤氏はお亡くなりになる2012年にも 復刻版の「水軍の日本史 上下巻」を出されておりますがここでも しつこいくらいに「まちがいなく亀甲船は存在した」と自分の馬鹿さ 加減に駄目だしをされております。 名前だけはご存知の方もいらっしゃると思いますが 韓国側が在る!在る!と声高に叫び、日本の御用学者も それに同調する亀甲船の捏造イメージを眺めてみましょうか。(笑 多彩な妄想捏造バリエーションがありますがこんな感じです。 船底が深く、重心が高く、敵の水軍兵が乗り移らないよう天井に 槍や刀ような突起がたくさん突き出ています。
http://pds.joins.com/news/component/htmlphoto_mmdata/201408/16/htm_20140816103255z910z913.jpg 重心が高く転覆しそうで水面に没してる部分が多く帆走も遅く 想像の世界では櫓もついてますが、実在したとしても 日本の安宅船をベースにした軍船よりも船足は遅かったでしょう。 でも彼らの妄想捏造歴史によればこれらの亀甲船たった 13隻で200艘以上の日本水軍を何度も撃退した という事になってます。 しかも、これらの亀甲船の沈没船も引揚船も
設計図も何も残っておらず復元のしようもないはずですが 韓国では各自治体等でたくさん復元されております。 http://ncc.phinf.naver.net/ncc02/2011/4/22/255/2-2.jpg しかも現代に復元した亀甲船までが重心やバランスが 悪く海上運行できないどころか浮く事もままならず 多くが陸上展示されております。 http://cfile227.uf.daum.net/image/276E0839545B5B7B0EA2B4 ------------------------------------------------------- そもそも若い頃のワタシが少し惚れた李 舜臣提督の 活躍自体が超怪しいのです。 何度も日本軍の補給基地を攻撃したとか彼らは 言い張りますが日本軍の策源地である釜山港の 襲撃にも失敗し、慶長の役では最後まで勝てません。 豊臣秀吉の老死で朝鮮から撤退する日本軍を後追いし 小西行長軍を待ち伏せしますが救援に来た島津義弘、立花宗茂の 救援隊に返り討ちにあい李 舜臣は戦死しますが、日本軍の大名や 水軍大将の戦死者はおりませんし、島津家の文書でも敵の名将? 李 舜臣提督を討ち取ったとの自慢話にも出てこないのでした。 実は彼らの住む韓国でも亀甲船は存在しないと 思う学者も国民も数多くいるはずです。 でもあの国で「亀甲船は存在しない説」を 唱えると親日派のレッテルを貼られ差別や虐待を受けます。 ワタシが思うに決定的に亀甲船が存在しない説を 補強してくれてるのは、当事日本軍と本当の意味で ライバル対決した大明帝国の水軍側が同盟軍というか 属国軍の朝鮮水軍に亀甲船と思わす独特なデザインや 大活躍した事を全く記録に残してはいない事ではないのでしょうか。 しかも李 舜臣提督と共に壊滅した朝鮮水軍は日本の 徳川時代に再建されるのですが、あれだけ活躍したはずの 亀甲船は一隻も再建造されず20世紀末に想像の 産物として復元されるまで長い五百年もの長い冬眠を迎えるのでした。 メルヘン ポエム ファンタジーですね。(笑 ランキングに参加しています。 この情報が役立ったと思う方は? いないと思いますが。。。
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